土手猫の手

《Plala Broach からお引っ越し》

「迂回路」(転載)

2013-07-05 02:30:14 | 掌編小説(改稿)
  「迂回路」
                          本居 寝子

お寺さんの造りは、かくも不思議だ。
こんなところにと思うような場所に、建物で回(めぐ)らした囲いの中に、庭が有ったりする。

たぶん法事だったのだろう。
歳は、小学校へ上がるか上がらないかの頃。およそそうであるように、待合の座敷で法要が始まるまでの時間、一人、子供は異邦人で。誰の相手をする必要も無く、私は、自分の目だけと会話をしていた。
他者との関わりを遮断したそこで、私はその目新しい瞬間を楽しんでいた。
誰も私を、邪魔しない。
好奇心とも放心とも区別のつかない感覚に支配された時間、私の目が認識していたのは上げられた雪見障子の硝子越しに小さく覗く世界だった。

部屋の外、囲いの中に有るそこは、中央に設えられた一坪ほどの庭には、ささやかな竹の植込みと、砂礫をあしらった露地に雪見灯篭が据えられて。渡り廊下を阻む、それが繋ぐ、池のようであった。
渡る回廊の向こう側は給仕場のようで。隔てた池越しに、茶碗や茶托、ジャーを抱えたお給仕さんが、ひっきりなしに出入りするのが見える。
茶菓子の載せられた盆、吸い物の椀、ビール……。それらが運ばれる様を、向こう側の景色を、飽きずにずっと私は眺めていた。
ふいに、名前を呼ばれた気がして振り返ると。
親戚だろう見知らぬ小父さんが菓子盆から、何やら知らない包みを一つ掴み、私の方へ、歩いて来る。目の前でしゃがんだその人は、包みを差し出し、廊下へ向かう。
手の平の菓子に、締められた障子を追うと。硝子戸の窓の外には、目隠しをするかのように雨戸が閉(た)てられていた。
音などしなかった。
坪庭に回らした衝立の、格子から光が洩れる。塞がれた、そこから見えるは色褪せた断片。
雨の様子も無い。ほんの一瞬の出来事。
消えた景色と引き換えの……菓子、を。仕方無く、私は味わった。

2009.7.27「Open Sesame」(初出・初稿)。
http://pub.ne.jp/nekome9_1/?entry_id=2315603

2013.7.5 改稿(修正)。

「チャイム」と同じく、経験したことから起こしたフィクションです。
今は。お寺は建て直されて、坪庭は無くなってます。

《Plala Broach「土手猫の手」2013.7.5》