絹の薔薇

2024-10-13 20:55:30 | discography

FMサウンドクルーザーの話をしよう。

FMサウンドクルーザーはNHK FMが放送する、45分間の音楽番組であった。何人かの選曲者が交代で、あらかじめ欧米ポップス、イージーリスニング、ジャズなどのジャンルから8~10曲を選んでおいて、番組ではただその音楽だけを続けて流すという内容で、曲をフェードアウトまで全部流し、無音部をおいて次の曲に移るといういかにも音楽FM番組らしい、録音して「カセットテープを作る」のには向いている番組だった。が、あまりにも曲を流すことに寄りすぎていて番組中はMCが一切無く、番組の冒頭は無音状態から女性アナウンサーによる「FMサウンドクルーザー」というコールのみでいきなり1曲目に入るというシンプルの極み。あとは曲の演奏が延々と続き、番組の最後もギター独奏のテーマBGMに合わせて同じ女性アナウンサーが「FMサウンドクルーザー、お聞きいただきました曲は、〜〜」と曲を紹介しきるとBGMがフェードアウトして終わるという、当時聞いていてもなんだか不思議な感じがする番組であった。

中学の時、科学部という名の帰宅部に所属していた。顧問の先生には部活ではほとんど相手してもらった記憶がないのだが、一度だけ部活をやるぞと招集がかかり、珍しさもあって2、3人の部員と一緒に指定された教室に集合して待っていた。しばらくすると「ラジオの製作」か何かの雑誌を携えて先生が登場し、「こういうの作ってみない?」ぜひやってみたいと言うと、車に乗れと言う。ダイオードや抵抗端子といった電子工作部品は地元には売っておらず、県庁のある街まで出かける必要があったのだ。透明なプラスチックの引き出しを開けると抵抗がスペック(縞模様の色で区別できる)毎に分けて並んでいる、そんなものが壁いっぱいにぎっしりと並ぶ店に初めて入ってえらく興奮したのを覚えている。先生の運転で電子部品を扱う店に向かう間の約1時間、部活で顔を合わせるのも珍しいほど忙しい先生相手に、車の中で何をしゃべったか全く覚えていない。ただ、先生がカーステレオでかけていたのはラジオではなくカセットテープだったのがやけに印象的であった。「番組を丸ごと録音して、繰り返し聞くんですよ。好きなので」記憶はあいまいで、わずかなインターネットの情報によるとその番組は時期が違っていてFMサウンドクルーザーではなかったらしいのだが、僕にとってはそういう音楽の楽しみ方があるんだな、とその時初めて知ったのだった。ちなみにその時作った電子工作はラジオにビープ音を飛ばすだけのおもちゃであった。

手元にはFMサウンドクルーザーを番組丸ごと録音したテープが19本残っていた。片面45分で計38回分を録音していたことになる。

学生の頃、父の用事にくっ付いて横浜の伯父の家に泊りに行った時に、新幹線の移動時間を潰すために分厚いカセットテープのウォークマンと、このテープを2、3本持って行った。あわただしく用事を済ませて帰りの新幹線に乗ると、席について荷物を落ち着かせる間もなく列車は東京駅を滑り出し、上野駅の地下へと入っていく。僕は椅子に座り、早速駅弁を開けはじめている父親を横目にウォークマンを取り出し、ヘッドホンを付けてプレイボタンを押す。1曲目はバッハのチェンバロ協奏曲をシンセサイザーで演奏したものだった。当時クラシック曲としてのオリジナルを聞いたことがなかった僕は、そのボブ・ジェームスのニ短調の華やかなメロディを聴きながら、バロック音楽のオマージュみたいだな、などとぼんやり思いながら音符の波に浸っていた。すっかり日が落ちたビルの合間から滑り込んだトンネルの中は真っ暗で、パッと明かりが戻ると上野駅に止まり、乗客を乗せる。静かに車両が滑り出し、ゆっくりと地上に姿を現す。曲が終わって一息の静寂の後、ピアノによる独奏が始まる。それが「追憶の街」であった。

それ以前にもテープで何度か耳にしていたはずなのだが、この時に改めて番組の曲構成で落ち着いて聴き込んでみて、はじめてこの曲の美しさを細部まで見渡すことができたのだった。自らの足跡をひとつひとつ確かめるかのような旋律、ピアノの歌に寄り添う柔らかいオーケストラの伴奏、記憶の向こうから語り掛けるように主題に向き合うオーボエの音色。静かな曲想は一つのイベントを終えた気分と重なって、僕の思い出を呼び起こす。高架のふもとには夜の都会の街の灯りが広がり、視線の所々にはビルに瞬くネオンサインと窓の光が残っているが、その上の空は既に星空に替わっている。恐らくは曲の元のモチーフとは違っているだろう、けれども、夜の訪れとともに都会を去りゆく自分の目の前を流れる風景、そして記憶の中の懐かしい景色がクロスオーバーする。

それから僕は、何かにつけて頻繁にその撮り溜めたテープを持ち歩いては、その時に聞いた音楽と出かけた先や道中の風景、思い出や感情をセットで記憶するようになった。中には録音した当時のノイズが残ったままの所があって、そのノイズすらそれら風景の一部として記憶される事になった。

社会人になり可処分所得を手にするのと前後して、レコード屋でこの曲が収められたCDを見つけ手に入れた。それから現在まで、以前聞いた音楽をこまめに探しては手に入れる作業を続けることになる。思い出のお気に入りの曲をきちんとCDで手に入れる、その取っ掛かりはこのCDであった。アルバムにおけるコンセプトはもちろんFM番組のそれとは異なっていて、アルバムの中では同じ曲の響き方も少し違う印象すらある。音は当然クリアで透き通っている。しかし逆に言えば、この番組での曲の並び、さらには撮り溜めたテープでしかあり得ない繰り返し聞いたノイズなどは、当然オリジナルのアルバムには含まれている訳がなく、だから同じ曲を聴いていても僕の中に立ち上がる記憶は違っている。なので僕は今も、ちゃんと買ったCDとは別に時々このテープを引っ張り出してきて、曲とセットで刷り込まれた僕の思い出を、懐かしく聴いてみたりしている。

中村由利子 「絹の薔薇」 CBS/SONY CSCS5002


ハイボール

2022-01-18 20:45:36 | 日記

頂き物のおいしいブレンデッドスコッチウィスキーがある時は、三ツ矢サイダーを買ってきてハイボールを作ります。あまり強いお酒は飲めないので、グラスに氷を満載してウィスキーを少しだけ垂らし、サイダーをみっちり入れます。マドラーで一回だけかき混ぜて出来上がり。三ツ矢サイダーの風味を残したままウィスキーの味と香りが乗ってきてとてもおいしいです。ウチのグラスはまさにそのウィスキーのおまけについてきたグラス(つまりコレも頂き物)で、500mlのペットボトルだときっちり3杯作れるんですが、3杯目はウィスキーを入れずにサイダーだけで頂くのが通例になっています。ほろ酔いの火照った喉に冷えたサイダーがまたおいしい。

あと家でウィスキーを買うとしたら、一説にはシングルモルトの中で一番スモーキーな香りがするとも言われるアイラウィスキーのアードベッグです。こっちは常温の水で半分に割るのが一番おいしいと思います。実はこの2つのウィスキーの飲み方は、あまりウィスキーが好きでない家内が唯一(唯二?)美味しいという飲み方で、たまに飲みたくなって買ってみたりしていますが、ペースが遅いので一本買うと半年くらいかけてちびちび飲むことになります。

好みが偏ってるなとは思うんですが、他の銘柄や飲み方をいくつか試してみても美味しいは美味しいんだけどそれよりも飲み疲れがしちゃうんです。体に合わないんでしょうね。ビール2缶飲んだ時よりも、ちょっとだけ割り水した2合の燗酒の方が疲れが来ない。基本お酒は麦より米の方が合ってるみたいです。


実家近くの温泉宿の事

2021-09-29 21:02:42 | 日記

両親が健在の頃は、孫の顔見せを建前に毎年夏に恒例で帰省をしていた。その時は実家に泊まるのではなく、実家の近くにある温泉街に部屋を取る事にしていた。

最初は、海外に赴任して二年ほどして一時帰国で実家に寄ることになった時に、風呂の文化がない海外生活に倦んでいてどうしても温泉宿に泊りたかったので、泊っていけとの両親の誘いを断って旅館を予約したのがきっかけだった。実家にいる弟夫婦から地元でも評判の宿を推薦してもらったのだが、父と弟が準備してくれるバーベキューの予定にあわせて夕食をキャンセルする、といった注文にも丁寧に応えてもらえたので、帰国後もその旅館をひいきにして、帰省と温泉でのんびりするのとを年一回の旅行に抱き合わせにして毎年泊まるのが恒例となっていた。

ある年、関西で暮らす妹夫婦から、こちらにスケジュールをあわせて実家に帰省する、という連絡がきた。両親にとっては、初めて子供夫婦・孫全員が一同に会する席となる。例年の庭でのバーベキューも規模を拡大して準備してくれることになった。こちらもいつもどおりその宿に電話をして、一泊分の夕食をキャンセルしてほしいと説明をしたところ、返ってきた回答は意外なものだった。

「規則のため、夕食キャンセルでの予約は受け付けられない」

注文内容は去年とまったく同じである。去年はそうしてもらえたのだが?と聞いてみたが、電話口の女性は一旦確認する、と言ってどこかに行った後、同じ答えをもって帰ってきた。料金の値引きは要らないから素泊まりさせてもらえないか、とも聞いてみたが、値引きは関係なく「夕食を取らない客の予約は受けられない」との回答であった。少なくとも電話受付の適当なあしらいのようなものではなく宿としての見解であり、これ以上電話口で粘っても状況は変わらなそうであった。では結構ですと言って電話を切る事になった。
我が家がこのタイミングで帰省を断念することはあり得ない。実家にはすでに妹夫婦が子供全員を引っ提げ大挙して押しかけることが決まっていた。隣町のビジネスホテルもあるがヘタをすると四室取る事になる。まずはもう一軒電話してみようと大昔泊ったことのある宿に電話をかけてみたが、やはり原則として夕食を取らない客は受け付けないことになっているとの返事だった。しかし、そのフロントの長らしい男性は事情を話すと、両親の元に初めて孫全員が集まる事、そのためにバーベキューをするので夕食が不要となる事などの背景を理解してくれ、「そういう事でしたら、今回は特別に」と言って、一泊の素泊まりを含む予約を受けてくれることになった。感謝の言葉を述べながら、電話を切った。

何軒も電話を掛けまくって確認したわけではないが、昨年と同じオーダーが急に、しかも複数の宿で同じように通らなくなった状況から鑑みるに、どうも個々の宿の判断ではなさそうな感触があった。折しも海を隔てた大陸の経済発展とともに、インバウンド需要の伸びは止まる事を知らず、田舎の温泉宿にもその影響が行きわたり始めた時期にあった。繁忙期とはいえ決して安くない宿、しかも旅行代理店のパッケージなどではなく、細かくオーダーを聞いてもらえるだろうとの思いもあって宿に直接連絡した中でのそのような対応であったから、どちらかというと旅館組合など温泉街全体としての意思決定なのだろうと思えた。その意味では、最初の宿の応対も残念でこそあれ憎いというような感情は全く起こらなかった。

ただ、初めての孫全員集合のタイミングでこれまでの恒例行事が外的要因により途絶させられる状況を目の当たりにして一抹の不安がよぎる。家には以前から、歳祝いを派手にやると人生をやり切ってしまって亡くなってしまう、というジンクスがあった。この後も両親が末永く健在でいてくれれば、と祈らざるを得なかった。またそれとは別に我が家にとって、そろそろ帰省のあり方を見直すべきタイミングに来ているのかもしれない、とも感じた。最初小学生だった子供達もいよいよ受験の声を聞き始めている。かつての息抜き・気晴らし・新しい体験のためのイベントも、もはや同じ事を繰り返しても当初の目的を果たせない時期に至りつつあるといえた。最初の宿も、今回気を利かせて調整してくれた宿も、帰省の目的ではもはや二度と使うことはないんだろうな、とふと思った。

そして結果から言うと、その年の冬の始めに父が亡くなった。仕事が忙しくまた事務手続きに慣れない弟をサポートし、相続手続きを処理するために何度か実家に戻る事になったが、それ以降温泉街には近寄らず、駅前のビジネスホテルを使うようになった。もちろん一泊当たりの料金もあったし、気分的に寛げる状況ではなかったこともある。その過程で弟夫婦と母が交代に体調を崩すなどして環境は一変し、帰省のイベントは事実上無期限に見送りとなった。

そしてコロナ禍が始まる。

今、それらの温泉宿がどうなっているのかは分からないし、調べてもいない。当時宿としてはその上位の意思決定に従ったのだろうし、その時点ではそれが温泉街の将来に繋がると信じていたのだろうから、関係もないのに現状を眺めて悲惨であろう状況をつぶさに確認したり、ましてやその状況にマウントを取って悪態をつこうなどとは思わない。ただ、あの時の違和感とそれに続く将来への不安が、我が家のジンクスの他にもう一つ、嫌な形で現実化してしまったのではないだろうか、と思うと寂しく残念な気持ちにならざるを得ない。


カレーメシ

2020-05-07 20:52:47 | 日記

SNSで新しいCFがネタとして流れてきたので見てみたのですが、かの石原裕次郎の物まねをやってる芸人の人?を使って相変わらずぶっ飛んだネタを力技で押してくるCFでした。いや、私は好きなんですけどね。


で、外出自粛で会社に行くのもままならない状況で、買い物に行っても何となく保存食に目が行く昨今、ちょうど話題のもの、と思って買って食べてみたんです、カレーメシ。


まず、開封して目に飛び込んでくる乾燥ご飯。一粒一粒が乾燥してる、マジかよ。これでそれなりだったら凄いぜ。昔アメリカで、スーパーマーケットになんかちょっと変わったカップヌードルがあったのでよっしゃと思って買って食べた時のあの残念な感じ。聞くところによるとイギリスの即席めんもだいぶひどいそうですが、アメリカのアレはちゃんと日清製だったので(たぶん現地向け製品なんでしょうけど)日本人でも満足できる、と思い込んでけっこうショックだったのもあって、恐る恐る食べてみたのですが。


いやあ、ちゃんとウマい。


やっぱり即席食品で味が濃いし、カレーだし、食べてて食べ飽きないか、と言われるとそこまで完璧ではないのですが、まず旨い。野菜ジュースとかがあれば一人分は全く問題ないし、飽きるという点以外は乾燥食品なので日持ちもするし、お湯とスプーンだけだし、非常食としても十分有用だと思いました。何より、あの乾燥ご飯をここまで食事として完成させるこだわり。乾燥食品としては乾燥豆腐を使ったカップスンドゥブ以来の感激レベルの推しです。日本の食に対するこだわりというか、平均レベルの高さを改めて感じました。メタクソに不味いものってホント少ないですよね。


しかし、そうすると逆にあのCFを始めとするマーケティングの方向性が少し疑問になってくる。もう完全に色モノに割り切って徹してる感じなんだけど、それだと製品そのものの良さに全然触れていない気がしてきています。ちょっとは「災害に備えて」みたいな話題を盛り込んでもいいんじゃないかな、と。まあ日清社内でそういう議論もあった上で今の路線を突っ走ってるのなら100%余計なお世話なんですが。


キャンプをしてるブロガーの人によるとカレーメシはレシピの5分よりは7分の方がお米の炊け具合がよいそうだ、ということだったので私も7分でやってみました。比べてないけど乾燥ご飯の復元具合は7分で文句なしです。


記事移設

2019-11-04 13:56:53 | ブログ

別のブログサービスの終了という連絡があって、これまで使った事のないブログサイトにアカウントを作って移設することになったため、ついでに中身の整理をしてみたんです。こちらのブログはもともとアメリカ赴任の際に借りる家を家族と検討するために使い始めたものでしたが、その後もなんやかや見てくださる方に向けてアメリカや帰国してからの生活状況を載せてみていました。で、その移設することになったブログにも向こうでの生活に関する記事が少しあったので、まあ大した内容ではないんですが、こちらに集めてみました。今のブログサービスは記事の日付も指定できるようになっているので「New」とか出てくれなくてやたら昔の記事ばかりになっているのですが、もし暇で暇でしょうがなかったりしたら読んでみていただいて時間つぶしにしていただければ幸いです。移設した記事はカテゴリ「発見アメリカ」と「日記」の2007年以前に入っています。