土手猫の手

《Plala Broach からお引っ越し》

No.36「ドッペルゲンガー」

2008-11-20 21:59:07 | 掌編(創作)
上映時間まであとわずか。途中、地上へ出る地下道の中にそのギャラリーは有る。
いつも、急ぐ私を引き留めようとするもの、もの達。
「いけないっ今日は猫だ!」
もう遅い。
猫が居る「この子可愛い」猫が居る。フレームの窓の中に猫が居る。
猫が居る「この子好き」猫が居る。フレームの外に人が居る。やって来る。
猫、猫。外に人、近づいて来る。猫、猫。すれ違う人。
人通りの多い街で人は皆、器用にスライドして行く。視線も合わさずに。

その人もまた視線は猫のままに近づいて来た。同じ写真、同じ道を反対方向へ行く二人。
瞬間ひらりと私は猫から目を移す。
一瞬。無邪気な笑み。
顔を横に向けたままゆっくりと泳ぐ様に進むその人を見送る私は声を掛けられない。

「美紗子?」
瞬時に思う「違う」。目の前を過ぎて行った人は「違う人」。
でも、美紗子。一目で解るあの笑顔。
昔の、高校生の彼女だ。
黒のチュニック、レースのレギンス。今、目の前を過ぎた彼女は誰。

ゆっくりと流れて行くその、無邪気な笑顔の前に私は声を掛けられない。

自由に一人で。歩く楽しそうな彼女。若々しい人。
あの頃の彼女。
「この人は誰?」

きっと。
彼女はきっと…これから帰るのだ。
「そうね」

その先に有る改札をくぐり、幼い子供の待つ家へ。
ひとときの自由。笑顔、無邪気な。
笑顔の待つ家へ。「戻る人」。

私は声を掛けない。
「またね…」「そうね」

瞬きに。後ろ姿を見送って、私は階段を上がった。
ゆっくりと、そこを後にして。


2008.11.20 ?