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進化の歴史を巻き直す:グールド対モリス(4)

2019-06-06 06:05:05 | 生物学
 05/10の記事の続きです。

 3)4)については正確なところは私には理解しにくいところがあります。なにしろここに登場する無脊椎動物群はなじみが薄いので、それらの間の違いというのがピンとこないのです。どの系統が生き残ったところで、現在の生物のデザインのあるものが登場しなくなると言われてもねえ。確かに体制が五放射相称形、三放射相称形、左右相称形のような基本的構造デザインは異なる系統の間で簡単に変換するとも思えません。けれど例えば高速で泳ぐことに適応する生物ならば、5つのうちいくつかが退化するなどして見かけは左右相称形になることは決して不可能ではないでしょう。

 そもそも、いくらカンブリア爆発期のデザインが豊富だと言っても、その中には陸上生活に適したデザインも空中を飛ぶデザインもなかったではありませんか。ある基本デザインの系統が生き残ったとして、そこからどのような陸上適応などが生じるかはわかったものではありません。「実際に生き残った系統だけが現在の陸上適応デザインを生み出せたのだ」なんて簡単に決めつけるのは不可能ではないでしょうか。

 次に2)のエディアカラの平板状生命、一般にはエディアカラ生物群と呼ばれる系統が生き残り、後生動物、グールドの見解によればサイズを大きくしながら体外環境に接する表面積を大きくするために体内器官を進化させた系統が絶滅したらどうなるか、という問題です。長谷川政美による「進化の歴史」第37話に現在までにわかったことが解説されていますが、エディアカラ紀にも、活発に動き回る能力をもった左右相称動物と想像できる生物が微生物マットに残した生痕化石が残されています。グールドは平べったくて運動性の少ない動物だけの世界を想像していると思われますが、活発に動き回る動物はそうではない動物とは異なるニッチで生きているのですから、活発な動物だけが絶滅するというのは起こりにくいのではないかと思えます。もちろん特定のニッチの生物群が壊滅的な打撃を受ける環境激変、この場合は活発に動き回る動物だけが壊滅的な打撃を受ける環境激変が起きれば話は別ですが、そんな激変は実際には起きていないように思えます。白亜紀末の大絶滅では大型動物が壊滅的打撃を受けましたが。

 さらに平べったい動物から捕食者が現れないかというと、そんなこともないでしょう。平べったい身体で獲物を覆って消化するとか。そして捕食者はいつしか獲物を取り込むための体内を進化させるかも知れません。

 1)の真核生物の進化については、「登場までに長い時間を要したから偶然に違いない」ということ以外にあまり書いていないように見えます。またミトコンドリアの祖先が真核細胞の祖先と共生したことが幸運な偶発性だとしています。この点については現在は『ワンダフルライフ』執筆時よりも多くの事がわかっていますし、そもそもグールドという人はドーキンスやモリスに比べて微生物への理解が少ない、といっては失礼ならば興味が薄いように見えます。

 共生について言えば、海中の藻類では葉緑体の祖先のシアノバクテリアの共生その他の様々な二次共生など、ミトコンドリアの祖先の共生以外にも何回もの共生が起きています。つまり進化の歴史上、細胞内共生は幸運な偶発性などではないのです。

 ただしワンダフルライフ以降の生物学の進歩により、真核生物の登場は確かに幸運な偶発性かも知れないという仮説も有力にはなっています。その詳細はRef-3-a)のニック・レーンの著書に詳しいですが、例えば長谷川政美による「進化の歴史」第32話で紹介されている水素仮説を基にしたものです。これについては、いつかまた紹介したいと思いますが、例えば原核生物段階まで進化できた惑星が100個あったとして、そこから真核生物を経て多細胞生物へと進化できる惑星は10個以下、いや1個以下、もっと少ないかも知れない、という仮説になるかと思います。言い換えれば、宇宙には単細胞生物だけの世界が百数十億年以上も続いている惑星はざらにある、というわけです。

 まとめると、進化の歴史を巻き戻して似たような世界、すなわち元の歴史と同じように収斂進化した生物たちが多数を占める世界になる確率というものは、巻き戻される歴史の分岐点により異なるだろうという結論になります。ある分岐点での生物相を持つ地球型惑星100個を用意したとき、後に登場する生物相はどれくらい似ているだろうかという問題設定がわかりやすいかも知れません。

 個人的な予想を言えば、人類のように文明化した生物が登場する確率はかなり低く、空には翼を持つ飛行生物、海には魚竜やクジラのような大型の高速遊泳生物が繁栄する確率はほぼ100%、原核生物の世界がずーっと続く確率は結構高いかも知れない、というところでしょうか。


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Ref-1)
 a) 渡辺政隆(訳)『ワンダフルライフ:バージェス頁岩と生物進化の物語』早川書房(1993/04/15) ISBN10: 4-15-203556-0
 b) 渡辺政隆(訳)『ワンダフルライフ:バージェス頁岩と生物進化の物語』早川書房(2000/03/01) ISBN10: 4-15-050236-6
Ref-2) 松井孝典(訳)『カンブリア紀の怪物たち』講談社(1997/03) ISBN-10: 4-06-149343-4
  モリスが現代新書のために書き下ろしたもので英語版の本はないらしい。本書の「後記」を参照。
Ref-3) ミトコンドリア関連本
 a) ニック・レーン;斉藤隆央(訳)『ミトコンドリアが進化を決めた』みすず書房(2007/12/22)
 b) 林純一『ミトコンドリア・ミステリー』講談社(2002/11)
 c) 河野重行『ミトコンドリアの謎』講談社現代新書(1999/06/20)

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