Borderママの「国境らへんの」ぼやき日記

危険な南の国境生活
北の国境で村民生活
現在デトロイト郊外で母子家庭

アメリカで家を買うということ~念願の引渡し日

2010-04-27 17:23:50 | 家のこと
お待たせ~ やっと、引渡しのネタへ行きますぞ


地元の銀行に融資願いを変更し、毎日たーくさんの書類にサイン

数回銀行に出向くこともあり、何事もなく迎えた引渡し日


当日は不動産屋も銀行の応接間に参加

テレビで何度と見たことがある、不動産の引渡しの場に自分が・・・
サインの後に家の鍵をもらって、銀行と握手するやつ・・・


ここでも最後のサイン

そこで、不動産屋から売主の希望が、、、

今は雪が多くて移動出来ないので、春になったら

庭にあるWood wagon と燃料タンク それに

ホース!?を撤去させて欲しい
 とのこと

私たちはもちろん雪の事情は分かるので、快く承諾&サイン
ホースはイマイチなぞでしたが・・・


そして売主も売買の書類にサインが必要なので現れるとのこと

今回の家の売却理由は、郊外にも家を持っていて

2軒の家を管理するのが大変になってきたからと聞いていた


村に来てすぐ、家の中を見せてもらったとき

古い写真や家具が一杯で、大家族が暮らしていた様子が伺えた

だから勝手に売主は おばあさん と思っていた私たち



ちょっと遅れて現れたのは、50代のチョーショートカットのオバちゃん

予想が外れ、ポカンとしている私たちに自己紹介もせず

立ったまま書類にサイン

良く考えると、この人どこかで見たことが・・・
村の雑貨屋に働いてる人だ!


そして思いも寄らない言葉が彼女の口から放たれた


家の鍵、持って来てないの



銀行、不動産屋、私たち

一同、あ然・・・・・ 空気が凍りついた・・・   


そんな空気を読もうともせず、話を続けるオバはん

だってね、いつもガレージだけで出入りしてたし

  どうせ、家の鍵は付け替えるでしょ?

  ワタシもその方が気分が良いし・・・

  運んだ荷物が部屋一杯でさあ、鍵の場所まで行けなくなっちゃってぇ・・・ 

  ガレージのボタンはココにあるから



しゃべるだけしゃべりまくり、「ほなサイナラ」と去っていった

その後を不動産屋が追いかけていき

残った銀行と私たち・・・


「今まで、引渡しで鍵がないのは初めてです」と銀行

頭にきたワタシ、思わず日本語で若造にまくし立てた

なんちゅう失礼なオバはんやーー!!

 自分の希望は通しておいて、鍵がない?フザケンナ

  鍵を替えたら気分が良い?お前が言うなーーー!!

  数年前なら半値以下の家、こっちは高額で買っとんじゃ!



「出来るだけ態度良くおろうと思って言いたいことは我慢した」と若造
脇で固まる銀行の兄ちゃん・・・


一応、と言うか 不動産の引渡しは、鍵を渡すのが原則

私たちの 初めての記念すべきマイホーム は


鍵なし


オバはんを追いかけていった不動産屋から銀行に電話があり

新居でお待ちしております とのこと

書類を全て終えた私たちは、ケチのついた引渡しをあとにした




アメリカで初めて購入した家、それは・・・












   こんなんでーーす!



不動産屋はあまりにバツが悪かったらしく

オバはんの勤める雑貨屋で、新しいドアノブ&鍵2セットを買ってきていた

「ワタクシからのWarmy Present(心温まる贈り物)です」


おっさん!心温まる贈り物とか自分で言わんといて!

  ワタシたち、めっちゃ寒いし(色んな意味で)

  それに! ドアノブ&鍵 2セットじゃ足らんし!!!



オチやウケを狙っているわけでも何でもないのに

いつも私たちのやることにはケチがつくような気が・・・



希望があれば次回は家の説明でもやろうか・・・  

7年の歳月を経て・・・

2010-04-26 14:30:35 | ぼやき生活
「家をかうこと」の続きに行きたいところなのですが

昨日は私にとって特別な日だったので、ちょっと寄り道


昨日25日はワタシの 4ン回目の誕生日 


この前の記事にも書いたように、若造の両親が滞在中

2002年に日本で結婚し、アメリカに来たのは2003年

結婚丸7年にして、初めて義両親から 誕生カードを頂きました


去年までは、ワタシの誕生日を覚えてなかった姑

普通アメリカ人は、誕生日とか記念日をとても大切にし

身内や友人などにカードを送ることは当たり前の世界

なのに、毎年若造の姉ちゃんから聞いて日にちが過ぎてから

電話で Happy Birthday・・・だけでした
しょうがないか、去年はうちの若造だって忘れてた。。。

嫁して7年、、、今まで若造の身内で私にカードをくれるのは

一番上の姉ちゃんだけ あれ、そういえば去年からもらってない・・・


まあ、今年は丁度うちに滞在しているというのもあったんだろうけど

今回は最初から、何か姑との関係がしっくり行くなぁと感じてた


7年経って、ワタシも少しは強くなり姑とも会話が出来るようになり


シオラーノの時は歓迎されなかった妊娠も、小僧の時は皆から喜ばれ

年を重ねるごとに自分が「一族になじんでる?」ような気になってきた


若造とも、ここ数年でやっと ずっと一緒にいるのか と思うようになった

私たちは家族 と言う気持ちも、ここ数年でしっかりとしたものになってきた


でも心のどこかで 自分は望まれていなかった家族の一員って思ってた


義両親がワタシにくれた、初めてのバースデーカードにはこうあった



あなたの愛が家族を変える

あなたの見せる思いやり そして思い出を作る助けになる

あなたが私たちの家族になった日

あなたは私たちの心の中に居続けるためにやってきた

お誕生日おめでとう、愛をこめて

愛してます MomとDadより





私は若造の家族としてやっと認めてもらえた

このカードはワタシにとっての、家族会員証

これでやっと新しい思い出を、家族の一員として作っていける?



誕生日の翌日の朝


外はまた雪

春はまだまだ来ない様子の北国での誕生日は

素敵な思い出になったのでした


でもワタシ、恨み深いからね・・・今までのこと水に流したりはしないから


アメリカで家を買うということ その3

2010-04-23 13:35:40 | 家のこと
最初の引渡し予定日が2月1日で、変更され2月14日に

銀行とのやりとりが、すごく遅く感じ

この頃から「銀行を変えるべき?」と思い始めた私たち

でも、銀行が言ってきたシャワーの修理はしたし

外壁も雪が解けたらやるつもり

その際、外壁塗装の見積もり分(およそ40万)は

銀行の口座に拘束される 塗装にしか引き出せない


外野から何のかんの言われても、だたひたすら待つのみの毎日

もうすぐ引渡し日 というある日


銀行側から連絡が・・・

貸付の最終段階で必要な、12ヶ月以内に50km以内で売れた

ウチと同じような物件が見つけられないために

書類が前に進まない・・・ と








前にも言ったように、この地域の住宅事情は最悪で

アパートはおろか、売り家だってこの村にたった1軒
5月に完成予定?の新築は除くけど

年末に若造が探しまくって、やっと見つけた家

不動産が殆ど動かない地域で、そんな条件が達成できるわけがない


そーいうところが、大手銀行

この地域の状況を 全く分かってない

不動産屋やうちが説明しても、書類が完成しないから融資できない と言い出した


なぜそんな家を探すことが必要かというと

日本も同じと思うけど、銀行側にしてみれば貸付=家が担保になるわけで

ウチの家がその地域で、銀行のつけた評価額相当の家かどうか裏づけする

必要があるわけ



この時は私も若造も 気分は絶好調にサイアク 



転勤の借家住まいの期限は決められていて、あと1ヶ月もない

今から銀行を変えて間に合うのか・・・

家を購入できなければ、南の国境に逆戻り もアリ
その時の費用は自分持ち、今までの費用も返さないと・・・

誰にもぶつけられない怒り・・・


田舎の事情に振り回されつつ、傷心で村の銀行へ話をしに行った


すると、少々金利は高いものの

今までの書類を引き継いだら、 1週間ほどで貸付できる って

でも、弱小銀行が故に 家の購入金額の10%の支払いが必要

金利分で数十万円は損をする・・・

痛い出費やけど、地元の事情が分からない大手銀行に

もう振り回されたくなかった私達


結局、村の銀行に融資を依頼したのです

新しく決められた 引渡し予定日は 2月17日

何事もなく、書類が進むことを祈るのみ


銀行変更の連絡を担当にすると


ホントにやめます?

評価額を比べる家が見つかったから

ウチなら15日に引渡し出来ますよ

最後のチャンスですよ
 だと


もっと早く言え! しばいたろか!!

そんなことを信用して、また何かで予定が変わることが怖かった私達

それに1日でも早く、自分達の場所に引っ越したい


無視して村の銀行にお願いしたのでした・・・



次回は ぶっとび&ビックリ の引渡しネタ
いっつも、、、何か起こる・・・なんでやろ?






アメリカで家を買うということ その2

2010-04-21 10:23:59 | 家のこと
若造が住居探しから帰り、その後毎日不動産屋とのやりとり

ワタシとの連名の家となるので、色んな書類にサイン・サイン・サイン

初めての住宅購入、若造も何も分かりません


購入にあたって、一番必要なのが 銀行

政府筋との関係が強い、某大手銀行で進めることに・・・
コレが後日、大どんでん返しとなるとは露知らず


アメリカで大きな物を購入時にローンを使うとき

重要なのが クレジットヒストリー

いわゆる 個人の信販経歴

各人ごとに 点数がついており、それはクレジットカードの残高や

過去の支払い履歴などから判断されます

その点数によって、利子の%が変わってきます

一応一番安い数字が5%でも、クレジットスコアによっては

パーセンテージが上がったり、はたまた貸付出来なかったり・・・
日本でも同じですかね・・・

うちはとりあえず大丈夫で、一番良い利子で借りれることに





銀行が決まると、その銀行の住宅検査士?によって

購入予定の家のコンディションがチェックされます

融資額に対して、その家に同等の価値があるか見るわけ

そのチェックには $200ほどかかります
モチロンわたし達が支払う・・・


しかし、大きい銀行が故に やることが遅い・・・


当初のClosing(引渡し)予定日は2月1日

2週間ほどで全ての手続きは終了するとのことだったので

そのつもりで当座の荷物を用意して、仮住まいしていました

でも、2週間して 引渡し日の変更要請

しかも、その後にまた 変更されたりして私たちは疲れ気味

私の方はシオラーノの学校、小僧の病気、大雪、買い物にいけない、

洗濯機は使えない、借家もいつまでもいられない ナドナドナド


ストレスは最高潮に


でも、融資が進まない以上 行くところがありません


変更後の引渡し予定日直前になって、購入予定の家の

シャワータイルと、外壁の塗装などを直すことが融資の条件として出され

塗装は冬では出来ないので、今年中にやればいいことに・・・

不動産屋を通し、地元のおっちゃんにシャワータイルの修理を依頼


その頃には、村に来てすでに1ヶ月を経過

村ではウチがその家購入をあきらめて、

他を探しているとか噂される始末


村のマーケットに行けば

もうすぐ引越しするの?」と聞かれるし


こっちが聞きたいわっ!


怒りモードのまま、つづく・・・

















アメリカで家を買うということ

2010-04-20 11:25:43 | 家のこと
去年の12月半ばに、急遽決まった 若造の転勤(国境脱出)

赴任指定日は 1月17日

そう、1ヶ月以内に 家を決め 引越し すべてをやらなければならず。。。



クリスマス後すぐに、若造は住居探しの旅 へ


真冬の雪国での住居探しは難航

この地域一体、5,6年ほど前に 油田が発掘 され

ゴールドラッシュ時代のように、色んなところから

人々が仕事を求めてやって来ています

人口が400人以下の村が点在しているだけの ド田舎 に

急に人口が集中してしまったため、、、慢性的な住居不足

アパートなんてモチロンなし

しかも住宅価格は 急騰!



本当はとりあえずアパートに入り、暖かくなったらゆっくり

家を探したかったんだけど、、、選択の余地なし

売り家もものすごく少なく・・・
しかも若造の赴任町からあまり遠くへは住めず

それでも4日間で広大な距離を7軒ほど見て回り

これしかないか・・・と残ったのはたった2軒・・・


ワタシはネットで家の写真を見れるのみ。。。


オハイオ時代から家を持つことが夢だった若造

家を買うときは、最低でも40軒くらい見ないと

気に入った家は見つけられない、と言っておりました。。。


ワタシも「その時には一杯見て回ろうね」なんて言ってたのに・・・

まさか見もしない家を買うことになろうとは・・・


時間のないわたし達、、、どんどん話を進めないと間に合いません

アメリカで家を買う際は、不動産屋を通す場合と個人間での売買になります

今回の家は不動産屋通し、そしてたいていは持ち主が売りたい金額を

私たちは安く交渉することが出来ます


5,6年前には アホみたいな金額 だった家も 今ではいっちょ前の金額・・・

以前の住居価格の倍の値段になっています


旅先の若造と電話で相談し、私たちの金額を決め不動産屋から

持ち主に伝えてもらいました 翌日には若造は帰らなければなりません


そして持ち主から OK の返事を貰ったのは

若造が家に帰る空港でのこと。。。


そしてこれが、家購入への ながーーーい道のり の始まりなのです