第35回東京国際映画祭も残すところあと2日。今回はアジア映画3作品をまとめてご紹介してしまいます。
『第三次世界大戦』
ⒸHouman Seyedi
2022/イラン/ペルシア語/110min/英語題: World War III
監督:ホウマン・セイエディ
出演:モーセン・タナバンデ、マーサ・ヘジャズィ、ネダ・ジェブレイリ
ⒸHouman Seyedi
コンペ部門の作品で、公式サイトの紹介文は「第二次世界大戦を扱った映画のヒトラー役の俳優が降板し、エキストラで参加していた日雇い労働者が代役に抜擢される。奇想天外な設定で描かれる風刺劇」となっていますが、滑り出しはなかなか興味深く、立ちんぼをしながら仕事の募集を待っていた男シャキーブ(モーセン・タナバンデ)が、ある映画の撮影現場での雑務係として、郊外のセットに連れて行かれることになります。映画は第二次世界大戦のホロコーストを描くらしく、ヒトラーの豪邸やガス室などの建物が撮影所から運ばれてきて、野原の真ん中に建てられています。その周りに有刺鉄線を張ったり、食事の世話をしたりしていたシャキーブは、働きぶりが認められ、続けて雇ってもらうことに。ガス室セットの見張りもかねて、電気も引いてないそこで寝るのがつらかったり、エキストラにかり出されてわけのわからない演技をさせられたりするのはつらかったものの、日当ももらえて御の字でした。ところがそんな時、ヒットラー役の俳優が倒れてしまい、エキストラの中から誰か、ということになった時、老監督は何とシャキーブを指名します。それで待遇もまた改善、喜んだ彼は街にいた時に馴染みになった聾唖者の娼婦ラーダン(マーサ・ヘジャズィ)に、動画で手話を使いながらそんな今の状況を話してしまいます。するとラーダンは彼を呼び出し、元締めのヤクザからひどい目にあわされている、逃げたい、と訴えます。仕方なくシャキーブはラーダンをセットに連れてきて、見つからないようにかくまうことにしますが...。
ⒸHouman Seyedi
非常によく練られた脚本で、観客を見事に翻弄します。主人公がイラン地震で妻と子供を亡くしたこと、亡くなった母親が聾唖者だったので手話ができること等々が途中でわかってくるのですが、オープニングが手話場面でまったく音声がなかったため、ひょっとしてずっとこのままか、と思わせておいて主人公の声を聞かせるなど、巧みなひっかけがあちこちに登場します。撮影している映画は、現在のシーンは第二次世界大戦のヒットラーの登場するシーンですが、待機している役者がフセイン大統領役だったりするので、「独裁者」がテーマなのかも知れません。ちょっとやりすぎのひっかけもあって、演出過剰が鼻につくシーンもあり、さて、審査員にはどう評価されるか、といったところです。本年4月に日本公開されたイラン映画『英雄の証明』(2021)で、主人公の別れた妻の兄を演じ、憎まれ役をやっていたモーセン・タナバンデが熱演を見せてくれます。最優秀男優賞を獲得するかどうか、注目していましょう。
ⒸHouman Seyedi
『クローブとカーネーション』
ⒸFilmCode
2022/トルコ、ベルギー/トルコ語、アラビア語/103min/英語題:Cloves & Carnations
監督:ベキル・ビュルビュル
出演:シャム・ゼイダン、デミル・パルスジャン
ⒸFilmCode
冬のトルコ、アナトリア地方。70歳を超えた背の高い老人ムサ(デミル・パルスジャン)が、孫娘ハリメ(シャム・ゼイダン)を連れて田舎道を行くのですが、彼は何と、妻の遺体を入れた簡素な棺桶を運んでいるのでした。妻は、「私が死んだら、故郷の地に埋葬してほしい」と言ったとかで、故郷はトルコ国境を越えたむこうでした。老人はクルド人なのか、トルコ語は話せず、孫娘がいつも通訳をしています。親切な村人が途中まで車に乗せてくれ、棺桶は屋根に積んで運んでくれたり、トラクターの男が申し出てくれたり、老夫婦の陽気な奥さんがボロい軽トラに乗せてくれたりと、遅々として進まない道程ながら、野宿も交えて国境へと進む祖父と孫娘。ところが、途中でもろくなった棺桶をある木材工場の男が段ボールに替えるように進言し、ついでにそれを長距離トラックに乗せてくれる話をまとめてくれたあと、長距離トラックは検問に引っかかり、遺体が見つかってしまいます...。
ⒸFilmCode
本作はベキル・ビュルビュル監督(上写真)の長編劇映画2作目とのことですが、あまりにも作り込みすぎが目立って、ちょっと引いてしまいました。棺桶を運ぶ車はみんな車体が赤色、運転する人物は異常なまでのおしゃべりで、聞いているこちの頭がおかしくなりそう、という繰り返しは、静と動、吉事と凶事の対比を見せているのかもしれませんが、なかなかつらい体験でした。そして、オープニングとエンディングに民族色豊かな結婚式シーンを持ってくる、というのも、作為的な匂いがプンプン。匂いと言えば、遺体はいくら極寒のアナトリアでも腐敗していくわけで、途中で「だからクローブなんだよ」と監督が言っているようなシーンはあるものの、いやー、それは相当に荒唐無稽でしょう、と言わざるを得ません。この設定は、キョンシー映画でないとムリです。
『アルトマン・メソッド』
©A.N Shvil Productions Ltd.
2022/イスラエル/ヘブライ語/101min/英語題:The Altman Method
監督:ナダヴ・アロノヴィッツ
出演:マーヤン・ウェインストック、ニル・バラク、ダナ・レラー
©A.N Shvil Productions Ltd.
ストーリーは公式サイトから拝借しますが、ちょっと言葉を足しました。「空手道場の経営不振にあえぐ夫と、妊娠中の妻。マンションの清掃員になりすましたアラブ人テロリストを夫が『制圧』したことが評判となり、道場は危機を脱するが、妻は夫の話の不備に気づき始める。夫婦の姿からイスラエルの国情を捉えた意欲作」清掃員の女性は、ヘジャブを被っているのでムスリム、ユダヤ人ではないアラブ系市民であることがわかります。妻のノア(マーヤン・ウェインストック)は元女優で、ボイス・トレーニングを受けてコンサートをしようとしているし、お金持ちの友人もいます。夫ウリ(ニル・バラク)は今は経営難とはいえ、空手を始めとするマーシャル・アーツの教師として道場を持てる身分です。ノアが清掃員の女性に床の磨き方について文句を言う箇所は、明らかに見下した言い方ですし、おそらくそれがウリのやったことのヒントになったのでは、と思わせるあたり、脚本がうまいです。とはいえ、ウリがそこまでする? という疑問や、キッパを被った警官の存在の謎など、何か見終わった後すっきりしない点もあり、いまひとつの作品でした。でも、黒帯のウリがタイガーマスクみたいなイラストに「アルトマン・サバイバル」とヘブライ語の書かれた幕の前で、「アラブ人テロリスト」である女性清掃員(妻のノアが扮している)を「無力化する」画像はかなりインパクトがありますね。
昨日はインド映画『私たちの場所』の2回目の上映があり、脚本兼撮影監督のマーヒーン・ミルザーさんのQ&Aが再びあったのですが、満席だったようで、出待ちをしていた私はたくさんのインド映画ファンの知人・友人にお目にかかりました。マーヒーンさんは今朝早く、羽田発デリー行きの便で帰国の途につきましたが、デリー⇒ボーパール間は飛行便の接続がよくないので、今晩列車でボーパールまで帰る、と言っていました。長旅、お疲れ様ですねー。でも来て下さってよかったです。いい質問をいろいろしてもらって、私も収穫が大きかった、と言っていました。昨日はインド人の女性の方(写真左)も劇場の前で質問をいろいろしたりしてらして、そこをパチリと撮らせていただきました。
明日は私も、インド映画『アヘン』の上映に行って、アマン・サチデーワ監督のQ&Aを聞く予定です。今ちょっと私の三半規管が「あばれる君」になっていて、体調がもう一つのため、手抜きレポートでお許しを。明日は大人しくしていてね、三ちゃん。