4月13日 水曜日 広州
【高層ビルと太極拳】
8時前にホテルを出て近所を散歩してみる。歩道橋を渡ると、眼下に繁栄する中国のラッシュアワーがはじまっていた。茘枝湾湖公園へ入っていく。
公園では太極拳をする人々が大勢いて、湖面に映る高層ビルと好対照をなしていた。おばさんの団体に撮影係を頼まれる。
【陋巷に自由市場】
広い公園から裏道へ抜けると、路地が市場になっていた。
ここだけ近代化に取り残されたのか、自然発生した自由市場らしい。取り澄ました観光客向けに整備された遊歩道より、よっぽど面白い。多くは路上にシートを広げ、箱をのせただけで野菜や豆や芋や唐辛子などを商っている。そこここで紙幣と品物が取り交わされ、たいした活気である。かつての陋巷、北京でいう胡同のなかのような路地や小さな広場はいまもしぶとく生き残っていた。
枝のように裏路地が広がり、開発から取り残されたタイムカプセルのようだ。
路地を進むと野菜だけでなく、肉屋があらわれ、生きた鶏も商われていて、さすが中国。
通り抜けたところに近代的な建物があり、そこが公設市場だった。どうやらこちらが本来の市場で、その周辺に路上市場が増殖したものか。
[注]広州は珠江デルタ地帯の北部にあたり、古代から中国の南海貿易の拠点だった。清代には広州だけが欧米諸国との貿易に開放されていて独占商人たちが巨富を得た。アヘン戦争では英国に占領され、辛亥革命では孫文がここを首都に中華民国を建国した。珠江は香港、マカオの間を通って東シナ海に注ぐ。深圳・珠海の経済特区や広州に隣接する仏山市、東莞市、中山市などは近年の中国の経済成長を象徴するエリアである。広州市の経済規模(市内総生産)は上海市、北京市に次いで中国第三位。
【路地裏からファッションストリートまで】
裏道から仁威祖廟に出た。線香の煙が絶えない。
大きな通りをゆく。フードストリートなる通りがあり、飲食店が蝟集している。
運河をこえると西関大屋という、独特な建築が並ぶエリアだ。
鮮やかな赤が視界を横切った。花を満載した自転車が走って行った。
テキトーに道を曲がる。上下九路は歩行者専用の道らしい。おしゃれなファッションストリートだが、朝が早いせいか、まだ観光客は数少ない。
ナントカ飯という軽食を売っていたので、食べてみる。屋台ですらない、天秤棒を担いだ路傍の商いだ。立ち食いですませる。あまりうまいものではなかった。値段も忘れた。
そこここに路上の物売りが出ている。帽子やカゴなど編み細工を商う店も。
【飛行機が高い】
旅行社を探すが、調べてあった住所から移転したらしく、空きオフィスになっていた。その近所は靴問屋が集まる通りになっていて、ありえないくらい大量の荷を積んだ台車、自転車が(自動車ではない)いきかう。こんなに積んでよく倒れないなぁ、と思っていたら前を行く自転車が転倒した。高さにして2メートルを優にこす荷物を積んでいるのだから、さもありなん。
移転先に行くと、旅行社の窓口は高級ホテルの中にあった。英語が使えたが、広州から昆明(こんめい/クンミン)への飛行機は1420元(約17750円)だった。高すぎる。
思ったより移動が高くつくかもしれない。ホテルもデポジットを要求されると現金が必要になる。さらに2000元を引き出しておいた。札束が分厚く、財布が閉まらなくなった。
【省汽車站と火車站で】
地下鉄を探して、「海珠広場」に。地下鉄への入口が分かりにくいが、どーにか乗る。
地下鉄「広州火車站」駅へ。この周辺は昨日も苦労したが地下で迷い、地上でも迷い、なんとか省汽車站(長距離バスターミナル)にたどりついて、行き先、便数や価格など情報収集する。本命はあくまで鉄道だが。
広州火車站(鉄道駅)のきっぷ売り場にたどり着くまで二度、大回りした。乗車客が駅に入るには身分証ときっぷの検問があり、その長い行列を迂回しなければならなかった。
きっぷ売り場の電光掲示板に昆明行きが出ている。14:02発と21:08発があるが、所要時間はおよそ24時間のはずだから、昼過ぎに着く方が都合がいい。4月13日(今日)の14:02発でも席は取れることがわかったが、予定通り4月14日(明日)出発にしよう。メモを走り書きして係員に見せる。わざわざ英語がわかる職員が呼ばれ、硬臥の上段を330元(約4125円)でゲットした。
かつて悪評高かった中国の鉄道きっぷ入手事情だが、驚くほどすんなりと明日の昆明行きを買えてしまった。
駅前にあった中国のファストフード〈李先生〉で牛肉麺18元、ミルクティー6元(計24元、約300円)。
鉄道駅に戻ると人混みの先に大きな時刻表が掲示してあった。これによると昆明行きは14:02発→翌日14:37着、21:08発→翌日23:13着だった。この壁の時刻表を撮影しておき、さらに薄いパンフレットの時刻表も買う。3元。
【越南王墓博物館は無料だった】
駅周辺を離れて解放北路を歩いて南下する。左手には越秀公園。目的の越南王墓博物館は、入場料無料だった(いつもは12元)。入ってみると、展示品が少ないのと空調が効いているので非常に快適だ。
館内を上階へあがっていくと王墓の発掘現場に出た。ここに出土品が展示してあり、これがこの博物館の本命である。
碧玉(jade)の円形薄切りに紋様が刻んであり、さらに碧玉を絹で編んだ鎧帷子(shroud)に包まれた王が横たわる。
博物館を出て、解放北路を渡って越秀公園へ。いかにも観光客向けの五羊石像は高台にある。中国人観光客たちの記念撮影にかける情熱を垣間見る。
この五羊石像には切石を接着した痕がはっきり見えていて、いかにもツクリモノの感じがする。
降りていく道筋に防空壕があった。公園出口にはさまざまな屋台や出店が並ぶ。
【陳氏書院も無料だった】
地下鉄に乗る。2元。「越秀公園」から「公園前」で乗り換え「陳家祠」で下車する。構内にセブンイレブンがあり、ペットボトルの甘いお茶を買う、4元。コンビニでも並ぶ習慣のない人民たちが頻繁に横入りするのに閉口する。
出口Dから目の前に陳氏書院があった。ここも無料だ。
今日4月13日は美術館博物館が「免費開放(無料)」の日らしい。それは好都合、さっそく入館して建築や住居内部の様子を見学する。
陳氏書院の屋根の彫刻、その向こうに高層ビル。
展示よりも販売にかけるエネルギーが大きい状況を実感する。
中山七路から八路を歩いてホテルへと戻る。このあたりは繁栄を享受する中国そのもので、便利店(コンビニ)、ファストフード、ストリートライブ、どれもがゾッとするほど俗っぽい。
地下鉄「中山八」近くの便利店でレモンジュース4元、水2元を買った。
ちなみに水の相場は下記の通り(500mlのペットボトル)。
・ホテル、ミュージアム内ショップで3元
・自販機、一部の便利店で2.5元
・ほとんどの便利店で2元
・駅前の出店、路上で3元/2本、たまに1.5元/1本(ただし品質は不明)
茘枝湾湖公園に寄る。水のそばにいるとやすらぐのは、人間本来の性質なんだろうか。黄沙大道を歩いてホテルへ。こうして歩いてみると、昨夜の迂闊さが悔やまれる。分かってみれば地下鉄駅からホテルへは近かった。
【美食街で鳩を食らう】
ホテルで休んだあと、夕食を摂りに外に出た。義州食堂街という、提灯と花火に見える電飾に飾られた派手な一帯に店が立ち並んで歩道にも席が出ている。今朝見かけたフードストリートは夜が本番の時間になるようだ。
どこも混んでいるが、適当に入店してみた。何か聞かれる(たぶんお茶か、飲み物か)が、もちろん中国語はわからない。客が外国人とわかるとウェイトレスの一人は曖昧な笑顔でもうひとりのウェイトレスに(なんとか頑張って)と押し付けた。どこでも要領のいいヤツがいる。この店は紙のメニューに自分で印をつけるシステムだったので、そのメニューを解読して注文する。
[注]簡体字が読めなくて苦労した。後日解読した繁体字を〈〉内に付記し、解明した料理内容を記す。
「莫大毛紅焼乳§」(最後の漢字のつくりが鳥なので鶏かなにかと思った。肉系ではひと際安いので頼んだ)16.8元
〈莫大毛紅焼乳鳩〉(実際には仔鳩だった。「紅焼」は醤油煮込み。「莫大毛」はいまだ不明。教えを請う)
「魚§§§蛋」(魚、にくづきの漢字はたぶん部位、その次の漢字が火へんだから調理法で、次はたぶん鶏の卵、つまり魚のどこかに火を通して卵かと推理)13.8元
〈魚腸[火+局]鶏蛋〉(魚の臓物を卵でとじて蒸し焼きにした料理。[火+局]はオーブンで蒸し焼きする調理法)
広東炒飯(これはわかる)25元
珠江純生(ビール)8元
鳩は皮がパリパリしておいしい。両手でつかんで食いつく。「いのちを貪る」感覚がする。頭のなかでは「生かされている私」「原罪」「供養」などいろんな想念がめぐるが、とにかくうまい。炒飯は凄まじい量でやってきた。4人前はあるかと思われる。まずは鳩を平らげよう。遅れて卓にのったのは魚の臓腑を柔らかいだしまき卵でとじたいわば巨大な魚腸入り茶碗蒸しで、苦く柔らかい臓腑がたぶん珍味なのだろう。おいしいが、これも一人で食べきれる量ではない。
結局、鳩と炒飯は意地で全部食べた。お茶でお腹をなだめる。周囲を見れば、料理の残りをタッパーに詰める客もちらほらいる。満腹を通り越して苦しいくらいだ。勘定はお茶が3元入って計66.6元(約833円)。ちょっと贅沢し過ぎか。