国鉄があった時代blog版 鉄道ジャーナリスト加藤好啓

 国鉄当時を知る方に是非思い出話など教えていただければと思っています。
 国会審議議事録を掲載中です。

紀勢本線を走った夜行列車のお話 第3話

2018-12-07 21:52:15 | 国鉄思いで夜話
昭和31年の改正で2往復となった紀勢夜行ですが、未だ紀勢本線は全通しておらず、昭和34年7月15日に、三木里駅~ 新鹿駅間が開通して紀勢本線として、和歌山市~亀山間が繋がりました。
さて、この改正号を持っていないので、昭和35年3月号を参照しますと、天王寺23:00に出発する列車は、準急「はやたま」となっています。

そこで、その間を埋めるべく、昭和33年11月号の時刻表を参照しますと、昭和31年の時刻表と同じく2往復とも普通列車の扱いになっています。


そして、昭和35年3月のダイヤを見てみますと、23:00前後に出発する普通列車は、準急に格上げされ、「はやたま」を名乗っています。

準急「はやたま」が誕生、普通列車は912列車と列車番号を変更、新宮で南海電車乗入れの客車を切り離すことになっていますが、寝台車は未だに連結されていません。

さらに、もう少し進んで昭和36年3月の時刻表を見てみましょう。
昭和36年3月の時刻改正では、愛称が再び変更されており、準急列車であることに変わりはないのですが、「はやたま」→「南紀3号」と変更になり、気動車化されています。
ちなみに、南紀1号は、天王寺8:30発、新宮着 11:31 南紀2号は、天王寺16:40発、新宮着21:46でした。
なお、当時は急行列車は設定されておらず、「くろしお」も準急の列車名でした。

そして、昭和36年は10月に再びダイヤ改正が行われるのですが、それは次回に致しましょう。

続く

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