本日は、車掌長のお話です。 昔の鉄道雑誌等を読んでいますと、車掌長以下専務車掌・何名と荷物専務車掌が乗り組み…と言った記述をよく見かけたので、車掌長と言う制度は昔からあったと思い込んでいましたが、新幹線では、昭和46年の改正で、車掌長が誕生、開業当初から有ったのですが、在来線では、昭和48年の6月1日まで存在しなかったそうです。 これは正直意外だったのですが、「国鉄線・昭和48年9月号」に下記のように書かれています。 車掌長の新設の理由について下記のように書かれています。 少し長いですが引用させていただきます。
目的
飛行機には機長がおり、船には船長があるように、列車には列車長をつくるべきであるとの主張がなされて、既に久しく、今回、全国の優等列車を対象に「車掌長」を新設することとした。 これは近年、輸送需要の変化に伴い特急を主体とした優等列車の増発が著しく、これには通常二~三名の専務車掌が乗務しているが、これら複数の列車乗務員はいずれも同じ専務車掌であり、特に異常時等における責任体制は必ずしも明確ではなかった。
従って、今回この責任体制を確立すると同時に、対外的には、列車の最高責任者としての位置付けを明確にすることとした。
車掌長は急行以上の列車に原則的に乗務すると定められており。古参の専務車掌、専務車掌(A)と呼ばれていたグループは全員車掌長に移行し、専務車掌(B)の一部が車掌長に昇格したそうです。 また一般車掌のうち約1割がこの改正で専務車掌に変更されることとなり、優等列車の車掌は全員専務車掌以上になったそうです。 専務車掌変更 なお、車掌長の職務は従来どおり旅客の接客業務に従事しつつ、専務車掌間の業務調整や業務指導などを行うということで、プレイングマネージャー的な位置づけと言えそうです。 併せてこちらもご覧ください
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現役の方からのコメントは励みになります、車掌長、専務車掌A職の方が主に、なられたと言うことで、年配の方が多かったとのこと、そう言われてみれば,鉄道ジャーナルなどの雑誌での列車追跡では、車掌長が50歳程度の人ばかりだったような気がします。
当時は、ほぼ55歳が区切りのようでしたので、そう考えると退職前に車掌長に昇格するというのは、車掌にとっても目標だったのでしょうね。
私は当時20代の新米運転士で、特急乗務(動力車乗務員は、新米ベテランに関係なく、各停から特急まで乗務した)の際は自分の父親より年上の車掌長が乗務されていて、ダブルの制服、盛夏の白い制服姿それと功績賞のバッチが輝き、運転士への指揮権はありませんでしたが、年長者への敬意を感じました。