お正月だから、七福神めぐりをした。
東京には、たくさんの七福神がある。
目黒にも新宿にも、谷中、亀戸、柴又、小石川、銀座にまである。
その他30以上の七福神があって、どこも正月15日までは参拝者が集まる。
昔会社があった水天宮の近くには、日本橋七福神があった。
深川七福神も、以前歩いたことがあるが、ここ以外にも正月をはずすと、
無人の寺社が多い。
今年は、初めて正月に回るので、ご朱印と七福神の土人形を集める趣向の、
東海七福神にした。旧東海道品川宿の近くの寺社である。
多分、品川神社から回り始めるのがオーソドックスとは思ったが、青物横丁
駅の近くに車を停めたので、近くの品川寺からはじめることにした。
歩き始めは、2013年1月8日、11:30。
品川寺(ほんせんじ)は、江戸の六地蔵の一つの大きな銅像の地蔵尊が
有名であるが、お正月は毘沙門天のお寺に様変わりする。
ここで、七福神の色紙(1000円)と、木の宝船(900円)を仕入れた。
これから、7つの寺社で朱印をいただき、福神の土人形(300円)を購入して、
載せることになる。
おみくじを引いたら、末吉だった。まあ身の程か。
次の天祖諏訪神社は歩いて20分。途中でお昼にすることにした。
パンフレットではお食事処として吉田家という蕎麦屋が紹介されていたが、
少し距離がありそうだったので、普段着の地元の人が入っている洋食屋に
入った。
腹ごしらえをして歩きだしたら、旧東海道は庶民的な商店街が続いて、
結構面白い。電気屋、花屋、自転車屋、小さな会社やしもた屋が並ぶ。
そして、吉田家があった! 見ると天せいろが2500円、天ザルが1800円。
我ら年金生活者が近付ける店ではなかった。
立会川を渡るとすぐ、天祖諏訪神社。千年の歴史を持つ由緒正しい
神社だが、福禄寿の木像は参詣者の手で撫でられるせいか、真新しい
感じだった。
次の磐井神社は、歩いて25分南下したところにあるが、途中に見たい
ところがあるので歩くことにした。鈴ヶ森刑場跡である。旧東海道と
第一京浜が合流するところに有った。
八百屋お七も火刑された火炙台とか丸橋忠弥も処刑された磔台が
残っていた。今は明るい日差しの中を多くの車が行き交っているが、
壮絶な歴史の現場であった。
磐井神社は1400年の歴史が有り、江戸時代は鈴ヶ森八幡として有名
だったという。弁財天が祀られているのは、江ノ島と同じだ。
ここから京急電車に乗る。一時間かけて歩いてきた道を、あっという
間に新馬場駅に戻る。高架を走る車窓から見ると、至るところに神社や
お寺が見える。この辺りに信心深い人たちが多いとも思われないが、
これまで気がつかなかっただけで、これが普通の日本の風景かもしれ
ない。
品川神社は、大きな神社で数十段の石段を上がったところに社殿が
あるが、大黒天の石像は、階段の下の第一京浜沿いの鳥居の前に
あった。
この鳥居がまた凄い。石造りだが両方の柱を龍がよじ登っている。
第一京浜を挟んで海側には参道が続き、その途中を左折すると、
布袋尊の養願寺だ。
下町の小さなお寺で、受付には誰もいない。大きな声で頼んだら、
やっとおばあさんが出てきた。今日は参詣客が少ないという。やはり
三が日がピークのようだ。良い日にお参りになられましたね、と気さくに
話しかけてくれる。あと二つの社寺への道順を親切に教えてくれた。
久しぶりに本当の日本人に遭った気がした。
寺守りと世間話や七福神 蛙蝉
お寺を背にすると、すぐ向こうに一心寺が目に入った。
賽銭箱の向こうに小さな寿老人が祀られているが、小さなプードルが
部屋の中をトコトコ歩いていて、やはり誰もいない。声をかけて、
やっと色紙に朱印をもらった。
最後は荏原神社である。目黒川沿いに有った。和銅2年の創建という
から、相当に古い。鳥居の横に鯛を抱えた恵比寿さんの石像があった。
これはどう見ても平成の作品のようだったが。
ここまで、約3時間、11,000歩。ちょうど良い散歩だった。小腹が
すいたので、団子など食べたいと思ったが、和菓子屋さんはまだ
開いてなく、有りつけなかった。残念。
一緒に歩いたかみさんも結構楽しんでいた。また来年、どこかの
七福神を回ることになるかもしれないな。
東京には、たくさんの七福神がある。
目黒にも新宿にも、谷中、亀戸、柴又、小石川、銀座にまである。
その他30以上の七福神があって、どこも正月15日までは参拝者が集まる。
昔会社があった水天宮の近くには、日本橋七福神があった。
深川七福神も、以前歩いたことがあるが、ここ以外にも正月をはずすと、
無人の寺社が多い。
今年は、初めて正月に回るので、ご朱印と七福神の土人形を集める趣向の、
東海七福神にした。旧東海道品川宿の近くの寺社である。
多分、品川神社から回り始めるのがオーソドックスとは思ったが、青物横丁
駅の近くに車を停めたので、近くの品川寺からはじめることにした。
歩き始めは、2013年1月8日、11:30。
品川寺(ほんせんじ)は、江戸の六地蔵の一つの大きな銅像の地蔵尊が
有名であるが、お正月は毘沙門天のお寺に様変わりする。
ここで、七福神の色紙(1000円)と、木の宝船(900円)を仕入れた。
これから、7つの寺社で朱印をいただき、福神の土人形(300円)を購入して、
載せることになる。
おみくじを引いたら、末吉だった。まあ身の程か。
次の天祖諏訪神社は歩いて20分。途中でお昼にすることにした。
パンフレットではお食事処として吉田家という蕎麦屋が紹介されていたが、
少し距離がありそうだったので、普段着の地元の人が入っている洋食屋に
入った。
腹ごしらえをして歩きだしたら、旧東海道は庶民的な商店街が続いて、
結構面白い。電気屋、花屋、自転車屋、小さな会社やしもた屋が並ぶ。
そして、吉田家があった! 見ると天せいろが2500円、天ザルが1800円。
我ら年金生活者が近付ける店ではなかった。
立会川を渡るとすぐ、天祖諏訪神社。千年の歴史を持つ由緒正しい
神社だが、福禄寿の木像は参詣者の手で撫でられるせいか、真新しい
感じだった。
次の磐井神社は、歩いて25分南下したところにあるが、途中に見たい
ところがあるので歩くことにした。鈴ヶ森刑場跡である。旧東海道と
第一京浜が合流するところに有った。
八百屋お七も火刑された火炙台とか丸橋忠弥も処刑された磔台が
残っていた。今は明るい日差しの中を多くの車が行き交っているが、
壮絶な歴史の現場であった。
磐井神社は1400年の歴史が有り、江戸時代は鈴ヶ森八幡として有名
だったという。弁財天が祀られているのは、江ノ島と同じだ。
ここから京急電車に乗る。一時間かけて歩いてきた道を、あっという
間に新馬場駅に戻る。高架を走る車窓から見ると、至るところに神社や
お寺が見える。この辺りに信心深い人たちが多いとも思われないが、
これまで気がつかなかっただけで、これが普通の日本の風景かもしれ
ない。
品川神社は、大きな神社で数十段の石段を上がったところに社殿が
あるが、大黒天の石像は、階段の下の第一京浜沿いの鳥居の前に
あった。
この鳥居がまた凄い。石造りだが両方の柱を龍がよじ登っている。
第一京浜を挟んで海側には参道が続き、その途中を左折すると、
布袋尊の養願寺だ。
下町の小さなお寺で、受付には誰もいない。大きな声で頼んだら、
やっとおばあさんが出てきた。今日は参詣客が少ないという。やはり
三が日がピークのようだ。良い日にお参りになられましたね、と気さくに
話しかけてくれる。あと二つの社寺への道順を親切に教えてくれた。
久しぶりに本当の日本人に遭った気がした。
寺守りと世間話や七福神 蛙蝉
お寺を背にすると、すぐ向こうに一心寺が目に入った。
賽銭箱の向こうに小さな寿老人が祀られているが、小さなプードルが
部屋の中をトコトコ歩いていて、やはり誰もいない。声をかけて、
やっと色紙に朱印をもらった。
最後は荏原神社である。目黒川沿いに有った。和銅2年の創建という
から、相当に古い。鳥居の横に鯛を抱えた恵比寿さんの石像があった。
これはどう見ても平成の作品のようだったが。
ここまで、約3時間、11,000歩。ちょうど良い散歩だった。小腹が
すいたので、団子など食べたいと思ったが、和菓子屋さんはまだ
開いてなく、有りつけなかった。残念。
一緒に歩いたかみさんも結構楽しんでいた。また来年、どこかの
七福神を回ることになるかもしれないな。
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