土手猫の手

《Plala Broach からお引っ越し》

「糸瓜の庭」

2021-12-12 11:21:36 | 短編小説(創作)

   「糸瓜の庭」

                              土手 千畳


「まじか」
「っしょ?」
「土、付いてないな」
「洗うでしょ普通」
「本物?」
「そりゃ個体番号付いてる訳じゃないし、見た目同じだし、てか覚えてないでしょ」
「こんなに、大きかったっけか?」
「もういいって。来たぞー純子ー。純子ーんこー、んこー純子ちゃ、だから、純子ちゃん白目恐いって」
「誰も居ないと思って。そこ、テーブルの上空けて」
「直兄は?」
「自動車教習所」
「取るんだ、あまり関係無さそうだけど。店継ぐとかじゃなかった?」
「継ぐって言っても何れってことだから、学生の内に取って、就活に備えるってか」
「そうそう店ってさ、月曜は盲点だったな、これで夏休みが終わっても」
「実、西瓜出して」
「え?」
「いいから」
「いや、食べちゃ駄目でしょ? 何か入ってる可能性も無くはないし、てか、お前重くないの?」
「重くなくはないけど」
「置いたら、実、また仕舞って。いいから!」
「何、なんなんだよ」
「これで鑑識に回されても大丈夫だから」
「……」
「冗談よ」
「真顔で言うな」
「こぇーよ」
「それだったら触るだけでいいだろ、わざわざ出さなくても」
「引き取るなよ、冗談だろ」
「不自然じゃない作業の過程が見えるって大事じゃないの」
「いやマジじゃん。こぇーよ」
「そうよ、大体あんたがこんなもん寄越すから」
「俺の所為じゃないでしょ、俺はぱしりしただけで」
「西瓜抱えたあんたが店の扉開けて入って来た時、声上げそうになったんだから」
「いやいや、こっちが『早く冷蔵庫開けてっ』って言ってるのに固まったままだったじゃない。ま、変なこと口走られてもアレだけど」
「このタイミングならあれだって解るじゃない。まさか」
「聞いてなかったのかよ? 話ついてるって言ってたぜ」
「ショーケース空けとけって言われただけだもの掃除だと、まさか」
「まさかのアレです」
「信じらんない」
「結局、誰の仕業か解らないままか」
「ああ。土地の管理会社に電話して聞いたけど知らないって返事で、見つけちゃった親父が仕方ないから引き取って」
「それが何でうちに回って来る訳?」
「腐っちゃうでしょ、いつ名告り出るか出ないか解んないんだから」
「返事になってないんだけど」
「ここしか無いだろ。こんなデカイの丸々入れておけるスペースなんて、俺んとこには無いの」
「通報、しなかったのか」
「一応写真撮って、連絡先、但し書き置いて。ビーチボールの大群の方はダンボールに入れて町会の倉庫に入れたらしいけど、そっちはともかく西瓜は誰も名告り出て来なかったら不法投棄で処分するしかないか、って」
「不法投棄か、そうか、そう見えるか」
「あたし達しか知らないから本当のこと」
「遺失物で届けられてたら、ちょっとヤバかったかもな」
「ビーチボールの方よね、本当に鑑識に回されたりでもしたら」
「お前ら、やめれっての!」
「面白いな、こいつ」
「でもあの後インスタレーションだったのかしら壊しちゃったのかって、ほんとはちょっとドキドキしてた」
「あんな更地一面に並べたのが俺達の中の誰かだなんて、いくら西瓜の種飛ばした後だって言ったって、普通だったら考えないけど」
「あの話の後じゃな。てっきりまた犯人は純子かと」
「あれはあんたたちが勝手に勘違いしただけでしょ。こっちだって、また男子特有の馬鹿みたいなことを、って」
「『特有』ってゆう?」
「だけど、犯人が名乗り出て来たらまた別だけど。これはもうどうこう手を出せないし、取り敢えずこのまま廃棄を待てばいいんだな」
「そう。だから西瓜はこれで終了。さっさと本題済ませて、さっさと帰って」
「そんなこと言う?」
「コーヒー加糖? 微糖? ジュース? コーヒー牛乳?」
「コーヒー微糖で」
「Me,too.」
「生意気」
「俺? 俺達? 俺?」

「あー涼しい。クーラー点けといてあげた?」
「全く、何の為の物干し台だったんだか」
 二日も続けて暑いの我慢したっていうのに。
「あれで懲りる筈だったのに、守の奴、定休日に気がつくなんて」
「ふふ、当てが外れたわね。いいじゃないの空いてるんだから」
「店でなら別に、あたしは構わないけど。一人?」
「後楽園のサウナ行くって」
「コーヒー? ジュース? コーヒー牛乳?」
「何? 麦茶有るでしょ。あ、でもどうせだからコーヒー牛乳貰っちゃおうか。純子も飲むでしょ?」
「さっきコーヒー貰ったからいい」
「いいわよ、翔ちゃん先週来たばかりだから。急がなくてもまた買って来るし」
 小さい男の子は今、翔くんくらいか。
「甘い。美味しい。皆好きだったわよねぇ」
「『好きなの一本取っていいぞ』って言われるの、それ目当てで切る必要も無いのに、うち来てたって」
「すぐお隣りだものね。『これ以上切ったら坊主頭になっちまうぞ。いいから好きなの飲め』ってねぇ。そうだったわねえ」
 隣りじゃなくても、あいつなら来ると思うけど。
「で、同窓会は? 決まったの?」
「何人かまだ返信が無いから、その人と仲良かった子に連絡して貰ってるとこ。まだ『やるけど、どう?』って段階」
「いつ頃の予定なの?」
「早くてシルバーウィークか、準備不足で間に合わなさそうだったら冬か春になるかもだけど、先生の都合も聞かないと」
「来年、再来年になると、また受験やら今度は就職する人も居るだろうし、早いわねえ」
 進路か……
「卒業したらまた、今度は中学の同窓会って、まもっちゃん」
「やめてよ」
「2020年なら夏には東京オリンピックも有るし、卒業祝いを兼ねて、どう?」
 どういう関係よ。
「無理。エンドレスで幹事とか、無視無視!」

「でさあ、田荘と仲良かった奴って誰か知ってる?」
「昔、四年生の時? 何かの行事か何かで皆で田荘君ちに行ったこと有ったじゃない」
「そんなこと有ったっけ」
「九段下の方?」
「そう。道路からは見えないけれど、中に立派なお庭の有って」
「あー、なんか灯籠とか置いて有るような家か」
「せっかくお庭見せてくれるって言われたのに男子は、さっさとゲーム始めちゃって」
「そうそう、あいつんち Wii 有ったんだよ」
「俺もマリオしか覚えてないな」
「ひどい奴ら」
「クラス替えで一回一緒になっただけなんだし、そんな、まあひどいけど」
「おとなしめな奴だったからな」
「あんた達と違ってね」
「2組の誰か連絡取れないの?」
「解らなかった他の何人かは何とかなりそうなんだけど、田荘だけちょっとな」
「直(ちょく)に家に行ってみるか。覚えてる?」
「いや、いまいち。純子は?」
「多分……」

 あまり通らないとこって、本当に通らないから。多分、確か、この辺に新聞配達所が。有った。この先、ああ、これだっけ。ん? 〝小関〟? え、田荘君、引っ越した?
 えっ、本当に? 外からじゃ解らないけど、嘘、ほんとに?
 どこに……誰か近所の人で知ってる人、でもまさか、いきなりピンポンして聞くのも変だし。どうしたら……
 新聞屋さんなら、知ってるかも。でも、もっと聞き易そうなお店屋さんとか……ここは新しそうだけど、あれ? 〝すずかけ〟って昔有った、すずかけ? 無くなってからだいぶ経つけど、また始めたの、あ。〝田荘ビル〟?
「いらっしゃいませ」
「……こんにちは」
 やっぱりカントリー雑貨。前はもっと地味な感じだったけど、ペールグリーンが綺麗。
「何かお探しのものでもございますか?」
「あ、いえ。あの、こちらって昔有った〝すずかけ〟さんですか?」
「あ、ご存知でしたか。ええ、一時期、だいぶ長いこと閉めてましたけど、昨年また始めまして」
「小学生の頃、時々友達と来てました。神保町って、可愛いお店ってあまり有りませんよね」
「今は本屋さんの隅で色々な雑貨置いてあったりしますけど、私達の頃は男物ばかりで本当に何も無くってね」
「あの、こちらのビル田荘さんって言うんですね」
「え?」
「あの、すぐそこに住んでた田荘さんって、このビルのオーナーさんとお知り合いとか、ご親戚だったりしますか?」
 あれ、何か急に険しい顔になった?
「田荘さんが居ないみたいなので、ご存知ないかと。どこか引っ越されたのかと」
「何で、そんなことを聞くんですか?」
「え、あの私、小学校の同級生で、今度同窓会が有るので誘いに来ただけなんですけど」
「ああ……」
「え? え!?」

「度々店先借りておいて悪いけど、同窓会先送りにするから」
「なんか有った?」
「清水寺がさ、この間の教え子の結婚式の後、帰りに乗ったタクシーがもらい事故に遭って今鞭打ちで加療中なんだって。だから、ならば延期にします。またご連絡します。ってことになった訳。2組の梶谷先生にはまだ連絡してないんだろ?」
「やります、だけじゃしょうがないからな」
「大丈夫なの?」
「見てないから。大したことないって言ってたけど、多分それなりに、声は元気そうだったけど。冬は辞退するって言うから来年の春辺り、なんか気がそがれるけど、仕方ないしな」
「ほぼほぼ連絡先も整理出来たし、これで一番面倒なことは終わったしな」
「で、田荘はどうだった?」
「それが、引っ越してたって言うか」
「言うか?」
「夜逃げ、」
「夜逃げっ!?」
「嘘だろ」
「マジか、どこ情報?」
「行ったら表札が変わっていて、近所見てたら『田荘ビル』ってビルが。田荘(たどころ)って珍しい名前じゃない? 持ちビルか、親戚か何かかと思って」
「うっわ、やるなぁ」
「一階のお店に見覚えが有ったから、入って何げに聞けるかと。でも……」
「あいつ勉強出来たから、一人、中学私立に行ったから解んないんだよな。どうしたんだろ、知り合いが行方不明ってきついな」
「叔母さんだって人に『同窓会の連絡したいから、また訊ねてもいいですか』って、こんな状況でそれどころじゃってのは解ってるんだけど。でもどう言ったらいいのか、そう言うしかなくって」
「返しようがな、かと言って、他人(ひと)の家のこと根掘り葉掘り聞けないし」
「なんか、びっくりした。なんか」
「状況が解らない分、余計にな」
「……」
「そうか、じゃあ、そうか。田荘のことは何か解ったら教えて。じゃあ、本当に延期ってことで、今回はここまでってことで。また近くなったら月曜使わせて、おじさんにも宜しく言っといて」
「お邪魔しました」
「はーい。二人共、気をつけてね」
「はー、満開だな。この花、てか木か、毎年ちゃんと咲くのな」
「何て木?」
「槿(ムクゲ)。竹橋駅の辺りにも同じ底紅が咲いてるし、一本手前の通りには白一色のも有ったと思ったけど、薄紫のもどこかに」
「凄い知ってんな」
「いつの間にか有ったよな、これ」
「……挿し木で育てたから。田荘君ちに咲いてたの貰って帰って」
「へぇ、あの時?」
「うちは地植えが出来ないから鉢植えだけど」
「こっちのプランター、純子の糸瓜の奴だろ。今植えてるの何?」
「月見草。黄色い花だから本当は月見草じゃなくて大待宵草だけど。去年、母さんがどこからか自生してた花の終わった後の種を取って来て植えたんだけど、日が暮れると名前のとおりちゃんと咲くのよ、見てる目の前でぽかっと」
「取って来て大丈夫?」
「オオマツヨイグサって言うくらいだから草なのよ。そこらに生えてる、ぺんぺん草とかタンポポと似たようなもん」
「こいつも結構背高いんだな。糸瓜も蔓が伸びるから、ちょうどこの、嵌め殺しじゃないな、何て言うんだ、この金格子?」
「面格子」
「よく知ってんな、そんなこと」
「リフォームの話出た時、カタログ見たから」
「こいつにいい具合に絡まって、純子の結構生ったんじゃなかったっけ。うちなんか家と塀の間のほっそい通路にフェンス立てかけてだったから、うらなりであまりいい奴取れなかったからな。お前は?」
「面倒で適当に物干しの一番奥の竿にネット通して、その下に置いといたから日当たりは良かったけど、別にそれなりに。そういえば田荘んとこ」
「いっぱい生ってた。家の前まで行って思い出したんだけど。プールの時に、夏休みの宿題の観察日記の糸瓜がいっぱい生ったって聞いて、皆で見に行ったんだって」
「ちゃんと緑のカーテンになってたな」
「あんな沢山の糸瓜、どうしたのかな。全部タワシにしたとか」
「そんな、配るほど出来たわよ」
「さっきの話だけどさ、『リフォーム』って、するの?」
「考えたらまだ、直兄が継ぐ時でいいかってことで、やめたけど」
「美容室と違ってレトロがさ、『おしゃれ』より『らしい』が、今時なんじゃない? これ、このサインポール、俺昔っから好きでさ、ずっと見てられる」
「それは解る。これ無いと理髪店として認めないってか」
「それそれ。理容室じゃなくて理髪店」
 うち、〝バーバー・カトウ〟だけど。

「外出てからの方が長かったみたい。中入れば良かったのに」
「風出て来たから、そんなに」
「中止になって名残惜しいのかと思った」
「そういう訳じゃないけど、話の流れで、槿と、月見草と、あと糸瓜の話も」
「意外。あの二人植物男子なの?」
「訳無いじゃない」
 最後はサインポールだの、認めないだの。
「花よりサインポールが大好きなんだって」
「ふふ、ならもっと来てくれてもいいのにね」
「普通に引く」
「なんで? でも、もう高校生だものね。普通に美容室に行きたいわよねぇ」
 生意気。「理容室じゃなくて理髪店」とか。
「だけど、先生も残念だけど、田荘さん心配ね」
「二人には話さなかったけど、すずかけに居た叔母さんって人が割と色々教えてくれる人で。プライバシーを、そんなこと他人(たにん)に話してもいいのってくらい、この個人情報保護の時代に危機管理が緩いってか。親戚の人も皆少しずつ援助してただの、自分も貸してて、もう都合つけてあげられなかったとか、そんなこと聞かされても。最初『田荘さんのこと知ってますか?』って聞いた時も何か急に警戒されちゃって、負債の肩代わりか借金取りの関係かで何か調べてるのかと思ったみたいで、いくら何でも高校生がそんなことしないでしょ。見れば解るでしょ」
「負い目が有るから、不義理をしたって。言い訳じゃないの、あんたみたいな子供の前で口にしてしまう程に気に病んでるからでしょ」
「それは、口に出して楽になりたいってことと違うの?」
「仮にそうであっても、それで忘れられる訳じゃないでしょ。肯定して欲しい訳じゃないのよ。だから何か言ってあげなくても『そうですか』って聞いてあげるだけでいいの、そんなことしか出来ないんだから」
「聞かされる方の心の負担は?」
「そうね。人徳だと思って。甘んじて受け取るしかないわね、この人は受け止めてくれそうだと思われたんだって」
 なんで、高校生相手にそう思うんだか。
「突然で、向こうも驚いたのよ」
「そこは否定しないけど」
 同じなのかもしれない。田荘君ちで貰った槿。真夏日の暑い日だった。花の付いた枝を何本も貰って嬉しかった。あんまり綺麗で、帰るまでに信号で止まる度に中を覗いて顔を近づけた。そしたらその中の一つの紅い色の中心に、色は覚えていない、しゃくとりの形で動く虫が。顔を近づけていたから驚いて、思わず花を落としてしまった。虫は転がり落ちてアスファルトの上に投げ出されてしまった。枝の切り口に水を含ませた綿が有ったのに、とっさに思いつかなかった。あの後、すぐにやったとしても気休めで、お湯になるだけで役に立たなかったのは解ったけど。自己弁護。
 私が花を欲しがらなければ、あの虫は田荘君の家の庭でそのまま蝶か、蛾かもしれないけど、普通に生きていける筈だった。あの時のあの虫の姿を忘れることはない。ひどいことをしてしまった。今でも思い出す。

「守、それ」
「インスタレーション、例のまた」
「ええーっ!?」
「あ、嘘嘘。今度の水曜、夏休み終わる一日前の30日、夏祭りやるから、その時振る舞う用」
 ほんと、一度締めてやろうか。
「だから、そこのインスタレーションの方、出すけどどっか置いとける?」
「どうする気」
「代わりにこれを、食べる分だからそこに入れて。そっちは不法投棄ってことで、でもただ廃棄するってのも何だから有効活用しようと。スイカ割りに使うことにしたから」
「スイカ割りに。結局、誰も出て来なかった訳ね」
「一個じゃ足りないだろうから前日にもう一つ買って来て、二つに切ればうちの冷蔵庫にも入るから。これはまた、そこ入れさせて」
「いつ決めたの?」
「二日前。親父に提案したら、もう夏休みも終わるからすぐってことで話をつけてくれて町会から予算出すってことになって。場所はきちんと片付けるの条件で裏の空き地を使っていいって取り付けたから、手書きのポスター一枚貼って、あとは口伝えで、だからヨロシク」
 へぇ。
「ああ、あと、俺も思い出した。俺達も糸瓜一本ずつ貰ったって。女子が先に帰った後、田荘んちのおばさんが、男子にも、ってくれたんだよ。女子が花貰って行ってくれたのが嬉しかったみたいで。田荘に悪いくらいのでっかいのをさ。怒ってないと思ったけど、どうだったんだろ、がっかりしたのかな。会えたら、聞いてみるか」
 そうなんだ……
「じゃ、宣伝ヨロシク」
「聞いた? 夏祭りのこと」
「さっきね。さすが、まもっちゃんね」
「そうね」
「あら?」
 別に、そういうとこは知ってるし。

「協議の結果、優勝は見事スイカを二つに割った美優ちゃんに決まりました。皆さん拍手を!」
「惜しかったね。泣かなくていいんだよ、お姉ちゃんたちは年長さんだから力が有るんだから。次はきっと割れるから、ほら、お兄ちゃんが泣くと希ちゃんも泣いちゃうよ。泣き顔の写真になっちゃうよ」
「これから集合写真撮ります、それが終わったら床屋さんの前に行ってスイカ貰ってください。急がなくてもいっぱい有るからね。あと、食べ終わった皮はビニールのゴミ袋に入れてください。花火は6時半からです。ここじゃなくて、さくら通りでやります。小さいお子さんはお兄ちゃんやお姉ちゃん、お母さんやお父さんや、誰か大人の人と一緒に来てね」
「こんばんは」
「あら、元気してた? って、ついこの間会ったばかりよね」
「町会違うけど、こいつも混ぜてやって、当事者だから」
「やめろ馬鹿っ」
「こいつ面白いっしょ」
「なんで? いいわよ臨時の夏祭りなんだもの全然。はい、西瓜。花火ももう始まるから参加してって」
 遠慮してる風に見えなくもないけど、さっさと受け取りなさいよ変だから。
「西瓜か、いよいよこれで終わるか」
「成仏しろよ。化けて出るなよ」
「やめなさいよ」
 解ってるくせに、全く。

 匂い。花火の匂い、大きくなると恥ずかしさも手伝って表に出てやらなくなったから忘れてた。庭が有ったら気にせず、いつでも、母のそばで花火を見ていた翔くんが小走りにこちらに向かって来る。
「あっちで大きいお兄ちゃんたちが、ねずみ花火やるって」
 走りながら頷く格好はまるで、大きく跳ねるまりつきの球みたいだ。すれ違う、後ろ姿を見送って家の方へ戻る。
 縁台の上に畳んだブルーシートが置かれてる。西瓜は残り二切れと三切れ。皮の入ったゴミ袋の中で、お終いだねと、夏祭りの思い出へと変身を遂げた、出所不明の西瓜が顔を覗かせている。
「小さい子の声っていいわね」
「線香花火まだ有る?」
「有るわよ、あと一つ。あっ」
 散り菊の途中で母の玉が落ちた。
 横にしゃがんで火を点けた。
「次はいつ出来るかしらね」
「花火はいつでも出来るじゃない」
 落ちた花火の終わりを見届けて、立ち上がった母が風上に廻った。
「二百十日が近いから」
 振り向くと、母は背を向けて明後日の方を見ていた。

                                                                                                       了


2021/01/27起稿。
2021/04/30脱稿。
2021/12/11・12部分修正。

 

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