私の苦々しい高校生時代、
体の反応として、
大分上野丘高校での授業中に、
「もうやめろ!」
と言うような、拒否反応がとても起こっていた。
親の見栄のためにしかしてなかった学びの数々。
自分のその後延々と続く人生のためだとは、そんな10代そこらで具現化するものがなかった。
この「知を拒む」ようになった時は、とても生きた心地がしなかった。
その頃の2倍以上の年齢になり、
今となっては、今後の残りの人生において絶対学びが足りないだろう、という自責の念に駆られる毎日である。
その後かなりの年月がかかったけど、
自分はここまで辿り着けて、幸せなんだろうと思っている。
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