2024/02/01の記事で紹介したエマニュエル・トッドの家族システム論の紹介を試みます。
表題の「進化」をカッコ付けしたのは、生物学での進化とは少し違うよという点を強調したかったからです。生物としての遺伝子の変化ではないので、ドーキンスが言うミームの進化になります。ミームの進化というとあやふやに思う人もいるかも知れませんが、概念さえしっかりしていれば十分に科学となり得るものだと私は考えています。そもそも歴史学において「なぜそうなったのか?」という問題提起をするならば、それは「ミームの進化論」を論じるということになるでしょう。正式には社会文化的進化と言えるのでしょう。
現代の生物の進化論では以下の2つが大きな柱です。
環境に適応できた個体が子孫を残せる。
結果的に、生物集団は環境に適応できる個体の集団へと変化する。
トッドの述べる家族システムの歴史にもそのように解釈できる例は見られ、例えば「狩猟採集生活から農業生活へと生活環境が変化することで、核家族システムから父系システムへと変化した」という例があります。
家族システムの分類
さてまず家族システムの分類ですが、序章の中の「家族類型の略述(p90-95)」にまとめられています。文章だけで表などがなくわかりにくいですが、要約してみます。文章には書かれていない部分で、私見をカッコ内にコメントしました。
1) 核家族
子供は十代後半に親から遠ざかり、やがて結婚して自律的家庭ユニットを作る。
(結婚していなくても、親と同居しない独身世帯)
親の遺産分配は親自身の自由(遺言内容が絶対的な自由)
さらに分類
・純然たる核家族:上記の通りそのまま 英米地域(オーストラリア、カナダ英語圏も)
・平等主義的核家族:遺産相続に平等主義的ルールあり フランスのパリ盆地
(遺言内容に制限があり親の完全自由ではない、のだろう)
・一時的同居を伴う核家族:結婚後も数年間は同居を見込む
ベルギー、東南アジア、中南米、ユーラシア遊牧民の一部
2) 直系家族[父系制レベル1] 日本、ドイツ、韓国、フランス南西部
跡継ぎは一人だけで、跡継ぎは結婚しても親と同居する。
跡継ぎ以外の子供は平等で、成長すれば独立(核家族制と同じ)
多くの地域では長男が跡継ぎ(父系制)だが、長女の社会もある(母系制)。
3) 外婚制共同体家族[家父長制家族、父系制レベル2] 中国、ロシア(17世紀以降)、インド北部
息子たち全員が父親に結び付けられる。
(同居とは書いてない。父親一人を家長とする一つの共同体家族という意味か?)
父親が死ぬと、遺産は兄弟に平等に分配される。
(各息子がそれぞれに別の共同体家族を作る?)
息子たちは元のグループの外に配偶者を見つける。
娘たちは、父系制の複合的な世帯の間で交換される。
(女性には相続すべき遺産などない)
4) 内婚制共同体家族[家父長制家族、父系制レベル3] アラブ、ペルシャ世界
内婚制であることが、父系制レベル2とは異なる。
可能な場合には2人の兄弟の子供同士の結婚を要請する。
アラブ圏中心部では実イトコ同士の結婚率35%前後。
コメント
3の記載でわかるように、父系制レベル2、3の社会では女性の社会的ステータスが低いことも特徴。例えば出生時の男女比で女子比率が低いことが家父長制の進展の指標とされる。4のイトコ婚率の高さは内婚制の進展の指標とされる。
家族システムの変遷
これらの家族システムが歴史的にどのように変化したかを要約すれば、次のごとくです。
核家族 => 父系制レベル1 => 父系制レベル2 => 父系制レベル3
トッドがたびたび「中東は最も進化した家族形態を持っている」などと書くので、「進化している(後から登場した)システムは優れている」という価値観を持ち込んでいるのかと疑いましたが、必ずしもそうではないようです。この書き方は、新しい理論である「反転モデル」の対立仮説である、従来の「標準モデル」への反論ゆえのことらしいのです。序章の「家族システムの稠密化、および特定の傾向を示す差異化[p62-64]」と「歴史の「反転モデル」[p65-67]」とを参照。
従来の「標準モデル」では、大家族制=>核家族性=>自立した個人の誕生、と「進化」が進んだとされていて、ゆえに中東などの大家族制は遅れたシステムだとみなされていたとのことです。個人主義である西欧文明の優位性という色眼鏡もかかっていたというわけですね。要するにトッドの「中東の家族システムの方が進化していて、西欧の核家族システムはむしろ原始的」という言葉は、「西欧の核家族制や個人主義は進化しているから優れたものだ」という「標準モデル」の根拠に紛れ込んだ価値観をからかったものと思われます。論争相手の価値観に乗っかって攻撃してみたというところですね。
でもねえ。逆にトッド自身が「進化したものは優れたもの」という誤った価値観に囚われていて、「家父長制が西欧的価値観からは野蛮に見えたとしても、実は進化しているのだから優れているのだ」と考えているという誤解をしてしまいそうなんですけどねえ。それとか、「人類全体がやがて父系制レベル3となるのが歴史の必然だ」みたいな・・。いやいや、本書の随所にでてくるダーウィン進化論の記載を見れば、そのようなラマルク的な定向進化説が間違いであることは十分に理解しているはずです。でも、それがわかっていない読者には誤解されそうですねえ。
さて、原初の狩猟採集生活では核家族制だった人類が直系家族へと進化したのは農業生活へ移行したからです。つまり限られた親の農地を子供たちに平等に分割したらだんだんと足りなくなってしまうので、遺産相続を一人に絞ったというわけです。とはいえ例えば日本の例だと、平安時代以前ではむしろ遺産平等分割が普通で、法的制度としても長子相続が確立したのは江戸時代からくらい、というのですから結構最近までの長い時間をかけての変化だったようです。
そして共同体家族が産まれたのは、シュメールと中国北方の遊牧民の社会[p111(ユーラシアにおける核家族から共同体家族への変容)]。このシステムは戦士たる兄弟たちを強く結びつけるので戦争に強くなるのです。
さらに「システムの特徴は時の経過につれて自動的に強化されていくため[p113]」父系制レベル3にまで到達するそうな。オイオイ「自動的」ってなんだよ一体。定向進化説を信じているのかと勘違いするじゃないか。原因究明を放棄するんじゃない!
いや、どこか別の個所に書いてあるんでしょうけど、どこなのかを書いておいてほしいですよね。
さて、ここまでの説明は少し単純化しすぎてますので、大事な点だけをもっと詳しく説明しますが、それは次回に。
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1-a) 堀茂樹(訳)『我々はどこから来て、今どこにいるのか? 上 アングロサクソンがなぜ覇権を握ったか』文藝春秋 (2022/10/26) ISBN-13:978-4163916118
1-b) 堀茂樹(訳) 『我々はどこから来て、今どこにいるのか? 下 民主主義の野蛮な起源』文藝春秋 (2022/10/26) ISBN-13:978-4163916125
表題の「進化」をカッコ付けしたのは、生物学での進化とは少し違うよという点を強調したかったからです。生物としての遺伝子の変化ではないので、ドーキンスが言うミームの進化になります。ミームの進化というとあやふやに思う人もいるかも知れませんが、概念さえしっかりしていれば十分に科学となり得るものだと私は考えています。そもそも歴史学において「なぜそうなったのか?」という問題提起をするならば、それは「ミームの進化論」を論じるということになるでしょう。正式には社会文化的進化と言えるのでしょう。
現代の生物の進化論では以下の2つが大きな柱です。
環境に適応できた個体が子孫を残せる。
結果的に、生物集団は環境に適応できる個体の集団へと変化する。
トッドの述べる家族システムの歴史にもそのように解釈できる例は見られ、例えば「狩猟採集生活から農業生活へと生活環境が変化することで、核家族システムから父系システムへと変化した」という例があります。
家族システムの分類
さてまず家族システムの分類ですが、序章の中の「家族類型の略述(p90-95)」にまとめられています。文章だけで表などがなくわかりにくいですが、要約してみます。文章には書かれていない部分で、私見をカッコ内にコメントしました。
1) 核家族
子供は十代後半に親から遠ざかり、やがて結婚して自律的家庭ユニットを作る。
(結婚していなくても、親と同居しない独身世帯)
親の遺産分配は親自身の自由(遺言内容が絶対的な自由)
さらに分類
・純然たる核家族:上記の通りそのまま 英米地域(オーストラリア、カナダ英語圏も)
・平等主義的核家族:遺産相続に平等主義的ルールあり フランスのパリ盆地
(遺言内容に制限があり親の完全自由ではない、のだろう)
・一時的同居を伴う核家族:結婚後も数年間は同居を見込む
ベルギー、東南アジア、中南米、ユーラシア遊牧民の一部
2) 直系家族[父系制レベル1] 日本、ドイツ、韓国、フランス南西部
跡継ぎは一人だけで、跡継ぎは結婚しても親と同居する。
跡継ぎ以外の子供は平等で、成長すれば独立(核家族制と同じ)
多くの地域では長男が跡継ぎ(父系制)だが、長女の社会もある(母系制)。
3) 外婚制共同体家族[家父長制家族、父系制レベル2] 中国、ロシア(17世紀以降)、インド北部
息子たち全員が父親に結び付けられる。
(同居とは書いてない。父親一人を家長とする一つの共同体家族という意味か?)
父親が死ぬと、遺産は兄弟に平等に分配される。
(各息子がそれぞれに別の共同体家族を作る?)
息子たちは元のグループの外に配偶者を見つける。
娘たちは、父系制の複合的な世帯の間で交換される。
(女性には相続すべき遺産などない)
4) 内婚制共同体家族[家父長制家族、父系制レベル3] アラブ、ペルシャ世界
内婚制であることが、父系制レベル2とは異なる。
可能な場合には2人の兄弟の子供同士の結婚を要請する。
アラブ圏中心部では実イトコ同士の結婚率35%前後。
コメント
3の記載でわかるように、父系制レベル2、3の社会では女性の社会的ステータスが低いことも特徴。例えば出生時の男女比で女子比率が低いことが家父長制の進展の指標とされる。4のイトコ婚率の高さは内婚制の進展の指標とされる。
家族システムの変遷
これらの家族システムが歴史的にどのように変化したかを要約すれば、次のごとくです。
核家族 => 父系制レベル1 => 父系制レベル2 => 父系制レベル3
トッドがたびたび「中東は最も進化した家族形態を持っている」などと書くので、「進化している(後から登場した)システムは優れている」という価値観を持ち込んでいるのかと疑いましたが、必ずしもそうではないようです。この書き方は、新しい理論である「反転モデル」の対立仮説である、従来の「標準モデル」への反論ゆえのことらしいのです。序章の「家族システムの稠密化、および特定の傾向を示す差異化[p62-64]」と「歴史の「反転モデル」[p65-67]」とを参照。
従来の「標準モデル」では、大家族制=>核家族性=>自立した個人の誕生、と「進化」が進んだとされていて、ゆえに中東などの大家族制は遅れたシステムだとみなされていたとのことです。個人主義である西欧文明の優位性という色眼鏡もかかっていたというわけですね。要するにトッドの「中東の家族システムの方が進化していて、西欧の核家族システムはむしろ原始的」という言葉は、「西欧の核家族制や個人主義は進化しているから優れたものだ」という「標準モデル」の根拠に紛れ込んだ価値観をからかったものと思われます。論争相手の価値観に乗っかって攻撃してみたというところですね。
でもねえ。逆にトッド自身が「進化したものは優れたもの」という誤った価値観に囚われていて、「家父長制が西欧的価値観からは野蛮に見えたとしても、実は進化しているのだから優れているのだ」と考えているという誤解をしてしまいそうなんですけどねえ。それとか、「人類全体がやがて父系制レベル3となるのが歴史の必然だ」みたいな・・。いやいや、本書の随所にでてくるダーウィン進化論の記載を見れば、そのようなラマルク的な定向進化説が間違いであることは十分に理解しているはずです。でも、それがわかっていない読者には誤解されそうですねえ。
さて、原初の狩猟採集生活では核家族制だった人類が直系家族へと進化したのは農業生活へ移行したからです。つまり限られた親の農地を子供たちに平等に分割したらだんだんと足りなくなってしまうので、遺産相続を一人に絞ったというわけです。とはいえ例えば日本の例だと、平安時代以前ではむしろ遺産平等分割が普通で、法的制度としても長子相続が確立したのは江戸時代からくらい、というのですから結構最近までの長い時間をかけての変化だったようです。
そして共同体家族が産まれたのは、シュメールと中国北方の遊牧民の社会[p111(ユーラシアにおける核家族から共同体家族への変容)]。このシステムは戦士たる兄弟たちを強く結びつけるので戦争に強くなるのです。
さらに「システムの特徴は時の経過につれて自動的に強化されていくため[p113]」父系制レベル3にまで到達するそうな。オイオイ「自動的」ってなんだよ一体。定向進化説を信じているのかと勘違いするじゃないか。原因究明を放棄するんじゃない!
いや、どこか別の個所に書いてあるんでしょうけど、どこなのかを書いておいてほしいですよね。
さて、ここまでの説明は少し単純化しすぎてますので、大事な点だけをもっと詳しく説明しますが、それは次回に。
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1-a) 堀茂樹(訳)『我々はどこから来て、今どこにいるのか? 上 アングロサクソンがなぜ覇権を握ったか』文藝春秋 (2022/10/26) ISBN-13:978-4163916118
1-b) 堀茂樹(訳) 『我々はどこから来て、今どこにいるのか? 下 民主主義の野蛮な起源』文藝春秋 (2022/10/26) ISBN-13:978-4163916125
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