教育のとびら

教育の未来を提言 since 2007
presented by 福島 毅

EMS第1回 リフレクション

2019-05-31 | 研修・セミナー・講演など

エッセンシャルマネジメントスクールが5月29日から、始まりました。
気づきを書いていこうと思います。

今回の講義で印象に残った話題はいろいろあったが、字数も限られるので、今回は、“人間にはきっと誕生から現在に至る、そして未来永劫変わらない共通した価値があるに違いない。例えば「人は誰も幸せになりたい。自己を肯定されたいということ」などがある。だから肯定ファーストをしよう”という部分について、体験を交えて触れてみたい。

 

かつて私は、ある会議を体験したことを思い出した。会議のメンバー全員がプロのファシリテーターの経験(傾聴、承認や質問力など)を持つという構成メンバーでの会議のシーンである。かつてこのようなメンバーでの会議は無かったし、これからも無いかもしれない。そこで起きたのは全員が全員の話を聴き、本質をとらえた質問をすることができる場が途切れることなく進んでいく素晴らしい会議であった。この心地よさは、EMSで言えば、一種の“肯定ファースト”の実現の場であったことだと思う。ある人が提案をすると、まずはとにかく肯定の場に話題が置かれ、それぞれのメンバーの多様性の色で作品が色づけられるように、豊かな議論がなされ、最後は皆が予期しなかったサプライズを含む、共通の世界へと結論が導かれていった。この根底には、全員が共通の前提である、「まずは受け止める。聴く」ということを演技ではなく無意識の所作として身につけていることにあったのだと思う。

 

誰もが肯定されたいという心理的状態があるという前提に立っていれば、複雑な人間や社会の振る舞いもまずは受け止めることができるような気がする。例え「人を殺したい」と考える人も、まずはそのような心理状態に至った理由というものを持っているはずであるから、それを聞いてみよう。もちろん、自分がだからといってその行為に同意・賛同することはない。「肯定した受け止め」ということと、「ではそれに対して同意・賛同する」ということが、世の中ごっちゃになっていることが多い。受け止めることと、それを個人がどう考えるかという自由は別の問題なのだ。

 

とはいえ、あらゆる場面で信念対立というものは生じる。物事は皆がそれぞれの興味関心で正しいと思った方向性で動くために、それは部分最適になってはいるけれど全体最適になっておらず、エコシステムとして機能していかない。やがては個人の疲弊、組織の形式主義などから不幸を招く。これを克服するには、自分は全体を見通し洞察できる俯瞰力がいるのではないかと考えている。このことについては、別途、違う回のリフレクションでも述べてみたい。

 

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