アイザック・アシモフのファウンデーションシリーズ(『銀河帝国の興亡』)(Foundation series)には「第2ファウンデーションはいわば銀河の反対の端にあるのだ。」というハリ・セルダン(Hari Seldon)の言葉が登場します。この言葉の真の意味というのが、このシリーズのひとつの謎となるのですが、それはさておき。
日本に対して「大陸の端にある国」といえばイギリスとエール共和国(アイルランド共和国)(Republic of Ireland (Poblacht na hÉireann))です。反対の端にあるから対照的な国なのかといえば実はよく似た点が多い、ということを始めて明確に示したのはたぶん梅棹忠夫の文明の生態史観でしょう。ざっくり言えば、「両国は大陸の端にあるという環境が同じなので似た国になっている」ということです。正確には梅棹忠夫は世界の国々を、大陸中央部の第二地域とその周辺の海沿いの第一地域に分けました。
第一地域では、部族社会=>奴隷制=>封建制=>資本主義社会、という梅棹以前に指摘されていた歴史発展がなされたが、第二地域ではそのような歴史は認められず、巨大帝国が何度も興亡を繰り返した、というわけです。中国の王朝交代の歴史などが後者の典型例です。さらに両地域の間に挟まれた、西では中欧地域、東では東南アジア地域をもまた、両地域とは別のグループとしています。
ですので梅棹が日本と似ていると言ったのは、正確には西ヨーロッパ地域です。ただBritish Isles(ブリテン諸島、イギリス諸島)地域は島国ですから大陸の影響から隔離される程度が強くて、より第一地域の特徴が強くなりそうです。
それともイギリスの方が日本よりも大陸との往来がやりやすく政治的関わりも多かったために、西ヨーロッパの方が第二地域の特徴が薄まったというべきかも知れません。東では中国がひとつの強い帝国として存在した期間が長かったこともあり、朝鮮半島などがどちらの特徴が強いかは微妙かも知れません。島国だったインドネシアの歴史はよく知りませんが、フィリピンだと大陸から離れすぎていてマゼランが来るまで部族社会のままだったということになるでしょうか?
現在の日本とイギリスとエール共和国との違いは、西では国が2つあるということです。それどころかイギリスにも4つの国がある、という話は次回にします。
ところで文明の生態史観と似ている、というよりほとんど同じ発想が地政学(Geopolitics)という学問の中で、マハン(Alfred Thayer Mahan)のシーパワーとランドパワーの概念や、マッキンダー(Halford Mackinder)のハートランドという概念に現れています。こちらはどちらかと言うと、国家というものの特に軍事上の行動を観察して法則を見出したというものです。
このように国家や集団を擬人化する思考法は不確実と考える人もいるかも知れませんが、観察から法則を観察見出そうとするという点では立派に科学的な学問ではないかと思います。むろん自然科学に比べれば、概念の正体とか、そもそもの観察の方法論とかに問題点はありそうですが、それを言えば歴史学や経済学だってそうです。歴史の観測は意図的な誤りさえあるような文献史料が頼りですし、経済学には経済統計という道具が必須です。
とはいえ現状、どれくらいの精度でこの分野の研究が進められているのかは全く知りませんが。
日本に対して「大陸の端にある国」といえばイギリスとエール共和国(アイルランド共和国)(Republic of Ireland (Poblacht na hÉireann))です。反対の端にあるから対照的な国なのかといえば実はよく似た点が多い、ということを始めて明確に示したのはたぶん梅棹忠夫の文明の生態史観でしょう。ざっくり言えば、「両国は大陸の端にあるという環境が同じなので似た国になっている」ということです。正確には梅棹忠夫は世界の国々を、大陸中央部の第二地域とその周辺の海沿いの第一地域に分けました。
第一地域では、部族社会=>奴隷制=>封建制=>資本主義社会、という梅棹以前に指摘されていた歴史発展がなされたが、第二地域ではそのような歴史は認められず、巨大帝国が何度も興亡を繰り返した、というわけです。中国の王朝交代の歴史などが後者の典型例です。さらに両地域の間に挟まれた、西では中欧地域、東では東南アジア地域をもまた、両地域とは別のグループとしています。
ですので梅棹が日本と似ていると言ったのは、正確には西ヨーロッパ地域です。ただBritish Isles(ブリテン諸島、イギリス諸島)地域は島国ですから大陸の影響から隔離される程度が強くて、より第一地域の特徴が強くなりそうです。
それともイギリスの方が日本よりも大陸との往来がやりやすく政治的関わりも多かったために、西ヨーロッパの方が第二地域の特徴が薄まったというべきかも知れません。東では中国がひとつの強い帝国として存在した期間が長かったこともあり、朝鮮半島などがどちらの特徴が強いかは微妙かも知れません。島国だったインドネシアの歴史はよく知りませんが、フィリピンだと大陸から離れすぎていてマゼランが来るまで部族社会のままだったということになるでしょうか?
現在の日本とイギリスとエール共和国との違いは、西では国が2つあるということです。それどころかイギリスにも4つの国がある、という話は次回にします。
ところで文明の生態史観と似ている、というよりほとんど同じ発想が地政学(Geopolitics)という学問の中で、マハン(Alfred Thayer Mahan)のシーパワーとランドパワーの概念や、マッキンダー(Halford Mackinder)のハートランドという概念に現れています。こちらはどちらかと言うと、国家というものの特に軍事上の行動を観察して法則を見出したというものです。
このように国家や集団を擬人化する思考法は不確実と考える人もいるかも知れませんが、観察から法則を観察見出そうとするという点では立派に科学的な学問ではないかと思います。むろん自然科学に比べれば、概念の正体とか、そもそもの観察の方法論とかに問題点はありそうですが、それを言えば歴史学や経済学だってそうです。歴史の観測は意図的な誤りさえあるような文献史料が頼りですし、経済学には経済統計という道具が必須です。
とはいえ現状、どれくらいの精度でこの分野の研究が進められているのかは全く知りませんが。
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