SF(サイエンス・フィクション)には様々な地球外生物が登場しますが、地球の生物からかけ離れていながらそれなりに科学的説明を付けるために、地球型生物が使用している元素を似たような別の元素に置き換えるという手法があります。生命が維持されるためには、その体を作る材料、エネルギー、生体反応の媒体、が必要で、それらにどんな元素を主として使うかという観点から次のような分類ができます。
1) 体をつくる主な元素 炭素(地球型)、ケイ素、ゲルマニウム、・・
2) エネルギーを生む化学反応のための主な元素
酸素(地球の酸素呼吸型)、硫黄、フッ素、塩素、
3) 生体反応の媒体
水、アンモニア、炭化水素(メタン等)、液体ヘリウム、
まずは体をつくる主な元素からいきましょう。地球型生命体は炭素を主な元素とするとされており、それをケイ素に置き換えたケイ素生物というのはSFではよく登場します。英語だと"Silicon_biochemistry"となるようですが、これでは普通の生化学におけるケイ素の役割みたいな記事まで混入しそうですね。英語版wikiでも架空の生化学の記事にひとまとめにされていて、「地球型生命以外の元素を使う異生物」という設定そのものは、フィクション用のガジェットとしてはもはや過去のものなのかもしれません。
とはいえ宇宙生物学のテーマとしての可能性はあるわけでGIZMODEの記事(2011.03.28)にはオープンマインドなコロラド大学の宇宙生物学者、マーク・バロック博士の見解が述べられています。
---------引用開始----------------
我々のように、水の星にいる生命体はおそらく炭素系だろう。でも、より高温の惑星は、原則としてケイ素ベースの生命体を持ちうるだろう。そうした生命体はもっと結晶性で岩石っぽい外見で、それでも動きは機敏である必要がある。他にも可能性がいろいろあり、たとえばガスの巨星にいる巨大な風船みたいな生命体や、宇宙を飛び回る知能を持ったプラズマ雲とかが考えられる。
---------引用終り----------------
ここに述べられた例はいずれもSFに登場したもので一般向けのわかりやすい例だとは思いますが、これだけではアジモフの『宇宙の小石』時代からあまり進歩がありません。
大好きなアジモフのアイディアをけなすようで心苦しいですが、ケイ素生物が小石や岩石のような外見だというのは、炭素生物がダイヤモンドのような外見だというのと同じで化学的には噴飯ものです。それともカーボンファイバーの骨とポリエチレンの皮膚を持つ生物とか。そもそも二酸化ケイ素の外骨格を持つ生物ならすでに地球上に存在します。鉄型生物だっています。カルシウム型なら言わずもがな。
では地球型生命の炭素をケイ素に置き換えたケイ素型生命とは、化学的にはどのように考えられるでしょうか?
そもそも地球型生命を炭素型と呼ぶこと自体が少しミスリーディングなのです。地球型生命の生命活動を司る主な"化合物"はタンパク質と核酸(DNA,RNA)です。そしてタンパク質はアミノ酸のポリマー、すなわちポリアミドの一種です。
(-NH-CR-CO-)n
そう、地球型生命を炭素型と呼ぶことは酸素と窒素に対する差別です!! 正しくはタンパク質型生命と呼ぶべきなのです。そしてタンパク質の中でも真に生命活動を司ると言うにふさわしい分子は酵素をはじめとする機能性タンパク質と呼ばれるものです。これは近年の生命科学の爆発的な進歩により非常に多くの分子が知られてきました。個々についてはそれぞれの情報ソースを参照してもらうとして、これらの分子の共通する特徴はアミノ酸配列が遺伝情報によりきっちりと決まっていることです。
タンパク質はアミノ酸を1次元につないだ1本の紐なのですが、その紐のどこにどんなアミノ酸があるかが各機能性タンパク質により定まっています。タンパク質を構成する主なアミノ酸は20種です。この中でグリシン・アラニン・ロイシン・イソロイシンは上記構造のRとして炭化水素基しか持たず、ほぼタンパク質の骨格を作っているだけとも言えますが、他のアミノ酸が入るとOHやNH2など色々な機能を持つ官能基が導入されます。すなわち1本の紐の中の適切な位置に適切な官能基を導入することで、その分子の役割を適切に果たすことができるのです。その分子マシンとも称される精妙な仕組みは類書でご覧ください。
ここである高分子が分子マシンとして機能できる理由は適切な位置に適切な官能基があることであり、材料がタンパク質だからではありません。実際、分子マシンとして働く機能性生体高分子にはタンパク質のみならずRNAも含まれます。RNAワールド仮説のきっかけともなった自己スプライシングをするRNAです。もっとも、これより以前から知られていたt-RNAやr-RNAもりっぱな機能性高分子ですが。現在ではさらに、いわゆるノンコーディングRNAの中に様々な機能性RNAが見つかっているようです。
以上から考えればケイ素型生命で働く機能性高分子は、例えば次のような構造が想像できるはずです。Si=O構造は地球上では不安定ですから、分子か環境かどちらかを変えないといけませんが。
(-NH-SiR-SiO-)n
むろんNとOが別の元素のことも考えうるでしょう。このような高分子を基礎とする生命の活動温度はというと、そんなこと作ってみないとわかりません(^_^)。ただ地球型生命の適温よりも高温とも低温とも断定できないことは確かです。
同じような考えでタンパク質型生命ならぬポリエステル型生命も考えられます。
(-O-CR-CO-)n
高分子の骨格が炭素だけのポリエチレン型生命こそ"真の炭素型生命"と呼ぶべきではないでしょうか?
(-CH2-CR-)n
以上のような機能性高分子の性質を予測するには現在の化学はまだまだ未熟ですが、生物の外見や行動などは環境の方に強く影響されるもので、細胞内の主人公がポリアミドだろうがポリエステルだろうが未知のケイ素ポリマーだろうがあまり変わらないという可能性も強いと思います。これではSFの材料としてケイ素型生命を持ってきてもストーリーをおもしろくするネタにはなりませんね。残念。
補足記事へ続く
第3回の生命エネルギーの話も書きました。
1) 体をつくる主な元素 炭素(地球型)、ケイ素、ゲルマニウム、・・
2) エネルギーを生む化学反応のための主な元素
酸素(地球の酸素呼吸型)、硫黄、フッ素、塩素、
3) 生体反応の媒体
水、アンモニア、炭化水素(メタン等)、液体ヘリウム、
まずは体をつくる主な元素からいきましょう。地球型生命体は炭素を主な元素とするとされており、それをケイ素に置き換えたケイ素生物というのはSFではよく登場します。英語だと"Silicon_biochemistry"となるようですが、これでは普通の生化学におけるケイ素の役割みたいな記事まで混入しそうですね。英語版wikiでも架空の生化学の記事にひとまとめにされていて、「地球型生命以外の元素を使う異生物」という設定そのものは、フィクション用のガジェットとしてはもはや過去のものなのかもしれません。
とはいえ宇宙生物学のテーマとしての可能性はあるわけでGIZMODEの記事(2011.03.28)にはオープンマインドなコロラド大学の宇宙生物学者、マーク・バロック博士の見解が述べられています。
---------引用開始----------------
我々のように、水の星にいる生命体はおそらく炭素系だろう。でも、より高温の惑星は、原則としてケイ素ベースの生命体を持ちうるだろう。そうした生命体はもっと結晶性で岩石っぽい外見で、それでも動きは機敏である必要がある。他にも可能性がいろいろあり、たとえばガスの巨星にいる巨大な風船みたいな生命体や、宇宙を飛び回る知能を持ったプラズマ雲とかが考えられる。
---------引用終り----------------
ここに述べられた例はいずれもSFに登場したもので一般向けのわかりやすい例だとは思いますが、これだけではアジモフの『宇宙の小石』時代からあまり進歩がありません。
大好きなアジモフのアイディアをけなすようで心苦しいですが、ケイ素生物が小石や岩石のような外見だというのは、炭素生物がダイヤモンドのような外見だというのと同じで化学的には噴飯ものです。それともカーボンファイバーの骨とポリエチレンの皮膚を持つ生物とか。そもそも二酸化ケイ素の外骨格を持つ生物ならすでに地球上に存在します。鉄型生物だっています。カルシウム型なら言わずもがな。
では地球型生命の炭素をケイ素に置き換えたケイ素型生命とは、化学的にはどのように考えられるでしょうか?
そもそも地球型生命を炭素型と呼ぶこと自体が少しミスリーディングなのです。地球型生命の生命活動を司る主な"化合物"はタンパク質と核酸(DNA,RNA)です。そしてタンパク質はアミノ酸のポリマー、すなわちポリアミドの一種です。
(-NH-CR-CO-)n
そう、地球型生命を炭素型と呼ぶことは酸素と窒素に対する差別です!! 正しくはタンパク質型生命と呼ぶべきなのです。そしてタンパク質の中でも真に生命活動を司ると言うにふさわしい分子は酵素をはじめとする機能性タンパク質と呼ばれるものです。これは近年の生命科学の爆発的な進歩により非常に多くの分子が知られてきました。個々についてはそれぞれの情報ソースを参照してもらうとして、これらの分子の共通する特徴はアミノ酸配列が遺伝情報によりきっちりと決まっていることです。
タンパク質はアミノ酸を1次元につないだ1本の紐なのですが、その紐のどこにどんなアミノ酸があるかが各機能性タンパク質により定まっています。タンパク質を構成する主なアミノ酸は20種です。この中でグリシン・アラニン・ロイシン・イソロイシンは上記構造のRとして炭化水素基しか持たず、ほぼタンパク質の骨格を作っているだけとも言えますが、他のアミノ酸が入るとOHやNH2など色々な機能を持つ官能基が導入されます。すなわち1本の紐の中の適切な位置に適切な官能基を導入することで、その分子の役割を適切に果たすことができるのです。その分子マシンとも称される精妙な仕組みは類書でご覧ください。
ここである高分子が分子マシンとして機能できる理由は適切な位置に適切な官能基があることであり、材料がタンパク質だからではありません。実際、分子マシンとして働く機能性生体高分子にはタンパク質のみならずRNAも含まれます。RNAワールド仮説のきっかけともなった自己スプライシングをするRNAです。もっとも、これより以前から知られていたt-RNAやr-RNAもりっぱな機能性高分子ですが。現在ではさらに、いわゆるノンコーディングRNAの中に様々な機能性RNAが見つかっているようです。
以上から考えればケイ素型生命で働く機能性高分子は、例えば次のような構造が想像できるはずです。Si=O構造は地球上では不安定ですから、分子か環境かどちらかを変えないといけませんが。
(-NH-SiR-SiO-)n
むろんNとOが別の元素のことも考えうるでしょう。このような高分子を基礎とする生命の活動温度はというと、そんなこと作ってみないとわかりません(^_^)。ただ地球型生命の適温よりも高温とも低温とも断定できないことは確かです。
同じような考えでタンパク質型生命ならぬポリエステル型生命も考えられます。
(-O-CR-CO-)n
高分子の骨格が炭素だけのポリエチレン型生命こそ"真の炭素型生命"と呼ぶべきではないでしょうか?
(-CH2-CR-)n
以上のような機能性高分子の性質を予測するには現在の化学はまだまだ未熟ですが、生物の外見や行動などは環境の方に強く影響されるもので、細胞内の主人公がポリアミドだろうがポリエステルだろうが未知のケイ素ポリマーだろうがあまり変わらないという可能性も強いと思います。これではSFの材料としてケイ素型生命を持ってきてもストーリーをおもしろくするネタにはなりませんね。残念。
補足記事へ続く
第3回の生命エネルギーの話も書きました。
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