東京に住みはじめて、何年になるだろう?
大学に行くようになってから、だから、十年くらい ―― ?
私の住んでいるアパート、というか、ビルは、オフィス/商業地区の一角にある。
ビル自体も、オフィス用の雑居ビルで、住居として利用している人は、私しかいない。
(ちょっとした伝手(つて)で、住居として借りることができた && 人が住めるように、特別にリフォームしてもらった)
一階が、イタリアン・レストラン。 トラットリアと書いた方がいいのかしら。
ほかに、出版社とか、介護サービスの事務所とか、リサイクル・ショップなどが入っている。
昼間は、それらの会社に勤める人たちがやって来るけれど、夜には、退勤して、ほとんどだれもいなくなる。
ちょうど、昼間家をあけて、夜帰ってくる私とは、逆である。
これが、私が、このビルに住むことにした、大きな理由。
というのも、住居として住んでいる人が、だれもいないので、お隣りの部屋やご近所の人たちに、気を遣わないで済むから。
音楽をガンガンにかけても大丈夫だし、楽器も鳴らせるし、友だちを呼んでワイワイやるのにもいいし。
ああ、そういえば。 東京に出てきて間もないころ、郊外の住宅地に住んでいたことがあったのだけれど、超ミニ・スカートにピンヒールの靴をはいて歩いているだけでも、ご近所のかたの眼差しが冷たかったことがあった ... 。
(あるいは、若さゆえの自意識過剰さから、勝手にそう思い込んでいただけなのかもしれないが ... )
じぶんの好きな恰好をして、勝手に気ままに暮らしていきたい私には、ちょっと、居心地の悪い町だった。 もっとも、郊外住宅地 (suburbia) には、郊外住宅地の良さがあり、都心には都心で、いろいろ難はあるので、一長一短なのであるが ... 。
「こんなところに一人で住んでいて、こわくない?」 なんて訊かれることが、ある。
たしかに、万が一のときが、不安になることもある。 いざ、じぶんの身になにか起きたとき、だれにも助けてもらえないのでは ... と。 眠れなくなる夜も、ないことはないけれど。
この、気ままな暮らしに慣れてしまったので、なかなか引っ越せないでいる。
みんなで騒ぐときには、思いっきり騒ぐけれど、独りの時間というものも好きな私にとっては、ちょうどいいのかもしれない、なんて。
三ヶ月くらいまえからであろうか。
私の住むビルの、まんまえに、大きなビルが、ある。 いちめん、ガラス張りの。
そこで、夜中、若者たちが、ダンスの練習をしはじめた。
Hip Hop というのだろうか、シャカシャカ・ズンズンした音楽を、大音量でかけて、ガラス窓を鏡代わりにして、練習にはげんでいるのだ。
周囲には民家はなく、夜は、閑散としているから、ここでなら、思う存分、ダンスの練習ができる、と思ったのだろう。
私のほうはというと、さいしょは、うっさいナア~、なんて思って、正直いうと、ちょっと迷惑だった。 なんというか、ダンスミュージックは、決してきらいではないのだけど、ラジカセから風に乗って聴こえてくる、あのかわいたシャカシャカした音と、ズンズンズンと響くベースラインが、神経にさわるのである。
しかし ... 。 明日を夢見る若者たちのため、まあ、しょうがない、と、がまんすることにした。
私ひとりががまんすれば、いいのだから、と。
それに、考え方を変えると、この、都会のかたすみの孤独な夜に、すぐそばにだれかがいる、というのが、ありがたくもあった。
いざ、というとき、助けになってくれるかもしれない? 防犯対策としてもぴったり? なんて思って。
そのうち、シャカシャカ・ズンズン も、だんだん気にならなくなった。
なにしろ、ほぼ毎晩、私が帰宅するころには はじまっていて、寝るころにも まだやっているくらいだから、慣れないほうがおかしいのかも?
そうして、がんばってるんだなあ、とか、やってるやってる、くらいな感じで、ほほえましくさえ思いはじめていたのに。
十月に入ってから、若者たちが現れなくなってしまった。
雨の日が多いせいだろうか。 いやでも、ちょうど屋根のあるところで練習していたみたいで、それまでは、雨の日でもズンチャカやっていた。
雨の日も、風の日も、ほぼ毎日、欠かさず、練習しに来ていたのに ... どうしてだろう?
ダンスへの情熱が冷めた? ―― 三ヶ月間、ずっと練習してきたのに?
場所を変えた? ―― それならいいのだけど。 でも、夜中にズンチャカかけられるような場所、この付近で、ほかにあったかしら?
それとも ... 。 だれかに注意されたのだろうか?
たとえば、その練習場にしている会社の人が? あるいは、周囲の会社の人が ... ? わがビルに入っている出版会社の人が、たまたま仕事で徹夜となったときに、音楽がズンチャカ聴こえてきて、うるさいと、警察にでも通報した?
うう~ん、どうか、そういった理由でなければいいのだが。
情熱が一時期冷めただけならば、また燃え上がることもあるかもしれない。 場所を変えてみたとしたら、、また戻ってくることもあるかもしれない。 しかし、せっかくの練習場所を追い出された、ということであったら ... 。
ちょっと、かなしいなあ。
都会って、いろんなことがストレスの素になるから、仕方のないことなのかもしれないけれど。
ダンスもできやしない、都会って、世知辛いものなのかなあ ... なんて。
だれとも会わないときは、夜のしじまのなか、ひとり、さみしく、過ごす日々。
以前に戻っただけなのにねえ ... 。
そうして、二週間ほど過ぎた昨夜 ... 。
帰宅してみたら、どこかで聴いたような、ズンチャカした音が、風に乗って聴こえてきた!
窓の外を見てみたら ... 若者たちが踊っているではないか!
いったい、この二週間、どうしていたのだろう ... なんてことは、どうでもよかった。
ただ、彼らが、そこにいたことがうれしかった ... そんな、秋の夜であった。
BGM:
David Bowie ‘John, I'm Only Dancing’
大学に行くようになってから、だから、十年くらい ―― ?
私の住んでいるアパート、というか、ビルは、オフィス/商業地区の一角にある。
ビル自体も、オフィス用の雑居ビルで、住居として利用している人は、私しかいない。
(ちょっとした伝手(つて)で、住居として借りることができた && 人が住めるように、特別にリフォームしてもらった)
一階が、イタリアン・レストラン。 トラットリアと書いた方がいいのかしら。
ほかに、出版社とか、介護サービスの事務所とか、リサイクル・ショップなどが入っている。
昼間は、それらの会社に勤める人たちがやって来るけれど、夜には、退勤して、ほとんどだれもいなくなる。
ちょうど、昼間家をあけて、夜帰ってくる私とは、逆である。
これが、私が、このビルに住むことにした、大きな理由。
というのも、住居として住んでいる人が、だれもいないので、お隣りの部屋やご近所の人たちに、気を遣わないで済むから。
音楽をガンガンにかけても大丈夫だし、楽器も鳴らせるし、友だちを呼んでワイワイやるのにもいいし。
ああ、そういえば。 東京に出てきて間もないころ、郊外の住宅地に住んでいたことがあったのだけれど、超ミニ・スカートにピンヒールの靴をはいて歩いているだけでも、ご近所のかたの眼差しが冷たかったことがあった ... 。
(あるいは、若さゆえの自意識過剰さから、勝手にそう思い込んでいただけなのかもしれないが ... )
じぶんの好きな恰好をして、勝手に気ままに暮らしていきたい私には、ちょっと、居心地の悪い町だった。 もっとも、郊外住宅地 (suburbia) には、郊外住宅地の良さがあり、都心には都心で、いろいろ難はあるので、一長一短なのであるが ... 。
「こんなところに一人で住んでいて、こわくない?」 なんて訊かれることが、ある。
たしかに、万が一のときが、不安になることもある。 いざ、じぶんの身になにか起きたとき、だれにも助けてもらえないのでは ... と。 眠れなくなる夜も、ないことはないけれど。
この、気ままな暮らしに慣れてしまったので、なかなか引っ越せないでいる。
みんなで騒ぐときには、思いっきり騒ぐけれど、独りの時間というものも好きな私にとっては、ちょうどいいのかもしれない、なんて。
三ヶ月くらいまえからであろうか。
私の住むビルの、まんまえに、大きなビルが、ある。 いちめん、ガラス張りの。
そこで、夜中、若者たちが、ダンスの練習をしはじめた。
Hip Hop というのだろうか、シャカシャカ・ズンズンした音楽を、大音量でかけて、ガラス窓を鏡代わりにして、練習にはげんでいるのだ。
周囲には民家はなく、夜は、閑散としているから、ここでなら、思う存分、ダンスの練習ができる、と思ったのだろう。
私のほうはというと、さいしょは、うっさいナア~、なんて思って、正直いうと、ちょっと迷惑だった。 なんというか、ダンスミュージックは、決してきらいではないのだけど、ラジカセから風に乗って聴こえてくる、あのかわいたシャカシャカした音と、ズンズンズンと響くベースラインが、神経にさわるのである。
しかし ... 。 明日を夢見る若者たちのため、まあ、しょうがない、と、がまんすることにした。
私ひとりががまんすれば、いいのだから、と。
それに、考え方を変えると、この、都会のかたすみの孤独な夜に、すぐそばにだれかがいる、というのが、ありがたくもあった。
いざ、というとき、助けになってくれるかもしれない? 防犯対策としてもぴったり? なんて思って。
そのうち、シャカシャカ・ズンズン も、だんだん気にならなくなった。
なにしろ、ほぼ毎晩、私が帰宅するころには はじまっていて、寝るころにも まだやっているくらいだから、慣れないほうがおかしいのかも?
そうして、がんばってるんだなあ、とか、やってるやってる、くらいな感じで、ほほえましくさえ思いはじめていたのに。
十月に入ってから、若者たちが現れなくなってしまった。
雨の日が多いせいだろうか。 いやでも、ちょうど屋根のあるところで練習していたみたいで、それまでは、雨の日でもズンチャカやっていた。
雨の日も、風の日も、ほぼ毎日、欠かさず、練習しに来ていたのに ... どうしてだろう?
ダンスへの情熱が冷めた? ―― 三ヶ月間、ずっと練習してきたのに?
場所を変えた? ―― それならいいのだけど。 でも、夜中にズンチャカかけられるような場所、この付近で、ほかにあったかしら?
それとも ... 。 だれかに注意されたのだろうか?
たとえば、その練習場にしている会社の人が? あるいは、周囲の会社の人が ... ? わがビルに入っている出版会社の人が、たまたま仕事で徹夜となったときに、音楽がズンチャカ聴こえてきて、うるさいと、警察にでも通報した?
うう~ん、どうか、そういった理由でなければいいのだが。
情熱が一時期冷めただけならば、また燃え上がることもあるかもしれない。 場所を変えてみたとしたら、、また戻ってくることもあるかもしれない。 しかし、せっかくの練習場所を追い出された、ということであったら ... 。
ちょっと、かなしいなあ。
都会って、いろんなことがストレスの素になるから、仕方のないことなのかもしれないけれど。
ダンスもできやしない、都会って、世知辛いものなのかなあ ... なんて。
だれとも会わないときは、夜のしじまのなか、ひとり、さみしく、過ごす日々。
以前に戻っただけなのにねえ ... 。
そうして、二週間ほど過ぎた昨夜 ... 。
帰宅してみたら、どこかで聴いたような、ズンチャカした音が、風に乗って聴こえてきた!
窓の外を見てみたら ... 若者たちが踊っているではないか!
いったい、この二週間、どうしていたのだろう ... なんてことは、どうでもよかった。
ただ、彼らが、そこにいたことがうれしかった ... そんな、秋の夜であった。
BGM:
David Bowie ‘John, I'm Only Dancing’