1)
アネモネ魔法学院は、保育園から大学院まで一貫した教育施設で、幾つかの専門科目に分かれて学ぶこととなっているが、魔法剣士科だけは、特別にすべての学科を習得しなければいけないことになっている。
それゆえに、魔法学院の中でも、エリートが集い、偏差値も高く難関とされていた。そこの中等部1年にユルギスは所属していた。その教室の窓際の席で、彼は物思いにふけっていた。
「 しっかし。昨日のあれは何だったんだ???」
と、独りごちているのは、先日の午后の課外授業での出来事のことだ。
ドラゴンが炎を吐いて、やられるっと覚悟して不覚にも目を閉じた刹那の間に、何かがあったらしい。
「 あの魔法は、どう考えたって、最高位クラスの水系氷結魔法だったよな。」
ドラゴンの炎まで凍結させるなんて、彼が知りうる中では、至高の凍結魔法、コーキュティアくらいしかありえないのだが、魔素が減衰していたあの場所で、誰がどうやって、発動させたのか?
「 ん~?まぁ、いいか。」
ユルギスは、あっさりと追及を止めて、授業へと専念することにした。
2)
同時刻。魔法科の生徒は、美術室にいた。
「 あぁ、も~。美術とか、かったるい~。」
クオラ・バロニア・ティルル・ポエニカは、オッドアイを潤ませながら、紫水晶のような左目に涙をにじませ、あくびをした。
「 クオラ~。そんなこと言わないの~。」
同級生の、リルル・ラルル・リルルが、呆れながら、クオラを窘(たしな)めた。
「 だって、色によって魔法の効果が変わっちゃうとか、めんどくさいじゃない~。」
クオラが、ウザそうにリルルとしゃべっていると、美術教師の耳にも入ったのか、
「 ほぉ?めんどくさいとな?クオラ・ティルル・ポエニカ。」
「 バロニアが抜けてます~。ダリせんせ~。」
「 うっさいわ。お前には、身をもって、魔法画の効果を示さんといけんようだな。」
美術教師は、さらさらさらと猛烈な勢いで、キャンバスに、クオラの自画像を描くと、
「 赤は、炎系。」
クオラの自画像を、赤く塗りつぶすと、クオラの身体も火が付いたように熱くなっていく。
「 あち!あちっ!」
「 青は、水系。」
ついで、別のキャンバスに描いたクオラの肖像画を、青く塗りつぶしていく。
どこからか、ザバンと水がかかる音がして、クオラの身体は水浸しになった。
「 くちゅっ…ん!」
かわいらしく、クオラはくしゃみをすると、教師に文句を言おうとした。
「 な、何をするん…。」
が、耳もかさず、教師は、更に黄色に線画だけの自画像を塗りたくる。
「 まぶしっ!」
クオラ自身が発したストロボの光に、一瞬、目を閉じると、服が元に戻っている。
「 あ?あれ?」
美術教師は、再び、教壇の前で、魔法画の基礎を板書していた。
「 さて、クオラが自ら実験台になったように、色には魔力が込められている。
赤は、炎系。青は、水系。黄色は、時間系というように…。
教科書の12ページに、表として載せてあるから、確認しておくように。
あと、クオラ、授業の後、職員室まで来るように。」
クオラといえば、狐にでもつままれたような表情をしていた。
3)
さて、アネモネ魔法学院の重要な収入源は、学費ばかりではない。課外授業で手に入れたアイテムを売りさばくことでも、収入を得ている。
「 で、クオラ。昨日の課外授業のことだが。旧エオリア宮だったらしいな。」
クオラが、休み時間、職員室に向かった後、通されたのが、理事長室だった。彼女の目の前で、偉そうな口調で尋ねる幼女が、理事長のリナ・カリオペア・アネモネアだった。
「 はい。たしか、そうだったような?リナ理事長。それが?」
「 ふむ、まずは…。レッドドラゴンが、宝物庫に出たそうだな?すまなかった。」
二人っきりの部屋で、神妙な口調をし、リナはクオラに謝辞を入れた。
「 え?頭をあげてください。そんな…。」
慌てるクオラに頭を下げたまま、リナは、本題を切り出した。
「 いや、すまなかった。だが、学園の金庫も逼迫している。話を聞いてはくれまいか?」
「 そりゃ、別にいいですけど?」
引き受けの言葉を受けて、初めて、リナは顔をあげた。
「 よかった。ありがとう。実は…。」
リナの話によれば、旧エオリア宮には、世界随一の秘宝が隠されていたらしい。
「 ひほう…、ですかぁ?」
そんなものあったっけ?という表情で、クオラは記憶を探ってみるが、全く心当たりが見当たらない。
「 もし売ったら、その額、少なく見積もっても、1000万阿僧祇ギュエルていう、途方もない宝なのよ。竜が守ってるという。」
「 い…、いっせんまんあそうぎぎゅえる…????!!!!」
この世界の全ての国の国家予算、一千万年分の額を言われ、クオラは卒倒しそうになった。
「 ええ、それだけあれば、サービスも充実できるし、今、有料の学費と寮の費用も賄えるわ。」
「 いや、でも、まさか、あれ…が????」
昨日の授業で、宝箱から出てきた革製の古ぼけたポシェットを思い出す。それは、彼女のリュックの中に無造作に入れてあって、個人用に割り当てられたロッカーの中に、そのリュックは入れてあった。
「 やっぱり、何か出てきたのね?宝石?大量のギュエル金貨?それとも、入手困難なミスリル鉱?」
目を煌めかせながら、リナは、クオラに詰め寄った。
「 ちょ…。そんないいものじゃないですよぉ。風船が出てくるポシェットですってば。」
クオラは、詰め寄るリナを押しとどめながら、真実を語った。
「 へっ????」
と、一言だけリナは発して、石化したように動かなくなってしまう。
「 理事長????」
「 ・・・・・・・・・・。」
「 りじちょぉ~???」
「 ・・・・・・・・・・。」
「 守銭奴ロリ~????」
「 はっ!・・・・・・・。持ってきて。そのポシェットを、早く。」
しばらくたって、ようやく我に返ったリナは、クオラにポシェットを持ってくるよう促すのだった。
「 は、はい。」
ぱたぱたぱたと足音を響かせて、廊下に出るクオラを見送りながら、リナは、
「 守銭奴ロリって…?私?」
と、首をひねるのだった。
4)
しばらくして、クオラが持ってきたポシェットを、ためつすがめつ見ながら、リナは頭を捻った。
「 ふむふむ…。この留め具かわいらしいわ。この意匠も好み。」
風船をデザインした留め具は、結わえた紐で魔法陣を描いている。
「 開けていいかしら?」
クオラが頷いて了承すると、リナは留め具を外して、中に手を入れてみる。
「 あら?何も出てこないわね?」
リナが、何度も試してみるが、何も出てはこなかった。おかしいなと思いながら、次はクオラが、中に手を入れてみる。
「 えっ?おかしいですね。確かに…。」
すぐに柔らかい手ごたえがあって、クオラは赤い風船を取り出してみせた。
「 ほら、風船です。」
クオラは、手にした風船をリナに見せた。
「 ほっんとね…。ふ~せんだわ。ちょっと、貸して?」
「 どぞ?」
クオラが、風船を渡すと、リナは深呼吸をして、風船の吹き口に口づけた。
んん~~~~~~~~~っっっ!!!!
小さな身体をくの字に前屈させて、顔を真っ赤にしながら、頬をふくませて、風船に息を吹き込もうとがんばるリナ。
んんん~~~~~~~~~っっっ!!!!!!
だが、その努力も虚しく、一向に風船はふくらむことはない。
んんんん~~~~~~~~~~~っっっ!!!!!! ぷはぁっ!
「 ぜぇ、な…。何なのよ。ぜぇ、このふ~せん、ぜぇ、硬…。ぜぇ、ぜんぜん、ふくらまない。」
リナは、肩で息をしながら、一向にふくらまない風船に不満を述べた。
「 おかしいですね~?ちょっと、ウチにも。」
「 どうぞ。私と一緒に赤っ…。
すぅ、ぷぅぅぅ~~~~っ!
すぅ、ぷぅぅぅ~~~~っ!
恥…
すぅ、ぷぅぅぅ~~~~っ!
すぅ、ぷぅぅぅ~~~~っ!
すぅ、ぷぅぅぅ~~~~っ!
を…ってぇ!」
リナの目の前で、余裕で風船をふくらませるクオラ。
「 なんで、あなたは余裕でふくらませるのよぉ!私、理事長よ。理事長。」
リナの糾弾に、クオラは、風船に口づけたまま答えた。
「 ぶぅ~ぶぶぶ…(ん~?なしてだろう)?」
「 むぅ~~~~っ。も、いっこもらえる?」
クオラは、ポシェットから風船を取り出すと、リナに渡した。
「 とりあえず、これだけでも、鑑定に出してみるわ。」
リナは、そういって、恥ずかしそうに、風船を手に取るのだった。
【つづく】
アネモネ魔法学院は、保育園から大学院まで一貫した教育施設で、幾つかの専門科目に分かれて学ぶこととなっているが、魔法剣士科だけは、特別にすべての学科を習得しなければいけないことになっている。
それゆえに、魔法学院の中でも、エリートが集い、偏差値も高く難関とされていた。そこの中等部1年にユルギスは所属していた。その教室の窓際の席で、彼は物思いにふけっていた。
「 しっかし。昨日のあれは何だったんだ???」
と、独りごちているのは、先日の午后の課外授業での出来事のことだ。
ドラゴンが炎を吐いて、やられるっと覚悟して不覚にも目を閉じた刹那の間に、何かがあったらしい。
「 あの魔法は、どう考えたって、最高位クラスの水系氷結魔法だったよな。」
ドラゴンの炎まで凍結させるなんて、彼が知りうる中では、至高の凍結魔法、コーキュティアくらいしかありえないのだが、魔素が減衰していたあの場所で、誰がどうやって、発動させたのか?
「 ん~?まぁ、いいか。」
ユルギスは、あっさりと追及を止めて、授業へと専念することにした。
2)
同時刻。魔法科の生徒は、美術室にいた。
「 あぁ、も~。美術とか、かったるい~。」
クオラ・バロニア・ティルル・ポエニカは、オッドアイを潤ませながら、紫水晶のような左目に涙をにじませ、あくびをした。
「 クオラ~。そんなこと言わないの~。」
同級生の、リルル・ラルル・リルルが、呆れながら、クオラを窘(たしな)めた。
「 だって、色によって魔法の効果が変わっちゃうとか、めんどくさいじゃない~。」
クオラが、ウザそうにリルルとしゃべっていると、美術教師の耳にも入ったのか、
「 ほぉ?めんどくさいとな?クオラ・ティルル・ポエニカ。」
「 バロニアが抜けてます~。ダリせんせ~。」
「 うっさいわ。お前には、身をもって、魔法画の効果を示さんといけんようだな。」
美術教師は、さらさらさらと猛烈な勢いで、キャンバスに、クオラの自画像を描くと、
「 赤は、炎系。」
クオラの自画像を、赤く塗りつぶすと、クオラの身体も火が付いたように熱くなっていく。
「 あち!あちっ!」
「 青は、水系。」
ついで、別のキャンバスに描いたクオラの肖像画を、青く塗りつぶしていく。
どこからか、ザバンと水がかかる音がして、クオラの身体は水浸しになった。
「 くちゅっ…ん!」
かわいらしく、クオラはくしゃみをすると、教師に文句を言おうとした。
「 な、何をするん…。」
が、耳もかさず、教師は、更に黄色に線画だけの自画像を塗りたくる。
「 まぶしっ!」
クオラ自身が発したストロボの光に、一瞬、目を閉じると、服が元に戻っている。
「 あ?あれ?」
美術教師は、再び、教壇の前で、魔法画の基礎を板書していた。
「 さて、クオラが自ら実験台になったように、色には魔力が込められている。
赤は、炎系。青は、水系。黄色は、時間系というように…。
教科書の12ページに、表として載せてあるから、確認しておくように。
あと、クオラ、授業の後、職員室まで来るように。」
クオラといえば、狐にでもつままれたような表情をしていた。
3)
さて、アネモネ魔法学院の重要な収入源は、学費ばかりではない。課外授業で手に入れたアイテムを売りさばくことでも、収入を得ている。
「 で、クオラ。昨日の課外授業のことだが。旧エオリア宮だったらしいな。」
クオラが、休み時間、職員室に向かった後、通されたのが、理事長室だった。彼女の目の前で、偉そうな口調で尋ねる幼女が、理事長のリナ・カリオペア・アネモネアだった。
「 はい。たしか、そうだったような?リナ理事長。それが?」
「 ふむ、まずは…。レッドドラゴンが、宝物庫に出たそうだな?すまなかった。」
二人っきりの部屋で、神妙な口調をし、リナはクオラに謝辞を入れた。
「 え?頭をあげてください。そんな…。」
慌てるクオラに頭を下げたまま、リナは、本題を切り出した。
「 いや、すまなかった。だが、学園の金庫も逼迫している。話を聞いてはくれまいか?」
「 そりゃ、別にいいですけど?」
引き受けの言葉を受けて、初めて、リナは顔をあげた。
「 よかった。ありがとう。実は…。」
リナの話によれば、旧エオリア宮には、世界随一の秘宝が隠されていたらしい。
「 ひほう…、ですかぁ?」
そんなものあったっけ?という表情で、クオラは記憶を探ってみるが、全く心当たりが見当たらない。
「 もし売ったら、その額、少なく見積もっても、1000万阿僧祇ギュエルていう、途方もない宝なのよ。竜が守ってるという。」
「 い…、いっせんまんあそうぎぎゅえる…????!!!!」
この世界の全ての国の国家予算、一千万年分の額を言われ、クオラは卒倒しそうになった。
「 ええ、それだけあれば、サービスも充実できるし、今、有料の学費と寮の費用も賄えるわ。」
「 いや、でも、まさか、あれ…が????」
昨日の授業で、宝箱から出てきた革製の古ぼけたポシェットを思い出す。それは、彼女のリュックの中に無造作に入れてあって、個人用に割り当てられたロッカーの中に、そのリュックは入れてあった。
「 やっぱり、何か出てきたのね?宝石?大量のギュエル金貨?それとも、入手困難なミスリル鉱?」
目を煌めかせながら、リナは、クオラに詰め寄った。
「 ちょ…。そんないいものじゃないですよぉ。風船が出てくるポシェットですってば。」
クオラは、詰め寄るリナを押しとどめながら、真実を語った。
「 へっ????」
と、一言だけリナは発して、石化したように動かなくなってしまう。
「 理事長????」
「 ・・・・・・・・・・。」
「 りじちょぉ~???」
「 ・・・・・・・・・・。」
「 守銭奴ロリ~????」
「 はっ!・・・・・・・。持ってきて。そのポシェットを、早く。」
しばらくたって、ようやく我に返ったリナは、クオラにポシェットを持ってくるよう促すのだった。
「 は、はい。」
ぱたぱたぱたと足音を響かせて、廊下に出るクオラを見送りながら、リナは、
「 守銭奴ロリって…?私?」
と、首をひねるのだった。
4)
しばらくして、クオラが持ってきたポシェットを、ためつすがめつ見ながら、リナは頭を捻った。
「 ふむふむ…。この留め具かわいらしいわ。この意匠も好み。」
風船をデザインした留め具は、結わえた紐で魔法陣を描いている。
「 開けていいかしら?」
クオラが頷いて了承すると、リナは留め具を外して、中に手を入れてみる。
「 あら?何も出てこないわね?」
リナが、何度も試してみるが、何も出てはこなかった。おかしいなと思いながら、次はクオラが、中に手を入れてみる。
「 えっ?おかしいですね。確かに…。」
すぐに柔らかい手ごたえがあって、クオラは赤い風船を取り出してみせた。
「 ほら、風船です。」
クオラは、手にした風船をリナに見せた。
「 ほっんとね…。ふ~せんだわ。ちょっと、貸して?」
「 どぞ?」
クオラが、風船を渡すと、リナは深呼吸をして、風船の吹き口に口づけた。
んん~~~~~~~~~っっっ!!!!
小さな身体をくの字に前屈させて、顔を真っ赤にしながら、頬をふくませて、風船に息を吹き込もうとがんばるリナ。
んんん~~~~~~~~~っっっ!!!!!!
だが、その努力も虚しく、一向に風船はふくらむことはない。
んんんん~~~~~~~~~~~っっっ!!!!!! ぷはぁっ!
「 ぜぇ、な…。何なのよ。ぜぇ、このふ~せん、ぜぇ、硬…。ぜぇ、ぜんぜん、ふくらまない。」
リナは、肩で息をしながら、一向にふくらまない風船に不満を述べた。
「 おかしいですね~?ちょっと、ウチにも。」
「 どうぞ。私と一緒に赤っ…。
すぅ、ぷぅぅぅ~~~~っ!
すぅ、ぷぅぅぅ~~~~っ!
恥…
すぅ、ぷぅぅぅ~~~~っ!
すぅ、ぷぅぅぅ~~~~っ!
すぅ、ぷぅぅぅ~~~~っ!
を…ってぇ!」
リナの目の前で、余裕で風船をふくらませるクオラ。
「 なんで、あなたは余裕でふくらませるのよぉ!私、理事長よ。理事長。」
リナの糾弾に、クオラは、風船に口づけたまま答えた。
「 ぶぅ~ぶぶぶ…(ん~?なしてだろう)?」
「 むぅ~~~~っ。も、いっこもらえる?」
クオラは、ポシェットから風船を取り出すと、リナに渡した。
「 とりあえず、これだけでも、鑑定に出してみるわ。」
リナは、そういって、恥ずかしそうに、風船を手に取るのだった。
【つづく】
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます