文 美 禄 ( bunbiroku )

美禄にはいままで一切縁が無かった。かといって、決して大酒飲みでもないし美酒を求めてきたこともない。忘備録になればと。

小林秀雄の言葉 ( その53 )

2017年04月09日 19時19分49秒 | 小林秀雄
 書物の数だけ思想があり、 思想の数だけ人間が居るという、 在るがままの世間の姿だけを信ずれば足りるのだ。 何故人間は、 実生活で、 論証の確かさだけで人を説得する不可能を承知し乍ら、 書物の世界に這入ると、 論証こそ凡てだという無邪気な迷信家となるのだろう。 又、 実生活では、 まるで違った個性の間に知己が出来る事を見乍ら、 彼の思想は全然誤っているなどと怒鳴り立てる様になるのだろう。 或は又、 人間はほんの気まぐれから殺し合いもするものだと知ってい乍ら、 自分とやや類似した観念を宿した頭に出会って、友人を得たなどと思い込むに至るか。
 みんな書物から人間が現れるのを待ち切れないからである。 人間が現れるまで待っていたら、 その人間は諸君に言うであろう。 君は君自身でい給え、 と。 一流の思想家のぎりぎりの思想というものは、 それ以外の忠告を絶対にしてはいない。 諸君に何んの不足があると言うのか。
      「 読書について 」 11-八八 小林秀雄 (人生の鍛錬 P.77)