かりんとう日記

禁煙支援専門医の私的生活

伴侶-Better halfー

2005年03月23日 | 昼下がりの外来で
「せんせい、何か変な臭いがしませんか?」

診察室に焚き火の匂いがたちこめている。
ヒデ爺82歳が、外来へやってくると、診察室はしばらく山小屋のような匂いになる。
今でも、鉄砲を持って山へ入り、鹿撃ちをしている現役ハンター。
鷹を思わせる琥珀色の眼をしている。
若い衆から、親方とか先生とか呼ばれて慕われているが、
「オレはそんなふうに呼ばれるのは嫌なんだ」と、本人はいたって謙虚。

かなり進んだ肺がんだとわかったのは約3週間前。
治療をどうするか、今まで何度も話し合ってきた。
結局、抗がん剤による治療はせず、苦痛をとる治療だけをしながら、残りの日々をすごしていくことを選んだ老ハンター。

「夕べはあちこち痛くてよ。せんせい、ガンが俺のからだんなかじゅうを歩きまわってるんじゃねえかい?おかしなことに、朝になったら、すっかり良くなってるんだがね。」

真冬の山中で、何時間も身動きせずに獲物を待つ驚異的な忍耐力を持っていたはず。
数え切れないほどの獣の生命をその手で奪い、多くの死の場面にも立ち会ってきたはず。
大陸の戦地で鉄砲の弾飛び交うなかを生き延びて、“儲けもんの人生”を送ってきたとも言っていた・・・
しかしそんな名ハンターも今回は、姿を見せない肺がんという未知の敵に、不安感を募らせているのだろう。

「アンタの性格に、ガンだって似るのさ。もっとやさーしく声かけてみ。そうすればガンだっておとなしくなるから。」

ヒデ爺に付き添っていらした奥さまが、こんなことをおっしゃった。

「そうだな・・・俺も今まで勝手なことやってきたからな。今夜はそうしてみるか。」

診察室はしばらく茶の間に早変わり。
私はお二人の会話を傍で楽しく聞かせてもらった。
見れば、さっきまで光を失っているように見えた鷹の眼に、明るい光が戻っている。

人生の良き伴侶・・・そんな言葉が頭をよぎる。







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