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「おおっ、桜が近い……」
花びらの枚数も数えられるほど近くで咲いていて、思わず桜へ手を伸ばしたくなった。
花と霞の里という名前は、この万年桜にちなんでつけられたそうだ。この里では花といえば桜であり、百億と咲いた花が、里はおろか枝までも完全に覆い隠してしまって、遠くから見るとまるで木の上に桜色の霞がかかったように見えるからだとか。そんな里でも、輝く太陽の下、花を通して零れ落ちる水色を覗くことはできたし、日が沈んだあとの灰色にも似た紫色の空を感じることだってできた。今だって、黒く塗り固められた空の色も分かる。それでも重い感じがしないのは、月の光か、それとも控えめに焚かれた篝火の光を反射してか、自ら光を放っているように咲き散る無数の淡い花のおかげかもしれない。
どこからか、楽の音色が聞こえてくる。この家の他にも、鬼の人たちは毎晩のように誰かの家に集まって宴を開いているらしい。きっと、それのどこかで演奏されているんだろう。
なんか好いなあ、と淑やかで朧げな雰囲気に酔っていたのかもしれない。
「なにをアホ面で惚けておるか」
脳天にチョップをくらった。たまにアダムはこうしておかしな身体能力を見せる。
「痛いな。落ちたらどうしてくれる」
「がんばって自力で這い上がってくればよい」
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