先日実施された都知事選の選挙活動から、
どこかやかましいな、と、勘づいていました。
とりわけ、実際に今後どうしたいか、というような青写真=公約としても、何故「弱体化」という指示語を使うのか、
そして前任の退職の時にも、「覚悟は決まってますよね?」と、
極め付きの上から目線な話の仕方、
発信者自身が責任転嫁をして「それは一般人のせいです」って、
よくぞ言えたものですね…
これはもはや10代の時から私が描いてた、
勉強だけできて人の気持ちをわかろうとしない、
むしろ人を悲しませて貶していくような言動と行動を駆使する、
そしてそれを正当化する理論武装の盾で、人を追い詰める。
まさに「逆神」です。
昨今のYouTubeや各種媒体でも、
内容としては自己中心的かつ攻撃的で、
内実にも興味が失せるミスコミュニケーションばかりしています。揚げ足取りや話を遮ることを何回もしています。
誰しもがリピートしたくない要因は、その当たりの不快感だけではなく、それを通じて貶されたままで落ちた感情のままで残置されることを彷彿とさせること、
もはや、格差社会の助長や分断、自己責任論、いわゆる弱者に対するいじめなり迫害、そして衰退や死を早めてるんです。
やるべきことは逆でしょう。
方向性としてのっけからネガティブに全振りする必要性は無いし、そもそも現実空間にはいくらでも考えて行動しなくてはならない要素はいくらでもあるし、たいていの場合はできないことの制限がある。
それを通じて誰しもが仕事に向かい、家計に向かい、家族や友達や大切な人に向かっていると思う。
「この指止めよう」と、
どの口が言うんだ?、というような運動が過去に流行りましたが、
それはそのままその人物に該当します。
今や蹴落とすなり貶すことで必死な人が増えてきたことの1つの象徴です。
結果として、その発信者に返ってくるにしても、
その手前で、気持ちと命を守るべきです。
各所、
視界にも入れないように。
耳にもしないように。
今必要なのは、それらから分断して遮断することです。
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