髑髏フラワー

ママの口ぐせお花はドクロ!

保守的になる

2016-12-05 | 3歳児
育児生活をしているうちに、どんどん自分が保守的な考えに偏っていくのを感じる。
我が子の身の安全を考えると、どうにも保守的にならざるを得ないのだ。

子供ができると、当然のように子供に関するニュースがよく耳に入るようになる。
その中でも耳に引っかかるのは、子供の事故のニュースだ。
親としては我が子が似たような状況に陥って事故に遭わないように、記事を読み込んで学び防衛しなくてはならない。

そんなニュース群を読むうちにぼんやりと浮かび上がってくるのは、昔では事故が存在し得なかった時間や場所、昔はなかったサービスや道具、昔にはなかったやり方などで事故が多く発生しているように見えることだ。

例えばエルゴの抱っこヒモで子供を抱っこしたまま前かがみになって子供が落下する事故が増えた…みたいなこと。
他にもたくさん思いつくが、そこはアレなのでアレしておく。

つまりは新しい現象に対して、子供たちが人柱(リスクを負って先頭に立つ的な意味)のような存在になって事故に遭っているのでは?ということだ。

「まだ誰も経験したことのない、新しい現象」

これに自分の子供達をさらすことがとても怖くなってしまった。

ひっくり返せば

「数多くの人たちが、同じことを長い間繰り返してきた」

ここに安心感を覚える。
これならこの先も安全なんだろうな、という予測が立つ。
なので、新しい流行が生まれて行列が発生し、自分も気にはなってもまずは行列を確認し、流行が落ち着くのを待ち、多くのレポートが上がってから安全確認をして列に並ぶか考える。
子育て関係の情報にアンテナを張っていても、子育て自体のやり方にもやたらと新しい価値観や奇抜な発想が多いことに気づく。

情報の波に飲み込まれ、必死にもがき続けてたどり着いた新天地で、誰も経験したことのない新しいアトラクションに遭遇して子供が事故に遭う…。
こんなことは避けなければならないので、ともかく自分は新しいことに目を向けるのをほとんどやめてしまった。

先頭も最後尾も右側も左側も歩くな。
安全な真ん中を歩け。

実際にこんなことは言わないが、心の中では同じようなことを考えている。

まあはっきり言えば、自分はとんでもなく「つまらない大人」になったんだな、と思う。

20年前の自分が今の自分を見れば「おめえ心の底からつまらねえ大人だな!」と言われてしまうだろうが、我が子の安全管理の全てを統括する身としては、面白いとかつまらないとかの価値観は存在しない。「安全第一」が絶対のルールだ。

と書いてはいるが…

正直、自分が小さかった頃は、今振り返ってみても「よくあの時に死ななかったな…」と思える遊びばかりしてきた(危険な遊び場所も今より多かった)。

なんというか、我が子には事故に遭わない程度にのびのびと過ごしていただきたい…といった都合のいい願いか。



ここ最近は山でも行かない限りあっという間に落ち葉が掃除されてしまい、落ち葉で遊ぶこともままならないコンクリートジャングル東京。近所の公園が予算がないのか落ち葉盛りだくさんだったので遊びました。そういえば昔は勝手に焚き火とかしてたよな〜
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする