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吉鞍社からさらに登ると鬼一法眼社がある。鬼一法眼。文楽や歌舞伎でおなじみの人物。六韜という兵法の秘蔵本を持ち、その六巻(文、武、龍、虎、豹、犬)のうち、虎の巻を義経に伝授(いや、義経が娘たぶらかして…)した、という。ま、元がフィクションの「義経伝」なので真贋を問うても意味はない。
しかし鬼一法眼は、鬼である。少なくとも鬼、と考えられていたのだ。
ぼくは昔から鬼に心ひかれていた。日本の鬼がヨーロッパ中世における狼男と酷似していることに驚いたことがあった。ヨーロッパにおける狼男はなんらかの原因で共同体から排除された人間のことだ。森に住み、自活しなければならない。
ちょっと脱線するけれども、たとえば「赤ずきんちゃん」という話を知らない人はいないだろう。森に住むお婆さんのところに通う赤ずきんちゃん。森に住むオオカミに襲われて殺されてしまう。ね、違う意味がわいてくるでしょ。お婆さんも、なんだって、そんなオオカミの住む森にいるのだろうか、と。つまりこの「赤ずきんちゃん」という話は、オオカミとされた男に襲われ殺された赤ずきんちゃん、姥捨ての風習で捨てられたお婆さんを思いやり、食べ物を運んだ赤ずきんちゃんのお話なのだ。
この項つづく