引きこもり生活はユートピアだ。そうとも思えることがある。
働かずに気ままにいても寝食は守られている。
使えるお金はほとんどなく、いつも粗末な食事で他人との交流なんてまったくなくても、それでも快適だ。
きっと自分は世間の人たちの日常を知らないのだろう。比べる対象がない。ただ自分が良いか嫌か。
自分の本音と向き合う、何が心地ち良くて何が嫌か。すると自分の本音は引きこもりなんだろう。だから今こうしている。
自分に何ができるか何ができないか、それがわかってきているのだろう本能で。自分は俗に言うパリピなんてものにはなれない。
もし自分が守られることに選ばれるなら、福祉を受けとることができだろう。小さなアパートで暮らして安い古本を読んで暮らしてゆく。
こんなスタイルが自分に合っていると本能が知っている。
そしてもう世間の普通に戻れることがないだろうと思っている。仕方ない、でもそれではそれで生きて死んでゆく。
ただ最後までの時間をどのように過ごすか同じ時間の間なら。どこに行こうと自由なんだ。