そういえば、今年のわたしは
秋以降、芸術に触れることがとても増えまして
生演奏を聴く機会がなにかと多かったのです。
特に印象深かったのは、パイプオルガンの演奏で。
その多彩な音色とリズムに身を任せていると
徐々に
オルガンそのものが呼吸しているように
生きているように思え、ふいに涙が流れることもあり、
とても敬虔な気持ちに包まれたのです。
いままで、教会やパイプオルガンにはあまり馴染みがなかったのだけど、
そのコンサートをきっかけに
都内ならかなりたくさんの施設で演奏を聴くことができるらしいということも知りました。
あたらしい楽しみが増えました。
音楽に親しむことは、わたしにとってはとても幸せなことなんだなあと改めて知った一年となりましたが
みなさまはいかがですか?
今年新しく見つけた、あるいは思い出した楽しみはありましたか?
楽しみを「楽しい」と味わっているその瞬間が
「幸せ」のなかにいる、幸せそのものなのだと
2017年大晦日の私は、まーしみじみ思います。
そして、楽しみを思い出したその瞬間も、
幸せに包まれている状態。
知っていたけれど、気づかなかった、
色鮮やかにダイレクトに魂に響く瞬間をキャッチするその瞬間を
しかと受け取るまでのプロセスの一つに
いわゆる「苦しいな」という地点があるのかなとも、いまは思うのです。
だから
「苦しいな」と感じた時期を超えてくると、
ささやかな幸せがしっかり見えるようになるから、
幸せが格段に増える。
増えているのではなくて、もともとあったことを思い出しただけなのかもしれませんけど…
という
「よく見るような」文章が、目の前から滑らず腑に落ちていくとき
幸せは遠くにあるものじゃなかったことも
はっきりと思い出すのだと思います。
年末年始、いつもより時間のある方は
ぜひ、楽しみをゆっくりと味わってくださいね。
今年の年末が勝負!というかたも
美味しいものを美味しい!と食べる時間や
深呼吸して肩の力を抜く時間を意識的にとってくださいね。
みなさま、どうぞ良いお年をお迎えください。
秋以降、芸術に触れることがとても増えまして
生演奏を聴く機会がなにかと多かったのです。
特に印象深かったのは、パイプオルガンの演奏で。
その多彩な音色とリズムに身を任せていると
徐々に
オルガンそのものが呼吸しているように
生きているように思え、ふいに涙が流れることもあり、
とても敬虔な気持ちに包まれたのです。
いままで、教会やパイプオルガンにはあまり馴染みがなかったのだけど、
そのコンサートをきっかけに
都内ならかなりたくさんの施設で演奏を聴くことができるらしいということも知りました。
あたらしい楽しみが増えました。
音楽に親しむことは、わたしにとってはとても幸せなことなんだなあと改めて知った一年となりましたが
みなさまはいかがですか?
今年新しく見つけた、あるいは思い出した楽しみはありましたか?
楽しみを「楽しい」と味わっているその瞬間が
「幸せ」のなかにいる、幸せそのものなのだと
2017年大晦日の私は、まーしみじみ思います。
そして、楽しみを思い出したその瞬間も、
幸せに包まれている状態。
知っていたけれど、気づかなかった、
色鮮やかにダイレクトに魂に響く瞬間をキャッチするその瞬間を
しかと受け取るまでのプロセスの一つに
いわゆる「苦しいな」という地点があるのかなとも、いまは思うのです。
だから
「苦しいな」と感じた時期を超えてくると、
ささやかな幸せがしっかり見えるようになるから、
幸せが格段に増える。
増えているのではなくて、もともとあったことを思い出しただけなのかもしれませんけど…
という
「よく見るような」文章が、目の前から滑らず腑に落ちていくとき
幸せは遠くにあるものじゃなかったことも
はっきりと思い出すのだと思います。
年末年始、いつもより時間のある方は
ぜひ、楽しみをゆっくりと味わってくださいね。
今年の年末が勝負!というかたも
美味しいものを美味しい!と食べる時間や
深呼吸して肩の力を抜く時間を意識的にとってくださいね。
みなさま、どうぞ良いお年をお迎えください。