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☆占い~怒りのカルマ
よくストレス解消、憂さ晴らしのためという名目で誰かの悪口を言ったり、批判したりするのが大好きな方がいますが・・・
心のコントロールをしようとしない人は、結局は批判した相手、もしくは敵対視している人の思うツボとなってしまうということを理解したほうがいいのかもしれません^^;
相手に感情をぶつけても、相手の受けるダメージよりも自分自身が背負うダメージのほうが当然大きくなるのです。
人を攻撃したはずが、自分の心に何倍もの打撃を与えてしまうだけなのです。
腹が立った・・・イライラする・・・という気持ちで愚痴を親しい友人と言い合ったりしたとしても、それはストレス解消というよりも、ただ一瞬だけ解消されたかのような錯覚に陥るだけで、これが益々ストレスを倍増させているとは気づかないのかもしれませんね^^;
ただ紛らわす・・・だけでは、真の解決にはならないのでしょう。
心の奥底から、マイナスの感情を取り除く作業が必要になりますね。
そもそも、『怒り』・・・の感情が奥底には潜在しますから、その怒りを益々大きくしているだけなのかもしれません。
怒りの感情は負の感情でもあります。
悪口が怒りというカルマを更に増やし、怒りにドップリと浸かった自分になってしまいます。
どんどん疑い深くなり、怒りっぽい、攻撃的な性格が形成されていくのだと感じます。
負のカルマは増え続け・・・
そして理由もなく更なる怒りの感情が次々と押し寄せてくるのだと感じます。
そして余計不安が募り・・・習慣化されていく・・・^^;・・・染み付いていく。
誰かを批判、攻撃するというのは自分の思うようにならないのはオカシイ・・・こうするべきでしょう・・・と全て自分の価値観を相手に押し付けている行為でもあります。
この奥底にも怒りの感情が影を潜めています。
これはただ自分の欲を満たそうとする行為でもあるようです。
ストレスは我欲に支配されきっている感情が強ければ強いほど感じてしまうようですね^^;
そしてストレスに支配されきってしまうと、本来正しく活用されるべきやる気、活力は失われてしまうようです。
人を思い通りにしようと思わなければ心は平和です。
悪口、批判的態度をとらなければカルマも蓄積されませんし、攻撃や敵意も向けられなくなるのかもしれません。
難しいことではありますが、少しずつ心の奥底に蓄積されている怒り、不安、迷いなどの負の感情を浄化させていきましょう!
弱い心が怒りや批判の感情に同調してしまわないように、誘いにはのらない自分を心がけていきましょう^^
臆病な人ほど攻撃度は高くなるのだと感じます。
同じ事ばかり繰り返す人に多いのが、自分を相手が尊重してくれるうちは良いのですが、ついうっかりボロを出しててしまい、相手に呆れられた瞬間に、どうしようもない不安に駆られ、ストーカーの如く追い掛け回し攻撃し続ける行動をとる・・・のが特徴のようです。
そして、結果の出ない不毛な争いを仕掛けていくようです^^;
恐ろしいまでの執着ですが、人生が思い通りにいかない怒りを何か対象はないか?と探し続けぶつけ続けている愚かな行動からは、更に怒りを生む過酷な学びしか得られなくなっていくのだと思います。
そして苦しみ続ける結果となってしまうのでしょう。
何処かで未熟さを克服しなさい・・・という天使のメッセージなど聞く耳を持ちません。
このような状態に陥ってしまうと、猪の如く攻撃対象に向かって突っ走るだけで、内容が伴いません^^;
そこら中で自分はおかしくない・・・相手がおかしいのだ!と言い訳をして回りますが、自分の姿、行動が人の目にどう映っているのか?などは感じる暇などないのかもしれません。
我を忘れる・・・という状態でしょうか^^;
人が何かひとつの物事に執着し何かに囚われ続ける姿は恐怖さえも感じてしまいます。
人の目ばかりを気にする必要はありませんが、鏡に映る自分の顔や人の目に映る自分の姿は常に自分よがりではない冷静な視点で観察したいものです。
麻痺・・・という言葉がありますが、その状況に環境に何も疑問も抱かずにいると、偏ったおかしい状態にも気づかず良いのか悪いのか?などの感情も消えうせるのかもしれません。
怒りの感情がどれだけ人間をまたは人生を狂わすのか?
これからも興味深く観察していきたい感情のひとつですね^^
よくストレス解消、憂さ晴らしのためという名目で誰かの悪口を言ったり、批判したりするのが大好きな方がいますが・・・
心のコントロールをしようとしない人は、結局は批判した相手、もしくは敵対視している人の思うツボとなってしまうということを理解したほうがいいのかもしれません^^;
相手に感情をぶつけても、相手の受けるダメージよりも自分自身が背負うダメージのほうが当然大きくなるのです。
人を攻撃したはずが、自分の心に何倍もの打撃を与えてしまうだけなのです。
腹が立った・・・イライラする・・・という気持ちで愚痴を親しい友人と言い合ったりしたとしても、それはストレス解消というよりも、ただ一瞬だけ解消されたかのような錯覚に陥るだけで、これが益々ストレスを倍増させているとは気づかないのかもしれませんね^^;
ただ紛らわす・・・だけでは、真の解決にはならないのでしょう。
心の奥底から、マイナスの感情を取り除く作業が必要になりますね。
そもそも、『怒り』・・・の感情が奥底には潜在しますから、その怒りを益々大きくしているだけなのかもしれません。
怒りの感情は負の感情でもあります。
悪口が怒りというカルマを更に増やし、怒りにドップリと浸かった自分になってしまいます。
どんどん疑い深くなり、怒りっぽい、攻撃的な性格が形成されていくのだと感じます。
負のカルマは増え続け・・・
そして理由もなく更なる怒りの感情が次々と押し寄せてくるのだと感じます。
そして余計不安が募り・・・習慣化されていく・・・^^;・・・染み付いていく。
誰かを批判、攻撃するというのは自分の思うようにならないのはオカシイ・・・こうするべきでしょう・・・と全て自分の価値観を相手に押し付けている行為でもあります。
この奥底にも怒りの感情が影を潜めています。
これはただ自分の欲を満たそうとする行為でもあるようです。
ストレスは我欲に支配されきっている感情が強ければ強いほど感じてしまうようですね^^;
そしてストレスに支配されきってしまうと、本来正しく活用されるべきやる気、活力は失われてしまうようです。
人を思い通りにしようと思わなければ心は平和です。
悪口、批判的態度をとらなければカルマも蓄積されませんし、攻撃や敵意も向けられなくなるのかもしれません。
難しいことではありますが、少しずつ心の奥底に蓄積されている怒り、不安、迷いなどの負の感情を浄化させていきましょう!
弱い心が怒りや批判の感情に同調してしまわないように、誘いにはのらない自分を心がけていきましょう^^
臆病な人ほど攻撃度は高くなるのだと感じます。
同じ事ばかり繰り返す人に多いのが、自分を相手が尊重してくれるうちは良いのですが、ついうっかりボロを出しててしまい、相手に呆れられた瞬間に、どうしようもない不安に駆られ、ストーカーの如く追い掛け回し攻撃し続ける行動をとる・・・のが特徴のようです。
そして、結果の出ない不毛な争いを仕掛けていくようです^^;
恐ろしいまでの執着ですが、人生が思い通りにいかない怒りを何か対象はないか?と探し続けぶつけ続けている愚かな行動からは、更に怒りを生む過酷な学びしか得られなくなっていくのだと思います。
そして苦しみ続ける結果となってしまうのでしょう。
何処かで未熟さを克服しなさい・・・という天使のメッセージなど聞く耳を持ちません。
このような状態に陥ってしまうと、猪の如く攻撃対象に向かって突っ走るだけで、内容が伴いません^^;
そこら中で自分はおかしくない・・・相手がおかしいのだ!と言い訳をして回りますが、自分の姿、行動が人の目にどう映っているのか?などは感じる暇などないのかもしれません。
我を忘れる・・・という状態でしょうか^^;
人が何かひとつの物事に執着し何かに囚われ続ける姿は恐怖さえも感じてしまいます。
人の目ばかりを気にする必要はありませんが、鏡に映る自分の顔や人の目に映る自分の姿は常に自分よがりではない冷静な視点で観察したいものです。
麻痺・・・という言葉がありますが、その状況に環境に何も疑問も抱かずにいると、偏ったおかしい状態にも気づかず良いのか悪いのか?などの感情も消えうせるのかもしれません。
怒りの感情がどれだけ人間をまたは人生を狂わすのか?
これからも興味深く観察していきたい感情のひとつですね^^