9月30日 ウブド
9月29日 ウブド
いつもの宿にて、今日の朝食はナシ・ブンクスだった。ワヤンは、客の好みをよく知っている。
テラスにて瞑想。もとい、居眠り。
とりあえず、今日やらなければならないことは、何もない。
いつもの宿にて、今日の朝食はナシ・ブンクスだった。ワヤンは、客の好みをよく知っている。
テラスにて瞑想。もとい、居眠り。
とりあえず、今日やらなければならないことは、何もない。
9月29日
いまだにウブド滞在中。
おとといに、前回と同じネット屋に行ったら、夕方のせいなのか、あまりに遅くてメールを3通読むのに1時間かかった。
今日は奮発して7倍の値段で「ウブド最高速度」をうたうネット屋にて。1分で700ルピア、1時間で4万2千ルピア!
では、これまでの旅程を。
9月24日
デルタデワタのミニスーパー(そんなものができているのだ、しかも24時間!)でアクアを買う。画家のツンゲーじさんに会い、挨拶してギャラリーを見せてもらう。2階はアトリエになっていて、絵を習えるそうだ。
宿で、子猫がいなくなって、母猫が半狂乱になって泊り客を襲う。って、たいした事件ではないのだが、みんなで子猫を探し、無事発見。つらつらと事態を眺めてみるに、近所のガキが生まれたての子猫が屋根にいるのを、棒でつついて遊んでいたらしい。猫の最大の天敵は人間である。
夕食は「BiahBiah」にて。ここは、オーナーが日本人の方であるが、バリ料理しか出さない。
9月25日
朝の散歩に遠出。おばちゃんに薦められるまま、ナシ・ブンクスを買う。3千ルピア。宿に帰れば朝食が出るんだが、両方食べる。
マデに電話したら、今日も明日もオダランだというので、明日連れて行ってもらうことに。
昨日の猫騒動で知り合った長期滞在の青年と、闘鶏を見に行く。いろいろ聞きまくってようやくたどり着く。
男たちは、血に興奮しているんだろうか、ギャンブルに燃えているんだろうか、それとも果敢に戦う鶏に魅せられているんだろうか?
明日オダランに行くので正装を買いに行く。パサールにて、11万2千ルピアという半端な金額で妥結。サルン、サファリ、スレンダン、ウダンの4つすべてでこの値段は安いのか高いのか。
街を歩けばオダランのお供えものを運ぶ祭列に出会う。明日は満月である。
夜には、新しい舞踊団の踊りを見る。7万5千ルピアはウブドでは高いのだが、なかなかチャレンジをしていて、興味深かった。ただし、ツーリストにはうけないだろうなあ、と思う。
誕生日ということに気がつき、「バタン・ワル」で自分にルンダン・サピを奮発する。記憶のなかの相場からは2倍以上している。しかし、ここで食後にカプチーノを楽しんで通りを眺める時間はウブドでの至福のひとつである。
9月26日
マデが迎えに来てくれて、オダランに向かう。聞けば、村のお寺ではなく、親戚一族の寺のオダランだという。みなさん、あたたかく受け入れてくれて、やれお茶だ水だお菓子だ飯だ、と世話をやいてくれる。
トペン芝居やワヤンもやる、本格的なオダランで、豚を屠るのも1頭や2頭ではないようだ。
マカン! と2回も食べて(もちろん手で食べる)、さらにマデの家(正確には奥さんの実家)でご馳走になって、5時間で3回も食事ということになる。でも、手作りでしあ¥かも作りたてのバリ料理は本当においしい。
宿に戻り、満月の晩なので、ARMAのステージへ。10万ルピアと法外に高いのだが、意外にパフォーマンスの時間は短く、50分程度である。しかし人気はあるようで、前2列はほとんど日本人客の事前予約席になっている。
ケチャをよりわかりやすいストーリーにして、火の玉をつかみ、蹴り、投げるインパクトのある仕立てにしたものだが、たしかに受けはいいだろうなあ、と思う。
9月27日
散歩。「イバ」の西側の狭い道をずーっと北へ行く。夢のような、冗談のような、絵葉書にもないような光景がずーーーっと展開する。
緑の丘の一本道、ヤシの木が1本、遠くにはライステラス。
そのまま浮かれてスバリの村を抜け、クデワタンで南下してネカ美術館まで来てさらに南下。1920年代のバリの写真展を見て、あまりの内容のなさに愕然とし、結局パサールからモンキーフォレスト通りを経て帰る。およそ4時間のウォーキング。暑い日中にやるもんじゃないな。
途中、またまた本を買い込んでしまう。グレゴール・クラウスが1910年代に撮った写真集、英語とインドネシア語併記のバリ島在住作家による詩のアンソロジー。
宿では、オーナーの家の内寺のオダランをやっていて、お菓子果物盛り合わせ(お供えのお下がりとおぼしい)が泊まり客全員に振舞われる。
夕方、ネットに出かけてあまりの遅さにメール読んだだけで出る。夕闇迫る街に、長い行列がやってきた。オダランのお供えを運ぶ祭列だ。夕日を浴びて正装の女たちの頭上には美しく飾りつけられたお供えが高々とそびえる。
いや、こういう形容は陳腐だな。しかし、いつも見とれることは確かだ。
閉店しようとしていた楽器屋で、ものほしそうに見ていたら、お姉さんが手招きして入れてくれた。いろいろいじってみて、なんの装飾もないスリンを買う。音が気に入った。
9月28日
マデの車に同じ宿で誘いあって3人が同乗して遠出。
ブドゥグル手前で滝に降りて水浴び、ブラタン湖で水の女神を祭るプラ・ウルン・ダヌ・ブラタンへ。
6万ルピアというバイキングのレストランをやめて、道端の屋台でサテ・カンビンを食べる。そういう嗜好は、全員一致している。
パチュンの西あたりだと思うのだが、延々とつづくライステラスで散歩。あぜ道を行けば約3時間のコースだそうだが、今回はもちろんパス。
その後、マデおすすめの温泉へ。ライステラスに落ちる夕日を眺め、熱い打たせ湯で肩や背中を刺激し、というホテルにあってもおかしくないしつらえだが、なにせローカルの人向けなので、外国人でもひとり4千ルピアである。湯上りにはビール。
この日は、夜にサヤンの寺でオダランがあり、チャロナランがあるというので、みんなでサヤンへ。
夜の9時に正装に身を固めてプラへ。
ランダとバロンの戦い、ランダの呪いで自らの体を剣で刺す戦士たち、いわゆるトランス状態を間近で見る。
さらに、気を失った女性を白衣で包んで墓地に運び、聖水などで正気を取り戻す儀式などもあって、いまだにセレモニーの秘儀は神秘的である。
夜中の1時に終わり、帰る(これは、非常に早いほうだ)。
9月29日
今日の朝食はナシ・ブンクスだった。ワヤンは、客の好みをよく知っている。
テラスにて瞑想。もとい、居眠り。
とりあえず、今日やらなければならないことは、何もない。
いまだにウブド滞在中。
おとといに、前回と同じネット屋に行ったら、夕方のせいなのか、あまりに遅くてメールを3通読むのに1時間かかった。
今日は奮発して7倍の値段で「ウブド最高速度」をうたうネット屋にて。1分で700ルピア、1時間で4万2千ルピア!
では、これまでの旅程を。
9月24日
デルタデワタのミニスーパー(そんなものができているのだ、しかも24時間!)でアクアを買う。画家のツンゲーじさんに会い、挨拶してギャラリーを見せてもらう。2階はアトリエになっていて、絵を習えるそうだ。
宿で、子猫がいなくなって、母猫が半狂乱になって泊り客を襲う。って、たいした事件ではないのだが、みんなで子猫を探し、無事発見。つらつらと事態を眺めてみるに、近所のガキが生まれたての子猫が屋根にいるのを、棒でつついて遊んでいたらしい。猫の最大の天敵は人間である。
夕食は「BiahBiah」にて。ここは、オーナーが日本人の方であるが、バリ料理しか出さない。
9月25日
朝の散歩に遠出。おばちゃんに薦められるまま、ナシ・ブンクスを買う。3千ルピア。宿に帰れば朝食が出るんだが、両方食べる。
マデに電話したら、今日も明日もオダランだというので、明日連れて行ってもらうことに。
昨日の猫騒動で知り合った長期滞在の青年と、闘鶏を見に行く。いろいろ聞きまくってようやくたどり着く。
男たちは、血に興奮しているんだろうか、ギャンブルに燃えているんだろうか、それとも果敢に戦う鶏に魅せられているんだろうか?
明日オダランに行くので正装を買いに行く。パサールにて、11万2千ルピアという半端な金額で妥結。サルン、サファリ、スレンダン、ウダンの4つすべてでこの値段は安いのか高いのか。
街を歩けばオダランのお供えものを運ぶ祭列に出会う。明日は満月である。
夜には、新しい舞踊団の踊りを見る。7万5千ルピアはウブドでは高いのだが、なかなかチャレンジをしていて、興味深かった。ただし、ツーリストにはうけないだろうなあ、と思う。
誕生日ということに気がつき、「バタン・ワル」で自分にルンダン・サピを奮発する。記憶のなかの相場からは2倍以上している。しかし、ここで食後にカプチーノを楽しんで通りを眺める時間はウブドでの至福のひとつである。
9月26日
マデが迎えに来てくれて、オダランに向かう。聞けば、村のお寺ではなく、親戚一族の寺のオダランだという。みなさん、あたたかく受け入れてくれて、やれお茶だ水だお菓子だ飯だ、と世話をやいてくれる。
トペン芝居やワヤンもやる、本格的なオダランで、豚を屠るのも1頭や2頭ではないようだ。
マカン! と2回も食べて(もちろん手で食べる)、さらにマデの家(正確には奥さんの実家)でご馳走になって、5時間で3回も食事ということになる。でも、手作りでしあ¥かも作りたてのバリ料理は本当においしい。
宿に戻り、満月の晩なので、ARMAのステージへ。10万ルピアと法外に高いのだが、意外にパフォーマンスの時間は短く、50分程度である。しかし人気はあるようで、前2列はほとんど日本人客の事前予約席になっている。
ケチャをよりわかりやすいストーリーにして、火の玉をつかみ、蹴り、投げるインパクトのある仕立てにしたものだが、たしかに受けはいいだろうなあ、と思う。
9月27日
散歩。「イバ」の西側の狭い道をずーっと北へ行く。夢のような、冗談のような、絵葉書にもないような光景がずーーーっと展開する。
緑の丘の一本道、ヤシの木が1本、遠くにはライステラス。
そのまま浮かれてスバリの村を抜け、クデワタンで南下してネカ美術館まで来てさらに南下。1920年代のバリの写真展を見て、あまりの内容のなさに愕然とし、結局パサールからモンキーフォレスト通りを経て帰る。およそ4時間のウォーキング。暑い日中にやるもんじゃないな。
途中、またまた本を買い込んでしまう。グレゴール・クラウスが1910年代に撮った写真集、英語とインドネシア語併記のバリ島在住作家による詩のアンソロジー。
宿では、オーナーの家の内寺のオダランをやっていて、お菓子果物盛り合わせ(お供えのお下がりとおぼしい)が泊まり客全員に振舞われる。
夕方、ネットに出かけてあまりの遅さにメール読んだだけで出る。夕闇迫る街に、長い行列がやってきた。オダランのお供えを運ぶ祭列だ。夕日を浴びて正装の女たちの頭上には美しく飾りつけられたお供えが高々とそびえる。
いや、こういう形容は陳腐だな。しかし、いつも見とれることは確かだ。
閉店しようとしていた楽器屋で、ものほしそうに見ていたら、お姉さんが手招きして入れてくれた。いろいろいじってみて、なんの装飾もないスリンを買う。音が気に入った。
9月28日
マデの車に同じ宿で誘いあって3人が同乗して遠出。
ブドゥグル手前で滝に降りて水浴び、ブラタン湖で水の女神を祭るプラ・ウルン・ダヌ・ブラタンへ。
6万ルピアというバイキングのレストランをやめて、道端の屋台でサテ・カンビンを食べる。そういう嗜好は、全員一致している。
パチュンの西あたりだと思うのだが、延々とつづくライステラスで散歩。あぜ道を行けば約3時間のコースだそうだが、今回はもちろんパス。
その後、マデおすすめの温泉へ。ライステラスに落ちる夕日を眺め、熱い打たせ湯で肩や背中を刺激し、というホテルにあってもおかしくないしつらえだが、なにせローカルの人向けなので、外国人でもひとり4千ルピアである。湯上りにはビール。
この日は、夜にサヤンの寺でオダランがあり、チャロナランがあるというので、みんなでサヤンへ。
夜の9時に正装に身を固めてプラへ。
ランダとバロンの戦い、ランダの呪いで自らの体を剣で刺す戦士たち、いわゆるトランス状態を間近で見る。
さらに、気を失った女性を白衣で包んで墓地に運び、聖水などで正気を取り戻す儀式などもあって、いまだにセレモニーの秘儀は神秘的である。
夜中の1時に終わり、帰る(これは、非常に早いほうだ)。
9月29日
今日の朝食はナシ・ブンクスだった。ワヤンは、客の好みをよく知っている。
テラスにて瞑想。もとい、居眠り。
とりあえず、今日やらなければならないことは、何もない。
9月28日 ウブド
マデの車に同じ宿で誘いあって3人が同乗して遠出。
ブドゥグル手前で滝に降りて水浴び、ブラタン湖で水の女神を祭るプラ・ウルン・ダヌ・ブラタンへ。
6万ルピアというバイキングのレストランをやめて、道端の屋台でサテ・カンビンを食べる。そういう嗜好は、全員一致している。
パチュンの西あたりだと思うのだが、延々とつづくライステラスで散歩。あぜ道を行けば約3時間のコースだそうだが、今回はもちろんパス。
その後、マデおすすめの温泉へ。
ライステラスに落ちる夕日を眺め、熱い打たせ湯で肩や背中を刺激し、というホテルにあってもおかしくないしつらえだが、なにせローカルの人向けなので、外国人でもひとり4千ルピアである。湯上りにはビール。
この日は、夜にサヤンの寺でオダランがあり、チャロナランがあるというので、みんなでサヤンへ。
夜の9時に正装に身を固めてプラへ。
ランダとバロンの戦い、ランダの呪いで自らの体を剣で刺す戦士たち、いわゆるトランス状態を間近で見る。
さらに、気を失った女性を白衣で包んで墓地に運び、聖水などで正気を取り戻す儀式などもあって、いまだにセレモニーの秘儀は神秘的である。
夜中の1時に終わり、帰る(これは、非常に早いほうだ)。
マデの車に同じ宿で誘いあって3人が同乗して遠出。
ブドゥグル手前で滝に降りて水浴び、ブラタン湖で水の女神を祭るプラ・ウルン・ダヌ・ブラタンへ。
6万ルピアというバイキングのレストランをやめて、道端の屋台でサテ・カンビンを食べる。そういう嗜好は、全員一致している。
パチュンの西あたりだと思うのだが、延々とつづくライステラスで散歩。あぜ道を行けば約3時間のコースだそうだが、今回はもちろんパス。
その後、マデおすすめの温泉へ。
ライステラスに落ちる夕日を眺め、熱い打たせ湯で肩や背中を刺激し、というホテルにあってもおかしくないしつらえだが、なにせローカルの人向けなので、外国人でもひとり4千ルピアである。湯上りにはビール。
この日は、夜にサヤンの寺でオダランがあり、チャロナランがあるというので、みんなでサヤンへ。
夜の9時に正装に身を固めてプラへ。
ランダとバロンの戦い、ランダの呪いで自らの体を剣で刺す戦士たち、いわゆるトランス状態を間近で見る。
さらに、気を失った女性を白衣で包んで墓地に運び、聖水などで正気を取り戻す儀式などもあって、いまだにセレモニーの秘儀は神秘的である。
夜中の1時に終わり、帰る(これは、非常に早いほうだ)。
9月27日 ウブド
散歩。「イバ」の西側の狭い道をずーっと北へ行く。夢のような、冗談のような、絵葉書にもないような光景がずーーーっと展開する。
緑の丘の一本道、ヤシの木が1本、遠くにはライステラス。
そのまま浮かれてスバリの村を抜け、クデワタンで南下してネカ美術館まで来てさらに南下。
1920年代のバリの写真展を見て、あまりの内容のなさに愕然とし、結局パサールからモンキーフォレスト通りを経て帰る。およそ4時間のウォーキング。暑い日中にやるもんじゃないな。
途中、またまた本を買い込んでしまう。グレゴール・クラウスが1910年代に撮った写真集、英語とインドネシア語併記のバリ島在住作家による詩のアンソロジー。
宿では、オーナーの家の内寺のオダランをやっていて、お菓子果物盛り合わせ(お供えのお下がりとおぼしい)が泊まり客全員に振舞われる。
夕方、ネットに出かけてあまりの遅さにメール読んだだけで出る。夕闇迫る街に、長い行列がやってきた。オダランのお供えを運ぶ祭列だ。夕日を浴びて正装の女たちの頭上には美しく飾りつけられたお供えが高々とそびえる。
いや、こういう形容は陳腐だな。しかし、いつも見とれることは確かだ。
閉店しようとしていた楽器屋で、ものほしそうに見ていたら、お姉さんが手招きして入れてくれた。いろいろいじってみて、なんの装飾もないスリンを買う。音が気に入った。
散歩。「イバ」の西側の狭い道をずーっと北へ行く。夢のような、冗談のような、絵葉書にもないような光景がずーーーっと展開する。
緑の丘の一本道、ヤシの木が1本、遠くにはライステラス。
そのまま浮かれてスバリの村を抜け、クデワタンで南下してネカ美術館まで来てさらに南下。
1920年代のバリの写真展を見て、あまりの内容のなさに愕然とし、結局パサールからモンキーフォレスト通りを経て帰る。およそ4時間のウォーキング。暑い日中にやるもんじゃないな。
途中、またまた本を買い込んでしまう。グレゴール・クラウスが1910年代に撮った写真集、英語とインドネシア語併記のバリ島在住作家による詩のアンソロジー。
宿では、オーナーの家の内寺のオダランをやっていて、お菓子果物盛り合わせ(お供えのお下がりとおぼしい)が泊まり客全員に振舞われる。
夕方、ネットに出かけてあまりの遅さにメール読んだだけで出る。夕闇迫る街に、長い行列がやってきた。オダランのお供えを運ぶ祭列だ。夕日を浴びて正装の女たちの頭上には美しく飾りつけられたお供えが高々とそびえる。
いや、こういう形容は陳腐だな。しかし、いつも見とれることは確かだ。
閉店しようとしていた楽器屋で、ものほしそうに見ていたら、お姉さんが手招きして入れてくれた。いろいろいじってみて、なんの装飾もないスリンを買う。音が気に入った。
9月26日 ウブド
マデが迎えに来てくれて、オダランに向かう。聞けば、村のお寺ではなく、親戚一族の寺のオダランだという。
みなさん、あたたかく受け入れてくれて、やれお茶だ水だお菓子だ飯だ、と世話をやいてくれる。
トペン芝居やワヤンもやる、本格的なオダランで、豚を屠るのも1頭や2頭ではないようだ。
マカン! と2回も食べて(もちろん手で食べる)、さらにマデの家(正確には奥さんの実家)でご馳走になって、5時間で3回も食事ということになる。でも、手作りでしかも作りたてのバリ料理は本当においしい。
宿に戻り、満月の晩なので、ARMAのステージへ。
10万ルピアと法外に高いのだが、意外にパフォーマンスの時間は短く、50分程度である。しかし人気はあるようで、前2列はほとんど日本人客の事前予約席になっている。
ケチャをよりわかりやすいストーリーにして、火の玉をつかみ、蹴り、投げるインパクトのある仕立てにしたものだが、たしかに受けはいいだろうなあ、と思う。
マデが迎えに来てくれて、オダランに向かう。聞けば、村のお寺ではなく、親戚一族の寺のオダランだという。
みなさん、あたたかく受け入れてくれて、やれお茶だ水だお菓子だ飯だ、と世話をやいてくれる。
トペン芝居やワヤンもやる、本格的なオダランで、豚を屠るのも1頭や2頭ではないようだ。
マカン! と2回も食べて(もちろん手で食べる)、さらにマデの家(正確には奥さんの実家)でご馳走になって、5時間で3回も食事ということになる。でも、手作りでしかも作りたてのバリ料理は本当においしい。
宿に戻り、満月の晩なので、ARMAのステージへ。
10万ルピアと法外に高いのだが、意外にパフォーマンスの時間は短く、50分程度である。しかし人気はあるようで、前2列はほとんど日本人客の事前予約席になっている。
ケチャをよりわかりやすいストーリーにして、火の玉をつかみ、蹴り、投げるインパクトのある仕立てにしたものだが、たしかに受けはいいだろうなあ、と思う。
9月25日 ウブド
朝の散歩に遠出。おばちゃんに薦められるまま、ナシ・ブンクスを買う。3千ルピア。宿に帰れば朝食が出るんだが、両方食べる。
マデに電話したら、今日も明日もオダランだというので、明日連れて行ってもらうことに。
昨日の猫騒動で知り合った長期滞在の青年と、闘鶏を見に行く。いろいろ聞きまくってようやくたどり着く。
男たちは、血に興奮しているんだろうか、ギャンブルに燃えているんだろうか、それとも果敢に戦う鶏に魅せられているんだろうか?
明日オダランに行くので正装を買いに行く。パサールにて、11万2千ルピアという半端な金額で妥結。サルン、サファリ、スレンダン、ウダンの4つすべてでこの値段は安いのか高いのか。
街を歩けばオダランのお供えものを運ぶ祭列に出会う。明日は満月である。
夜には、新しい舞踊団の踊りを見る。7万5千ルピアはウブドでは高いのだが、なかなかチャレンジをしていて、興味深かった。ただし、ツーリストにはうけないだろうなあ、と思う。
誕生日ということに気がつき、「バタン・ワル」で自分にルンダン・サピを奮発する。記憶のなかの相場からは2倍以上している。しかし、ここで食後にカプチーノを楽しんで通りを眺める時間はウブドでの至福のひとつである。
朝の散歩に遠出。おばちゃんに薦められるまま、ナシ・ブンクスを買う。3千ルピア。宿に帰れば朝食が出るんだが、両方食べる。
マデに電話したら、今日も明日もオダランだというので、明日連れて行ってもらうことに。
昨日の猫騒動で知り合った長期滞在の青年と、闘鶏を見に行く。いろいろ聞きまくってようやくたどり着く。
男たちは、血に興奮しているんだろうか、ギャンブルに燃えているんだろうか、それとも果敢に戦う鶏に魅せられているんだろうか?
明日オダランに行くので正装を買いに行く。パサールにて、11万2千ルピアという半端な金額で妥結。サルン、サファリ、スレンダン、ウダンの4つすべてでこの値段は安いのか高いのか。
街を歩けばオダランのお供えものを運ぶ祭列に出会う。明日は満月である。
夜には、新しい舞踊団の踊りを見る。7万5千ルピアはウブドでは高いのだが、なかなかチャレンジをしていて、興味深かった。ただし、ツーリストにはうけないだろうなあ、と思う。
誕生日ということに気がつき、「バタン・ワル」で自分にルンダン・サピを奮発する。記憶のなかの相場からは2倍以上している。しかし、ここで食後にカプチーノを楽しんで通りを眺める時間はウブドでの至福のひとつである。
9月24日 ウブド
朝の散歩。近所に4軒ほどあるネット屋で、いちばん安いところへ。
いちど、ブログを書きあげたのに、ミスで消してしまう。やっぱり、ウィンドウズとは相性が悪いのかもしれぬ。
デルタデワタのミニスーパー(そんなものができているのだ、しかも24時間!)でアクアを買う。
画家のツンゲーじさんに会い、挨拶してギャラリーを見せてもらう。2階はアトリエになっていて、絵を習えるそうだ。
宿で、子猫がいなくなって、母猫が半狂乱になって泊り客を襲う。って、たいした事件ではないのだが、みんなで子猫を探し、無事発見。
つらつらと事態を眺めてみるに、近所のガキが生まれたての子猫が屋根にいるのを、棒でつついて遊んでいたらしい。猫の最大の天敵は人間である。
夕食は「BiahBiah」にて。ここは、オーナーが日本人の方であるが、バリ料理しか出さない。
朝の散歩。近所に4軒ほどあるネット屋で、いちばん安いところへ。
いちど、ブログを書きあげたのに、ミスで消してしまう。やっぱり、ウィンドウズとは相性が悪いのかもしれぬ。
デルタデワタのミニスーパー(そんなものができているのだ、しかも24時間!)でアクアを買う。
画家のツンゲーじさんに会い、挨拶してギャラリーを見せてもらう。2階はアトリエになっていて、絵を習えるそうだ。
宿で、子猫がいなくなって、母猫が半狂乱になって泊り客を襲う。って、たいした事件ではないのだが、みんなで子猫を探し、無事発見。
つらつらと事態を眺めてみるに、近所のガキが生まれたての子猫が屋根にいるのを、棒でつついて遊んでいたらしい。猫の最大の天敵は人間である。
夕食は「BiahBiah」にて。ここは、オーナーが日本人の方であるが、バリ料理しか出さない。
9月24日
バリ島ウブドに滞在中。
いちど、ブログ書いたけど、ミスって消えたので、再度簡単にいままでの旅程を。
9月21日
ソロ滞在4日目。
ジョグジャからデンパサールに飛ぶ飛行機が20万8千だったので、買う。明日22日の夜の便。
マタハリで乾電池を探す。「どこでもべープ」用。電池の寿命でマットを交換する仕様なので、充電池ではなく、使い捨ての単4がいいのだが、なかなかない。おもちゃ売り場で見つけた。マタハリには映画館もあるのだな。
夜、ワヤン・オランでも見るかとスリウェダリ公園へ。偶然、競技場でサッカーチームが練習していたので見学。ソロのプロチームらしい。なかなか楽しい一帯だ。
肝心のワヤン・オランは始まるのが9時らしい。1時間半待つのも業腹なので、ベチャで戻って、近所でビールを飲む。
9月22日
メールで情報をもらったので、マタハリ近くの屋台へ。テンペ・ゴレンをおまけしてもらう。持つべきものは人脈を持つ友である。
スラビ・ノトスマンでスラビの小さな箱をひとつ買う。大きなスラビが5枚入りで7千ルピア。屋台よりはかなり高いが、みなさん大箱を5つ、10とまとめて買っていく。
ひとりで5枚は食べられないので、宿のお母さんに3枚あげる。日が暮れたら食べてください。
マタハリで映画を見ようと思ったら、上映時間が変わっていて、入場料も上がっていた。今日は日曜日か。これは迂闊だった。涼しいところで過ごそうとインターネットへ。近頃は気軽にベチャに乗る。バリ島でオダランを調べたら、26日に集中的にあるようだ。しかも満月らしい。では、ウブドに長逗留するか。
ベチャでバスターミナルへ、バスでジョグジャへ。空港に続く道で降ろしてもらう。
格安航空のせいか、関係ないのか、ジャカルタからの飛行機が大幅に遅れたらしい。
慌しく搭乗し、離陸。CAは人数を指差し確認し、アナウンスは超早口。とりあえず、なんの事故もなくングラライ空港に到着。
時差もあって、すでに夜の11時過ぎなのだが、ホテル予約カウンターで安いホテルを探す。本当はサヌールあたりがいいんだが、50ドルとか言われ、なら近いし、とクタにする。1泊22万5千ルピア。今回で一番高額な宿だな。
タクシー窓口では、欧米系のおじさんが「高い!」と怒り狂っていた。たしかに、ジャワから来るとバリ島は数倍から十倍近い物価感覚だ。
9月23日
クタは、相変わらず、騒々しくがさつだ。
社長!、マッサージ? トランスポート? OK牧場!(誰かが最新のギャグと教えたらしい)、竹中直人!(本人が、自分は似ていると主張)、などなど。
散歩していたら、ガムランの調律作業に出会った。ガムランは青銅製なので、削って音程を合わせるのだ。
テロのモニュメントができていた。いちばん多いのはオーストラリア国籍だが、2番目に多いのはインドネシア人だ。
プラマでウブドへのシャトルバスのチケットを買って、ホテルに歩いて戻る。しかし、歩くような天気でも距離でもない。
しかし、わずかな距離でもタクシーは高すぎて乗る気になれない。1キロ走って3万なんて!
結局、ホテルから30分歩いてバスに乗り、ウブドで降りてまた歩く。
いつもの宿までゆっくり、風景を確かめながら。
いつもの部屋があいていた。荷物を置いた瞬間に緊張感がなくなっていく。feel like at homeというより、feel better than at homeという感じだ。
近所を散歩し、デルタ・デワタで日用品を買い揃える。蚊取り線香、マッチ、ろうそく、香、皿、お菓子の小袋、ラム酒のポケット瓶など。
9月24日
朝の散歩。近所に4軒ほどあるネット屋で、いちばん安いところへ。
いちど、ブログを書きあげたのに、ミスで消してしまう。やっぱり、ウィンドウズとは相性が悪いのかもしれぬ。
バリ島ウブドに滞在中。
いちど、ブログ書いたけど、ミスって消えたので、再度簡単にいままでの旅程を。
9月21日
ソロ滞在4日目。
ジョグジャからデンパサールに飛ぶ飛行機が20万8千だったので、買う。明日22日の夜の便。
マタハリで乾電池を探す。「どこでもべープ」用。電池の寿命でマットを交換する仕様なので、充電池ではなく、使い捨ての単4がいいのだが、なかなかない。おもちゃ売り場で見つけた。マタハリには映画館もあるのだな。
夜、ワヤン・オランでも見るかとスリウェダリ公園へ。偶然、競技場でサッカーチームが練習していたので見学。ソロのプロチームらしい。なかなか楽しい一帯だ。
肝心のワヤン・オランは始まるのが9時らしい。1時間半待つのも業腹なので、ベチャで戻って、近所でビールを飲む。
9月22日
メールで情報をもらったので、マタハリ近くの屋台へ。テンペ・ゴレンをおまけしてもらう。持つべきものは人脈を持つ友である。
スラビ・ノトスマンでスラビの小さな箱をひとつ買う。大きなスラビが5枚入りで7千ルピア。屋台よりはかなり高いが、みなさん大箱を5つ、10とまとめて買っていく。
ひとりで5枚は食べられないので、宿のお母さんに3枚あげる。日が暮れたら食べてください。
マタハリで映画を見ようと思ったら、上映時間が変わっていて、入場料も上がっていた。今日は日曜日か。これは迂闊だった。涼しいところで過ごそうとインターネットへ。近頃は気軽にベチャに乗る。バリ島でオダランを調べたら、26日に集中的にあるようだ。しかも満月らしい。では、ウブドに長逗留するか。
ベチャでバスターミナルへ、バスでジョグジャへ。空港に続く道で降ろしてもらう。
格安航空のせいか、関係ないのか、ジャカルタからの飛行機が大幅に遅れたらしい。
慌しく搭乗し、離陸。CAは人数を指差し確認し、アナウンスは超早口。とりあえず、なんの事故もなくングラライ空港に到着。
時差もあって、すでに夜の11時過ぎなのだが、ホテル予約カウンターで安いホテルを探す。本当はサヌールあたりがいいんだが、50ドルとか言われ、なら近いし、とクタにする。1泊22万5千ルピア。今回で一番高額な宿だな。
タクシー窓口では、欧米系のおじさんが「高い!」と怒り狂っていた。たしかに、ジャワから来るとバリ島は数倍から十倍近い物価感覚だ。
9月23日
クタは、相変わらず、騒々しくがさつだ。
社長!、マッサージ? トランスポート? OK牧場!(誰かが最新のギャグと教えたらしい)、竹中直人!(本人が、自分は似ていると主張)、などなど。
散歩していたら、ガムランの調律作業に出会った。ガムランは青銅製なので、削って音程を合わせるのだ。
テロのモニュメントができていた。いちばん多いのはオーストラリア国籍だが、2番目に多いのはインドネシア人だ。
プラマでウブドへのシャトルバスのチケットを買って、ホテルに歩いて戻る。しかし、歩くような天気でも距離でもない。
しかし、わずかな距離でもタクシーは高すぎて乗る気になれない。1キロ走って3万なんて!
結局、ホテルから30分歩いてバスに乗り、ウブドで降りてまた歩く。
いつもの宿までゆっくり、風景を確かめながら。
いつもの部屋があいていた。荷物を置いた瞬間に緊張感がなくなっていく。feel like at homeというより、feel better than at homeという感じだ。
近所を散歩し、デルタ・デワタで日用品を買い揃える。蚊取り線香、マッチ、ろうそく、香、皿、お菓子の小袋、ラム酒のポケット瓶など。
9月24日
朝の散歩。近所に4軒ほどあるネット屋で、いちばん安いところへ。
いちど、ブログを書きあげたのに、ミスで消してしまう。やっぱり、ウィンドウズとは相性が悪いのかもしれぬ。
9月23日 クタ→ウブド
クタは、相変わらず、騒々しくがさつだ。
社長!、マッサージ? トランスポート? OK牧場!(誰かが最新のギャグと教えたらしい)、竹中直人!(本人が、自分は似ていると主張)、などなど。
散歩していたら、ガムランの調律作業に出会った。ガムランは青銅製なので、削って音程を合わせるのだ。
テロのモニュメントができていた。いちばん多いのはオーストラリア国籍だが、2番目に多いのはインドネシア人だ。
プラマでウブドへのシャトルバスのチケットを買って、ホテルに歩いて戻る。しかし、歩くような天気でも距離でもない。
しかし、わずかな距離でもタクシーは高すぎて乗る気になれない。1キロ走って3万なんて!
結局、ホテルから30分歩いてバスに乗り、ウブドで降りてまた歩く。
いつもの宿までゆっくり、風景を確かめながら。
いつもの部屋があいていた。荷物を置いた瞬間に緊張感がなくなっていく。feel like at homeというより、feel better than at homeという感じだ。
近所を散歩し、デルタ・デワタで日用品を買い揃える。蚊取り線香、マッチ、ろうそく、香、皿、お菓子の小袋、ラム酒のポケット瓶など。
クタは、相変わらず、騒々しくがさつだ。
社長!、マッサージ? トランスポート? OK牧場!(誰かが最新のギャグと教えたらしい)、竹中直人!(本人が、自分は似ていると主張)、などなど。
散歩していたら、ガムランの調律作業に出会った。ガムランは青銅製なので、削って音程を合わせるのだ。
テロのモニュメントができていた。いちばん多いのはオーストラリア国籍だが、2番目に多いのはインドネシア人だ。
プラマでウブドへのシャトルバスのチケットを買って、ホテルに歩いて戻る。しかし、歩くような天気でも距離でもない。
しかし、わずかな距離でもタクシーは高すぎて乗る気になれない。1キロ走って3万なんて!
結局、ホテルから30分歩いてバスに乗り、ウブドで降りてまた歩く。
いつもの宿までゆっくり、風景を確かめながら。
いつもの部屋があいていた。荷物を置いた瞬間に緊張感がなくなっていく。feel like at homeというより、feel better than at homeという感じだ。
近所を散歩し、デルタ・デワタで日用品を買い揃える。蚊取り線香、マッチ、ろうそく、香、皿、お菓子の小袋、ラム酒のポケット瓶など。
9月22日 ソロ→ジョグジャカルタ空港→デンパサール空港→クタ
メールで情報をもらったので、マタハリ近くの屋台へ。テンペ・ゴレンをおまけしてもらう。持つべきものは人脈を持つ友である。
スラビ・ノトスマンでスラビの小さな箱をひとつ買う。大きなスラビが5枚入りで7千ルピア。屋台よりはかなり高いが、みなさん大箱を5つ、10とまとめて買っていく。
ひとりで5枚は食べられないので、宿のお母さんに3枚あげる。日が暮れたら食べてください。
マタハリで映画を見ようと思ったら、上映時間が変わっていて、入場料も上がっていた。今日は日曜日か。これは迂闊だった。涼しいところで過ごそうとインターネットへ。近頃は気軽にベチャに乗る。バリ島でオダランを調べたら、26日に集中的にあるようだ。しかも満月らしい。では、ウブドに長逗留するか。
ベチャでバスターミナルへ。ジョグジャ行きのバスを探し、空港に続く道で降ろしてもらう。
格安航空のせいか、関係ないのか、ジャカルタからの飛行機が大幅に遅れたらしい。
慌しく搭乗し、離陸。CAは人数を指差し確認し、アナウンスは超早口。とりあえず、なんの事故もなくングラライ空港に到着。
時差もあって、すでに夜の11時過ぎなのだが、ホテル予約カウンターで安いホテルを探す。本当はサヌールあたりがいいんだが、50ドルとか言われ、なら近いし、とクタにする。1泊22万5千ルピア。今回で一番高額な宿だな。
タクシー窓口では、欧米系のおじさんが「高い!」と怒り狂っていた。たしかに、ジャワから来るとバリ島は数倍から十倍近い物価感覚だ。
メールで情報をもらったので、マタハリ近くの屋台へ。テンペ・ゴレンをおまけしてもらう。持つべきものは人脈を持つ友である。
スラビ・ノトスマンでスラビの小さな箱をひとつ買う。大きなスラビが5枚入りで7千ルピア。屋台よりはかなり高いが、みなさん大箱を5つ、10とまとめて買っていく。
ひとりで5枚は食べられないので、宿のお母さんに3枚あげる。日が暮れたら食べてください。
マタハリで映画を見ようと思ったら、上映時間が変わっていて、入場料も上がっていた。今日は日曜日か。これは迂闊だった。涼しいところで過ごそうとインターネットへ。近頃は気軽にベチャに乗る。バリ島でオダランを調べたら、26日に集中的にあるようだ。しかも満月らしい。では、ウブドに長逗留するか。
ベチャでバスターミナルへ。ジョグジャ行きのバスを探し、空港に続く道で降ろしてもらう。
格安航空のせいか、関係ないのか、ジャカルタからの飛行機が大幅に遅れたらしい。
慌しく搭乗し、離陸。CAは人数を指差し確認し、アナウンスは超早口。とりあえず、なんの事故もなくングラライ空港に到着。
時差もあって、すでに夜の11時過ぎなのだが、ホテル予約カウンターで安いホテルを探す。本当はサヌールあたりがいいんだが、50ドルとか言われ、なら近いし、とクタにする。1泊22万5千ルピア。今回で一番高額な宿だな。
タクシー窓口では、欧米系のおじさんが「高い!」と怒り狂っていた。たしかに、ジャワから来るとバリ島は数倍から十倍近い物価感覚だ。
9月21日 ソロ
当初の予定では、今日からスラバヤかマドゥーラ島に行くつもりだったのだが、昨晩バリ島の本を読んでいて気持ちが盛り上がってしまい、朝一番で飛行機の値段を聞きにく。
208。20万8千ルピア。おとといからさらに3万ルピア値下がりしている。即決で明日夜のジョグジャからデンパサールへのフライトを購入。どうもラマダン入りで旅行者が減っているらしい。
そういうわけで、今日も明日もゆっくりソロで休養がてらジャランジャランの日々。
マタハリで乾電池を探す。「どこでもべープ」用。電池の寿命でマットを交換する仕様なので、充電池ではなく、使い捨ての単4がいいのだが、なかなかない。おもちゃ売り場で見つけた。マタハリには映画館もあるのだな。
夜、ワヤン・オランでも見るかとスリウェダリ公園へ。偶然、競技場でサッカーチームが練習していたので見学。ソロのプロチームらしい。なかなか楽しい一帯だ。
肝心のワヤン・オランは始まるのが9時らしい。1時間半待つのも業腹なので、ベチャで戻って、近所でビールを飲む。
当初の予定では、今日からスラバヤかマドゥーラ島に行くつもりだったのだが、昨晩バリ島の本を読んでいて気持ちが盛り上がってしまい、朝一番で飛行機の値段を聞きにく。
208。20万8千ルピア。おとといからさらに3万ルピア値下がりしている。即決で明日夜のジョグジャからデンパサールへのフライトを購入。どうもラマダン入りで旅行者が減っているらしい。
そういうわけで、今日も明日もゆっくりソロで休養がてらジャランジャランの日々。
マタハリで乾電池を探す。「どこでもべープ」用。電池の寿命でマットを交換する仕様なので、充電池ではなく、使い捨ての単4がいいのだが、なかなかない。おもちゃ売り場で見つけた。マタハリには映画館もあるのだな。
夜、ワヤン・オランでも見るかとスリウェダリ公園へ。偶然、競技場でサッカーチームが練習していたので見学。ソロのプロチームらしい。なかなか楽しい一帯だ。
肝心のワヤン・オランは始まるのが9時らしい。1時間半待つのも業腹なので、ベチャで戻って、近所でビールを飲む。
9月21日
引き続き、ソロに滞在中。
かんたんに、この間の旅程を。
9月14日
夜にソロブドヨでワヤン・クリッを見る。
その前後に「人形を買わないか」とさんざんつきまとわれて、やや閉口する。
9月15日
プランバナンへ。ジョグジャからバスに乗る。
そこに寺院が見えているのに、入り口まで回りに回って20分歩く。ベチャのおっちゃんが、乗れというわけだ。
しかし、昨年の地震でロロジョングランの内部に入れず、遠くから眺めるのみ。いまは修復中とはいうのだが。
パダン料理屋でごはんを食べ、ベチャと交渉してプラオサンとカラサン、サリの三つの寺院を回る。
とくにプラオサン内部の仏像は圧巻だった。
9月16日
予定を変更して、ディエン高原に行くことにする。
午前中、ジョグジャ市内を歩く。タマンサリ付近で道に迷い、路地で道を聞く。
王宮では、ラマダンのため、舞踊はお休み。
英語の校外学習で、外国人に英語で質問してサインをもらわないといけないらしく、女子中学生に囲まれる。
昼からバスを乗り継ぎ、ディエンには日が暮れる頃についた。
さすがに寒い。毛布2枚重ねで夜をしのぐ。
9月17日
宿のおやじにすすめられるままにサンライズを見に出かける。朝の4時半、おやじのバイクの後ろに乗って山頂をめざす。途中、星がきれいだった。
駐車場から30分ほどの登山。涼しいよりも寒い。いっしょに登っているオランダ人とインドネシア人の家族の子どもがdingin! と震えていた。
低い雲海の向こうに3000メートル級の富士山に似た山がそびえ、その左から太陽が顔を出した。
その後、遺跡や地熱発電所や地獄谷のようなところを見てまわる。
そして、またしてもバスを乗り継いでボロブドゥールへ。
9月18日
6時の開園前に入って日の出を見るサンライズツアーはあまりに高価なので敬遠し、6時に入ってじっくり3時間見る。
いったん宿に戻って朝食を食べてシャワーを浴び、レンタサイクルを借りてムンディ、パウォンのふたつの寺院を見てまわる。子供たちのハロー!ハロー!の声にいちいち手を振る。かばんからミネラルウォーターのボトルが落ちて、坂道を転がっていってしまい、慌てて自転車を降りて拾う。そばで子どもを抱いたおばさんが笑い転げていた。
チャンディ・パウォン? と道を聞くと、道の先を指差して教えてくれた。
この日もまたバスを乗り継いで、ソロに入った。
ボロブドゥールからジョグジャまでのバスの相場は9千から1万だが(乗客などに聞いて確認した)が、2万と請求された。1万だけ払って無視していたら、隣に座って懇々と説得しようとしてきた。あれは、プライドを刺激してしまったのだろうか。あと5千でいい、とか言い出すし。もちろん払わず。ソロに行くバスは明朗会計で9千だった。
9月19日
ソロは、たおやかな町らしい。たしかに、ベチャの客引きはまったくしつこくない。
このところ、毎日長いバス移動が続いたので、遠出を控える。
ふたつの王宮を見たり、旅行会社でデンパサールへの飛行機の値段を聞いたり。ライオンエアで238,000ルピア。少し心が動く。
9月20日
スクー、チェトのふたつの寺院へ。バスを3台乗り継ぎ、そこからオジェック(バイクの後ろね)で回る。峠をこえ、谷を望み、棚田と椰子の木が続くなかを風に吹かれてツーリング。
スクーからタワンマングーまで、山道を歩いて降りてみる。2時間で滝の入り口につき、滝で涼んでからさらに歩いてようやくバスターミナルに着いた。
このハイキングでまた疲労困ぱいし、帰りは相場の倍を請求するバスに相場の分だけ渡してひたすら寝る。
ソロの町がけっこう気に入ったので、もう1泊延ばすことにした。
9月21日
当初の予定では、今日からスラバヤかマドゥーラ島に行くつもりだったのだが、昨晩バリ島の本を読んでいて気持ちが盛り上がってしまい、朝一番で飛行機の値段を聞きにく。
208。20万8千ルピア。おとといからさらに3万ルピア値下がりしている。即決で明日夜のジョグジャからデンパサールへのフライトを購入。どうもラマダン入りで旅行者が減っているらしい。
そういうわけで、今日も明日もゆっくりソロで休養がてらジャランジャランの日々。
引き続き、ソロに滞在中。
かんたんに、この間の旅程を。
9月14日
夜にソロブドヨでワヤン・クリッを見る。
その前後に「人形を買わないか」とさんざんつきまとわれて、やや閉口する。
9月15日
プランバナンへ。ジョグジャからバスに乗る。
そこに寺院が見えているのに、入り口まで回りに回って20分歩く。ベチャのおっちゃんが、乗れというわけだ。
しかし、昨年の地震でロロジョングランの内部に入れず、遠くから眺めるのみ。いまは修復中とはいうのだが。
パダン料理屋でごはんを食べ、ベチャと交渉してプラオサンとカラサン、サリの三つの寺院を回る。
とくにプラオサン内部の仏像は圧巻だった。
9月16日
予定を変更して、ディエン高原に行くことにする。
午前中、ジョグジャ市内を歩く。タマンサリ付近で道に迷い、路地で道を聞く。
王宮では、ラマダンのため、舞踊はお休み。
英語の校外学習で、外国人に英語で質問してサインをもらわないといけないらしく、女子中学生に囲まれる。
昼からバスを乗り継ぎ、ディエンには日が暮れる頃についた。
さすがに寒い。毛布2枚重ねで夜をしのぐ。
9月17日
宿のおやじにすすめられるままにサンライズを見に出かける。朝の4時半、おやじのバイクの後ろに乗って山頂をめざす。途中、星がきれいだった。
駐車場から30分ほどの登山。涼しいよりも寒い。いっしょに登っているオランダ人とインドネシア人の家族の子どもがdingin! と震えていた。
低い雲海の向こうに3000メートル級の富士山に似た山がそびえ、その左から太陽が顔を出した。
その後、遺跡や地熱発電所や地獄谷のようなところを見てまわる。
そして、またしてもバスを乗り継いでボロブドゥールへ。
9月18日
6時の開園前に入って日の出を見るサンライズツアーはあまりに高価なので敬遠し、6時に入ってじっくり3時間見る。
いったん宿に戻って朝食を食べてシャワーを浴び、レンタサイクルを借りてムンディ、パウォンのふたつの寺院を見てまわる。子供たちのハロー!ハロー!の声にいちいち手を振る。かばんからミネラルウォーターのボトルが落ちて、坂道を転がっていってしまい、慌てて自転車を降りて拾う。そばで子どもを抱いたおばさんが笑い転げていた。
チャンディ・パウォン? と道を聞くと、道の先を指差して教えてくれた。
この日もまたバスを乗り継いで、ソロに入った。
ボロブドゥールからジョグジャまでのバスの相場は9千から1万だが(乗客などに聞いて確認した)が、2万と請求された。1万だけ払って無視していたら、隣に座って懇々と説得しようとしてきた。あれは、プライドを刺激してしまったのだろうか。あと5千でいい、とか言い出すし。もちろん払わず。ソロに行くバスは明朗会計で9千だった。
9月19日
ソロは、たおやかな町らしい。たしかに、ベチャの客引きはまったくしつこくない。
このところ、毎日長いバス移動が続いたので、遠出を控える。
ふたつの王宮を見たり、旅行会社でデンパサールへの飛行機の値段を聞いたり。ライオンエアで238,000ルピア。少し心が動く。
9月20日
スクー、チェトのふたつの寺院へ。バスを3台乗り継ぎ、そこからオジェック(バイクの後ろね)で回る。峠をこえ、谷を望み、棚田と椰子の木が続くなかを風に吹かれてツーリング。
スクーからタワンマングーまで、山道を歩いて降りてみる。2時間で滝の入り口につき、滝で涼んでからさらに歩いてようやくバスターミナルに着いた。
このハイキングでまた疲労困ぱいし、帰りは相場の倍を請求するバスに相場の分だけ渡してひたすら寝る。
ソロの町がけっこう気に入ったので、もう1泊延ばすことにした。
9月21日
当初の予定では、今日からスラバヤかマドゥーラ島に行くつもりだったのだが、昨晩バリ島の本を読んでいて気持ちが盛り上がってしまい、朝一番で飛行機の値段を聞きにく。
208。20万8千ルピア。おとといからさらに3万ルピア値下がりしている。即決で明日夜のジョグジャからデンパサールへのフライトを購入。どうもラマダン入りで旅行者が減っているらしい。
そういうわけで、今日も明日もゆっくりソロで休養がてらジャランジャランの日々。
9月20日 ソロ
スクー、チェトのふたつの寺院へ。バスを3台乗り継ぎ、そこからオジェック(バイクの後ろね)で回る。峠をこえ、谷を望み、棚田と椰子の木が続くなかを風に吹かれてツーリング。
スクーからタワンマングーまで、山道を歩いて降りてみる。2時間で滝の入り口につき、滝で涼んでからさらに歩いてようやくバスターミナルに着いた。
このハイキングでまた疲労困ぱいし、帰りは相場の倍を請求するバスに相場の分だけ渡してひたすら寝る。
ソロの町がけっこう気に入ったので、もう1泊延ばすことにした。
スクー、チェトのふたつの寺院へ。バスを3台乗り継ぎ、そこからオジェック(バイクの後ろね)で回る。峠をこえ、谷を望み、棚田と椰子の木が続くなかを風に吹かれてツーリング。
スクーからタワンマングーまで、山道を歩いて降りてみる。2時間で滝の入り口につき、滝で涼んでからさらに歩いてようやくバスターミナルに着いた。
このハイキングでまた疲労困ぱいし、帰りは相場の倍を請求するバスに相場の分だけ渡してひたすら寝る。
ソロの町がけっこう気に入ったので、もう1泊延ばすことにした。
9月19日 ソロ
ソロは、たおやかな町らしい。たしかに、ベチャの客引きはまったくしつこくない。
このところ、毎日長いバス移動が続いたので、遠出を控える。
ふたつの王宮を見たり、旅行会社でデンパサールへの飛行機の値段を聞いたり。ライオンエアで238,000ルピア。少し心が動く。
ソロは、たおやかな町らしい。たしかに、ベチャの客引きはまったくしつこくない。
このところ、毎日長いバス移動が続いたので、遠出を控える。
ふたつの王宮を見たり、旅行会社でデンパサールへの飛行機の値段を聞いたり。ライオンエアで238,000ルピア。少し心が動く。