今日と明日は、今回のTIFFで唯一の土日です。フルタイムで働いていらっしゃる方には、映画をゆっくり見られる唯一のチャンスですね。これまでTIFF会期中には土日が2回あったのですから、同じ9日間とはいえ、今年は「平日行ける人中心の映画祭」になってしまった感が否めません。多分これも、経費の関係なんでしょうね....。
もう一つ残念だったことは、DVDライブラリーが初日からは開いていず、会期3日目となる本日からしか開かなかったこと。DVDライブラリーは、国内外の映画祭関係者を中心に、スペシャル・ゲスト・パス等を持っている人に限って利用できるようになっています。これから自分たちの映画祭用に作品を選ぼうと思っている人たちは、もちろんスクリーンで見られればベストであるわけですが、時間の節約のためにDVD鑑賞で数をこなし、その中からセレクションをしていきます。全会期中滞在できる人は数少ないため、時間をどれぐらい有効に使えるかが出張成果に響いてきます。
私の知人もアジアのある映画祭のディレクターなのですが、来日を聞いていたのでTIFF初日に「いつか一緒にランチでも」とメールしたところ、「DVDライブラリーが19日からしか開かない!」という涙目メールが戻ってきました。最初の2日間は滞在効率が低下したわけで、何ともお気の毒。せっかくいい作品が揃っていて、「お・も・て・な・し」の心があっても、仕事ができる態勢になっていないと参加者はがっかりしてしまいます。香港国際映画祭で、毎回DVDブース鑑賞に思いっきりお世話になっている私としては、「わかる~、その気持ち」と慰めるしかありませんでした。
とはいえ、オープンしてみるとDVDライブラリーはとてもしっかりした運営がなされていて、すべてがスムーズに運びます。このあたりは、やはりTIFFの面目躍如ですね。というわけで、今日はDVDライブラリーでまず2本。プレス用の上映には行けず、今朝の劇場上映は満席で買えなかった台湾映画『27℃ ― 世界一のパン』と、プレス用上映があっという間に満席になってしまったイラン映画『流れ犬パアト』です。DVDライブラリーのソフトは、どれも英語字幕か、英語+中国語字幕のみ。それでも、こうやって見せてもらえるのはありがたいです。
『27℃』は、林正盛(リン・チェンシェン)監督の久々の劇映画。自身もかつてはパン職人だった林正盛監督ですが、今回の作品は実在のパン作りシェフ呉寶春(ウー・パオチュン)の伝記映画となっています。地方のパイナップル農場労働者の家に生まれ、中学を卒業すると台北のパン屋さんに就職、その後兵役を経て今度は別の町のパン屋に、と次々修業を重ねる中で、よき先輩やライバルに恵まれて、ついにはパリで開催される世界パン職人大会に出場する、という物語。それに、小学校時代にアンパンをくれた女の子陳欣[王攵](チェン・シンメイ)との恋がからんでいきます。
主人公のパオチュンを演じるのは李國毅(リー・クオイー/レゴ・リー)。2006年に映画デビューしているのですが、出演作を見るのは初めて。ちょっと香港の古天樂(ルイス・クー)に似た所がある面差しで、まったく台湾はどうしてこう若手俳優のいいのがいるんだか、と思ってしまいます。今回は何かというと目を潤ませる役でしたが、時代劇アクションなどが似合いそうな顔でした。恋人シンメイには孟耿如(モン・コンルー/サマー・モン)が扮し、無邪気なお金持ちの娘を演じています。友人たちやそれぞれのパン屋のご主人、そしてパオチュンに活きたパンの作り方を教えてくれる堂本パン店のシェフなどみんないい味が出ているのですが、キャラクターがいずれも類型的で、林正盛監督作品としては少々物足りない気がしました。実話に基づくということから、遠慮があったのかも知れません。パオチュンが日本に修業に来た時に、パン工場で彼を指導する女性として小林幸子が出演していたのには驚きましたが、林正盛監督、彼女のファンなのでしょうか?
『流れ犬パアト』の方は、主人公パアトを演じたボビー(これが本名らしい)の名演技に脱帽しながら楽しみました。決して親切な作りの作品ではないのですが、見る者を引き込んで離さない力があります。特に、冒頭で飼い主とパアトの日常を見せる部分では、カット変わりに黒味を長めに入れて、観客の想像力をかき立てます。飼い犬というよりは友人のようにパアトを扱っていた飼い主が、やがてパアトと遊んでくれなくなったと思ったら、トラブルを抱えていた相手の女性(奥さん?)が家にやってきて彼は刺殺されてしまいます。そこからパアトの放浪が始まり、不倫やら麻薬やら臓器売買やら様々な現実を目撃することに。パアトという狂言回しを通じて、イランの今が垣間見える仕組みです。
こんなに赤裸々に描いて検閲は大丈夫だったのかしら、とちょっと心配になりますが、何よりもパアトの表情やしぐさの描写が素晴らしく、それだけで見ていて心が満たされる作品です。テヘランは確か、山の手の方が高級住宅地だったような憶えがありますが(何せ行ったのは35年前....)、街中にあんなタワーができたのですね。パアトと一緒に、しみじみ眺めてしまいました。
本日はあと2本見たのですが、こちらはプレス用試写にて。まずは、今回『マッキー』を除くと唯一のインド映画、正確に言うとインド=イギリス合作映画であるラヴィ・クマール監督作品『祈りの雨』。1984年にインド中部の町ボーパールで起こった、多国籍企業ユニオン・カーバイド社の毒ガス洩れ事件を再現した作品です。主人公と言えるのは、ユニオン・カーバイド社の責任者アンダーソン(マーティン・シーン)に、リキシャワーラー(人力車曳き)で同社の臨時採用になるディリープ(ラージパール・ヤーダウ)、そして地元新聞を発行しているモトワーニー(カル・ペン)の3人。それに、ナポレオンの末裔の取材にやってきた婦人記者(ミーシャ・バートン)が少し関わります。
まず、ユニオン・カーバイド社の工場の再現が素晴らしく、一体どうやって撮ったのかあれこれ聞いてみたくなりました。遠景はCG合成のようですが、毒ガスというか青酸ガスが洩れるまでの工場の描写にものすごくリアリティがあり、手に汗握るサスペンスドラマとなっています。登場人物は実在の人をモデルにしたキャラクターがほとんどで、どの人も単純な英雄化や悪者化は避けてあり、その点でも見応えのある物語になっていました。明日ラヴィ・クマール監督にインタビューできる予定なので、後日詳しくご報告しますね。
最後に見た作品は、トルコ映画『空っぽの家』。デニズ・アクチャイ監督は若き女性なのですが、そこから来る先入観など見事に覆される、骨太かつ繊細な家族ドラマでした。上の写真のように、一家の主人を亡くした家族4人のお話で、神経症気味の母親、今や一家の大黒柱となっている32歳の長女、学校をさぼってはラリったりしている高校生の長男、そして素直な中学生の次女が主人公です。いずれもが夫/父親を亡くした喪失感に苛まれ、特に母親と長男はほとんど心が折れかかっています。そこに、長女に求婚する職場の同僚や祖母、長男の同級生とその母親などもからみながら、一家は崩壊寸前まで転がって行くのですが...。
トルコ映画はキャラクター造型が上手な作品が目立ちますが、『空っぽの家』もそう。見ているうちにまるで自分も家族の一員であるかのように、登場人物たちの言動に反発したり、同情したりしてしまうのです。本作品も引き込まれてしまいました。
今日見た『流れ犬パアト』『祈りの雨』『空っぽの家』は共に「アジアの未来」のコンペ作品。昨日の『リゴル・モルティス』といい、やはり力のある作品が集めてあるなあ、と本日は大満足の1日でした。
帰り際、TOHOシネマズのロビーには、『高雄ダンサー』の舞台挨拶のためか、主演男優の潘永(エド・パン)と郭育廷(クォ・ユイティン)の姿が。ちょっとうまく撮れなかったのですが、この2人のツーショットを付けておきます。左側がクォ・ユイティン、右側がエド・パンです。
明日の日曜日はどうやら雨で残念ですが、TIFFにおいでになる方はたくさんのゲストに会えるといいですね。