本文詳細↓
〝ドウシテココニイル〟
〝ナニモノダ〟
熊も、黒い何かも、輪郭はぼんやりしていておぼろげだったのに、目だけが爛々と光っていた。白目も黒目もなく、ただただ妖しい光を放っていた。
僕は生唾を一度飲み込むと、両手を広げて敵意がないことを示しながら、努めてゆっくり答えた。
「はじめまして。僕はトルヴェール・アルシャラールといいます。旅の途中で日が暮れてしまったので、ここで夜を明かそうと思ったんです。許していただけませんか?」
じっと容赦なく注がれる四対の目線に耐える。そのときは耐えるのが吉だと、なぜか分かっていた。
僕のこめかみに浮いた汗が頬を伝い、たき火の上に落ちて一瞬で蒸発してしまうぐらいの間。たったそれだけだけど、僕にはとてつもなく長く思えた。黒い何かが森の中に文字通り消え、熊がのそりと立ち去り、最後まで僕を見ていた赤ずきんの女の子は、
〝山ヲ傷ツケレバ、赦サナイ〟
と言い残して、鹿と一緒に消えた。
僕は肺に残っていた空気という空気を吐き出して、背中の木に全身を預けた。はっきり言って、めちゃくちゃ怖かった。
そのとき、目元に押し当てていた指の間から、光が漏れてきた。どうやら、雲の裏側から月が出てきたみたいだ。
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