3
「――おはようございます」
部屋の玄関から出てきたパオラが、若干精彩を欠いた声で挨拶する。脚立に昇って共用廊下の蛍光燈を交換する作業をしていたアルカードは、眠そうな顔をしているパオラを見下ろして眉をひそめた。
「ああ、おはよう」 まあわからないでもないのだが――言うまでも無く、ここ数日夜になると深夜までしごき倒していたせいだ。
自分がやりすぎているということは自覚しているのだ . . . 本文を読む
アルカードは魔術を使えない――教会の公式記録において、吸血鬼アルカードが魔術戦を行った事例は一件も記録されていない。
だが、先ほど見せたアルカードの術式解体《クラック》技能は極めて高いものだった。それは間違い無い――魔術式《プログラム》の解体《クラック》には、非常に高度な魔術の技量が必要になる。
アルカードは先ほどの獄焔尖鎗《ゲヘナフレア・ランス》を、発動してから射出されるまでの極めて短い時 . . . 本文を読む
†
「ええ、たまには体を動かしておかないと鈍るから。この人はヴァチカンにいないし最近アンソニーもリーラも忙しいし、団長も副長もなかなか時間が取れないから、鍛錬の相手がいなくて困ってたのよ」
微妙におっかないことを答えるアイリスに、アルカードが適当に肩をすくめる。彼はこちらに視線を向けて、
「パオラ、号令を」
その言葉にうなずいて、パオラは右手を掲げた。聖堂騎士団の形式に従って、戦 . . . 本文を読む
2
ひゅう、と寒々しい展望台に冷たい風が吹き抜けていく。夜間なうえに多少標高の高い場所なので、思ったよりも風は冷たい。
遠くに見える山の稜線が、黒々として美しい――同時にまるで圧し掛かってくる様な圧迫感を感じさせる。視線を転じると、ガードレールの向こうに無数の家々の明かりが見えた。
展望台に人気は無い――十数年前にいわゆる走り屋の車数台がガードレールを突き破って道路から高低差三 . . . 本文を読む
整合性の破綻とかをなるべく減らすために、フィオレンティーナの生家戦の七割がたを一気に加筆修正してうpしてみたわけですが――グリゴラシュとの戦闘の加筆修正がすごく楽しい。
もともと俺はチャンバラ小説でオンライン小説始めたからなあ、機会があったらまた書きなおしたいけど。
でも、とりあえずはこっちを終わらせることを考えよう、そうしよう。 . . . 本文を読む
*
「Aaaa――lalalalalalalie《アァァァ――ラララララララァィッ》!」
咆哮とともに――ヴィルトールが一気に間合いを詰めてくる。
低い姿勢で床を這う様にして懐に飛び込んできたヴィルトールに戦慄しながら、グリゴラシュは長剣を翳してその一撃を迎え撃った――体重がかかった瞬間に右足に激痛が走り、体勢を崩してそのまま吹き飛ばされる。
人間の背丈ほどもある巨大なスピーカ . . . 本文を読む
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苛烈に踏み込みながら、グリゴラシュが口元に笑みをが浮かべる――それを目にして同じ様に口元をゆがめ、アルカードは塵灰滅の剣《Asher Dust》でその一撃を迎え撃った。
およそ常識の範疇からかけ離れた圧倒的な強度の魔力補強を施された長剣が塵灰滅の剣《Asher Dust》と接触し、性質の異なる魔力の干渉によって紫色の火花を散らす。
同時に放出された衝撃波に煽られて、並べられ . . . 本文を読む
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きぃんっ――苛烈な金属音がボロボロになった書斎に響き渡る。両者の魔力が干渉しあって周囲の精霊――大気魔力の流れが活性化し、周囲に衝撃波が吹き荒れた。
いったん間合いを離し、互いに距離を測る。
「久しぶりだな、こうやって首を狩り合うのは何年ぶりだ?」
「二年前の頭の損傷が治ってないのか? それともボケたか――二年前にやりあったばかりじゃねえか。あれだけ痛めつけて、まだ生きてるっ . . . 本文を読む
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がぎぃんっ――踏み込んで叩きつけてきたグリゴラシュの長剣の刃がリーラの翳した太刀と激突し、魔力の干渉によって起こる紫色の火花を散らす。
この男はアルカードとは違う――ドラキュラと同じ真祖であるアルカードと違って、この男はただの『剣』にすぎない。
だというのに――この圧倒的な膂力。
すさまじい力に押し戻されながら、リーラは小さくうめいた。
「この程度か……?」 口元に笑みを刻 . . . 本文を読む
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数歩踏み出したところで――グリゴラシュが足を止める。その動きを訝って、リーラはわずかに後退した。
グリゴラシュは動きを見せない――否、わずかに視線が下がる。
同じ手は――
無視して踏み出そうとしたとき油の多い木が燃えるときの様なきな臭い臭いが漂ってきて、彼女は足元に視線を落とし――背筋が泡立つのを感じて、リーラは小さくうめいた。
彼女の足元を中心に、半径三メートル程度の . . . 本文を読む
†
「みんなおいで」 リディアが声をかけると、仔犬たちは彼女の足元へと寄っていった。
それを確認して、パオラと視線を交わす――ふたりは敷物代わりの段ボールの上で、犬小屋の構造物を転がした。
これで背板が下に、側板が横になる――アルカードは先ほどと同様雌ねじの切られた筒状の部品が溶接されたプレートを手に取り、まだ組みつけていなかった個所にボルトを通して締め込み始めた。
フロアと屋 . . . 本文を読む
アルカードは伝票を軽く指先で叩きながら、
「とりあえずあれだ、これ買って運搬用にトラック借りないといけなくなったから、大物を買うなら一緒に載せてくぞ?」
それを聞いて、パオラとリディアは顔を見合わせた――アルカードの言うことにも理はあるのだが、滞在期間がはっきりしないのに個別に家電品をそろえるのもどうかという気はする。洗濯機に関しては昨晩フィオレンティーナの部屋でちょっと話をしたときに借りてい . . . 本文を読む
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しばらくしてから、銃声が聞こえなくなって――フィオレンティーナは自分を抱きしめる母親の腕の中から抜け出した。
なにが起こったのかは、わからない――幼い彼女には、状況がまるで理解出来ていなかった。
薄暗いその部屋は、ほとんど入ったことの無い父親の書斎だ――全面に本棚が設えられていて、いくつか背中合わせになった本棚もあり、大量の本が並べられている。フィオレンティーナは父親が読む . . . 本文を読む
「別に金銭《かね》に興味は無いが――」
アルカードがそう答えると、男は一瞬言葉に詰まってから、
「そうか――だが残念だが、私には報酬を提示する以外に君に願いを聞き届けてもらう手段が無い。なら、私はどうすればいい? どうすれば、君に私の頼みを聞き入れてもらえる?」
「特になにも無い――だがその妻子がまだ生きてるんなら、助け出すくらいはするさ」
それを聞いて、喉に絡んだ血のせいで苦しげながら、男は . . . 本文を読む
*
「――ねぇ、君どこから来たの?」 馴れ馴れしく肩に手を回しながら慣れないであろう英語で話しかけてくる若者に、リディアは本人に悟られない様に小さく溜め息をついた。
「ね、どう? 俺らと一緒に遊ばない?」
ふたりの若者に声をかけられたのは、ショッピングセンターの建物に入って三十秒でパオラとはぐれ――建物内を探せば見つかるだろうが――、仕方が無いのでまずは姉と合流しようととりあえずそ . . . 本文を読む