
・・・読んでくださっている心優しい方々、つかれたら読み飛ばしてね♪
これが最後だけど(^^;
さて、石畳。割石坂を登りきった私はちょっと満足気。
この甘っちょろい自分は、ガイド本をよく読まなかったせいか、石畳がもうこの先無いと思い込んでいたのだ。
んなワケねぇ!
甘すぎる!そんな甘い自分にほとほと嫌気が差してくるっつーくらい甘い!
まだ箱根の石畳は始まったばかりなのであった!!!
しかも東坂(小田原宿方面から箱根峠までの登り坂)だけでも。
あう~早く甘酒茶屋に辿り着きたいのだ・°・(ノД`)・°・
だが、人生楽ありゃ苦もあるさ♪今を越えればなんとかなるなる大丈夫。
・・・と自分を騙していた結果、どうやら大沢坂の石畳をぶっとばして県道を歩いてしまった気がする(^^;
歩いたかな・・・。おぼえてない。
ほどなく間の宿、畑宿に到着。
↑つたや
↑畑宿本陣跡
畑宿本陣「茗荷屋」せつめい▲
・・・どーして間の宿(宿場と宿場の間に置かれた休憩のための村。宿泊厳禁)なのに本陣(大名が宿泊する幕府お墨付きの旅籠)があるのか。なぜだ・・・なぜ!!
まー、箱根は難所だからね。難所じゃーしょーがなぃんしょ。(寒)
ガイド本には「本陣」ではなく「立場(たてば)」と書いてある。つまり休憩所。
納得。
ここで寄木会館に立ち寄る。
高いから買わずに~・・・と思っていたら、娘に「からくり箱」のお土産を買ってしまった。
寄木細工を施した箱の表面。どうやって開けるかが難問の箱。
(娘はハタチなのだが、こーゆーもので素直に喜んでくれるので嬉しい(^^))
さてさて、また歩くわけですが、畑宿のはずれに一里塚。の案内板。
本格的に復元されている一里塚です。
東戸塚の辺りでは台風に遭っていたたため写真を撮れなかったのですが
今度は撮る!
失敗した・・・_| ̄|○
ま、いいや。
で、早速石畳なのさっ!
ここから先はしばらく石畳のコケで滑って滑ってたまらなかったので、どの石を踏むかすばやく判断しながらエッチラオッチラ登って、登って、登って・・・・
もういいよ、石畳ーーー・°・(ノД`)・°・
とパニクっていたため、しばらく撮影してません。
とりあえず友達と冗談を言い合いながら笑って登るのですが、すぐに息が切れます。
友達は喫煙者なのでそーーとーーーー苦しそうです。あはははは←ヒドイ
・・・すみません。私の道楽に付き合っていただいているのでした(^^;
いやもう、何がきついって、何がきついのかわかんないぐらいにきつい。
途中で休み休み行く。
年配の男性が「お先に~♪」と軽い足取りで追い抜いていく。
・・・やばいぜ四十代!!
どんだけヘタレなんだろう、私たち。
でも友達はものすごーくきつい仕事で休みもなく数ヶ月やってきた後、やっと取れた遅い夏休みにこの道楽に付き合ってくれているわけで、すなわち体力なんざーあるわけ無し。
(しかしわりと尾瀬なんかを歩きに行っているということで、もともとは体力があるので今回白羽の矢が立ってしまったという、たいへん気の毒な子である)
付き合わせてごめん(^_^;
私と言えば、アレルギー体質でほんの3年前まで電車にも乗れなかったのを職場で強くしてもらって、ようやく1日10キロ程度なら歩けるようになったばかり。
四十代がヘタレなのではなく、わたしたちの体力が箱根に挑戦するほどの体力ではなかった、ということらしい。
納得。・・・言い訳ともいう(^_^;
とりあえず登りきって、登ったところでお腹空いたのでコンビニで調達していたパンを食べる。
階段に座って(^^;
友だちは立ったままおにぎりをぱくついていた。
しばらくは人は登ってこないだろう・・・と思っていたら人来たし。
急いで食べかけのパンをしまい、道を譲る(当然だが)。
さて、ここを出ると・・・次は・・・
悪名高き七曲がり!!
しかし旧道はクネクネせずに階段というショートカットコースである。
ショートカットショートカット
などと浮かれている場合ではない。
階段がずっと・・・ずーーーっと続くのはきついのだ。
そしてついに
橿木坂!!かしのきざかと読みます
あまりの坂の辛さに、男の旅人でさえもどんぐりほどの涙をこぼすとかいう橿木坂!
登るしかあんめーよ。
しかしHP(ヒットポイント:体力)の残りを見ると10ぐらいなのだな(^_^;)\(・_・) オイオイ
ぐだぐだ言ってないで登ります。ああ、上まできたなぁ。
▲これがずーっと・・・ずーーーっと続くのがこの坂。
昔はぬかるんで滑って滑ってしかたがなかったのだと思われ、ここを登る人(降りる人もそうだと思う)は大変な苦労をしてきたそうだ。
そして現在の私はといいうと、そんなことを考える余裕もなく・・・
あ・・・汗が・・・汗がふきでるーーーっ!
あぢぃよう~~~!
とか「どんぐりほどの文句」をタレながら、そしておもいっきり立ち止まりながらも少しずつ登る。
これ以降はまたしてもテンパッていたので写真はなしである。
石畳もキライだが、階段もキライになりそうである。
静岡の、久能山東照宮の1159段の方がよっぽどカワイイと思ったね。
とちゅう「猿滑坂」の看板が見えたのだが、「あー・・・そうかい( `д´)」と説明を読む気にもなれず。
そしてやっと県道がみえた!!
ついに登り切ったーーー!!
と思ったら、県道を挟んで向かい側にそびえ立つ階段・・・_| ̄|○
ここで一気に脱力した私は道路にへたり込んだ。
とりあえず水分、塩分。そして進路確認。・・・しばらく動けない。
そこへまた、後ろからやってきた今度は違う年配の男性。
登り切って汗が噴き出ている。当然だ。
「あ、ここ座ります?」と荷物をどけると「いや、いいです」とのこと。
どこから歩いてきたか聞くと小田原からということで、私たちと一緒である。
しかし、きっと出発は私たちよりあとであろう。
簡単に抜かされる(^_^;
「どこまで行きますか?」と聞くと「三島まで行く」とのことである。
32キロ歩くのか!すごいっ
もうひたすら感心しちゃいました。
するとその年配の男性
「まあ、夜7時ぐらいには三島に着くでしょう(^^)」←クール
おぉぉぉ、余裕だっ!!
か・・・かっこいい(←惚れた?)
あんなおとーさんがいたら私はオトーサン大好きっこ(こ??)になってしまうであろう。
その男性が去っても、しばらくは立てず(TдT)
数分後、やっとで重い腰(尻)を上げました。
そして階段をのぼり、ちょっといくと休憩できる屋根付きベンチがあったので、また休憩。
もう水もない。かなりヤバい。
ガイド本をチェック。更に追込坂を登ると書いてある。
しかし、ほんとーーーにもう石畳を登るのはできない。
もう一度ガイド本に目を通すと、そのまま県道を行くのも旧東海道との説があるとのこと。
どっちを歩いても良いとのことなので、急に元気になる。県道でスルーしよう♪
さあ、甘酒茶屋に向けて出発だ!!!
▲おおっ!コレが甘酒茶屋!!!
と思って中にはいるとそこは資料館でした。
昔はここで甘酒をふるまっていたらしい。
本来ゆっくり見学したいところなのだが、もうへとへとなので今度こそ甘酒茶屋へ。
ここの甘酒は、砂糖を使わずに米の甘さをじゅうぶん生かしているという、こだわりの甘酒なのである!
ぜひそれは試してみなくては・・・。
すいません、しそジュースください。
・・・あれっ!甘酒と力餅食べるつもりだったのに・・・つい。
そしてここで休憩することによって、かなり体力は回復した。
飲料も購入できるのでDAKARAを購入。(失敗)
さて、ゴール前の最後の石畳。
すぐに疲れが戻ってくる。
しかし、この辺は軽装の石畳歩き人が多い。どうなっているのだ。
といったところでまたもや休憩である。
▲「箱根八里は馬でも越すが 越すに越されぬ大井川」という箱根馬子唄の歌碑。
ここでも石畳散策の女性達に会い、道をきかれた。
おそらく元箱根に宿泊している人たちなのであろう。足もとを見ると、とても石畳には向いていない。
「気をつけてー」と声を掛けて別れる。
さて、いよいよ最後の権現坂。
ぜっっ・・・たい登りだと思ったら、下りの坂でした(^^)
ここから芦ノ湖まで下っていくのだーーー♪
足が軽やかになっていく。
石畳、おわったぞー!!
そして今度は杉並木の道。
家康が東海道を整備した時代から残っている杉の木なので、その大きさと言ったらすごいです。
そして・・・そしてついに・・・
芦ノ湖だーーー。
・・・と鳥居を入れずに海賊船を撮ってしまうあたり、ダメな感じです。
関所をゴールにするつもりでしたが、もういいや。今度歩く。
(かつての箱根宿は関所を越えた辺りでした)
友だちとお蕎麦屋さんに入って、そばで祝杯♪
ついに箱根半分歩いた!
こんなきつい道楽につきあってくれた友だちに感謝です!ホントにありがとう(^^)
そして出会った人々(と、ロボット)、ありがとう。
シャイダーなので(←宇宙刑事?)あんまり気の利いた言葉をかけられなくてごめんなさい。
いつかまた何処かで会えたら・・・気づかないので声掛けてください(。_・☆\ ベキバキ
さー、次の日はまたもや4時起きで仕事だ!さっさと帰んべ!
と、本当にさっさとバスに乗り込んで小田原駅へ。
そしてそのまま小田原駅で友だちと別れを告げる。
ありがとう♪一生の宝となります。
あーー・・・もう石畳は見たくないっての。
だが、三島まで歩くときに今度もまた下りの石畳があるのだ。がががーん(((@_@;
箱根は今も天下の険。