自己正常化への道 対人恐怖症、視線恐怖症、会食恐怖症、正視恐怖症が治った男のブログ

対人恐怖症・視線恐怖症が治った男のブログ。超腕利き心理セラピスト岩波英知先生(ありがとう!)の自己正常化プログラム体験記

正視恐怖症を治す方法 僕の正視恐怖症が治った理由

2024-06-01 | 正視恐怖症が治った理由

 

視線恐怖症の一種、正視恐怖症で苦しんでいる人はたくさんいます。
僕が思うに、正視恐怖症と自覚していない人も出、人の目を見て話すことが苦手な人はかなり多いと思います。
もしそういう人が、正視することへの恐怖心が増して、常にそれに囚われ緊張し不安になっていったら、正視恐怖症になるでしょう。


人の目を見るのが苦手…でいるぐらいならばまだ日常生活も何とか送ることができるけど、正視恐怖症になってしまったら、人生が終わるぐらいの苦しみが襲ってきます。
人から変に思われ、自分も変だと思うし、かといって勇気を出して人の目を見るとかそういうレベルの問題ではないし、どうやって正視恐怖症を治していけばいいかわからず途方に暮れるしかありません。

 

僕の正視恐怖症が治ったは岩波先生の神経症克服プログラムを受けたからでした。
岩波先生の治し方は、無意識から治していく方法(体験記はこちら)です。



正視恐怖症、視線恐怖症になるには必ず原因があり、緊張や苦手感をもたらすルーツをみんなたどっています。
誰もいきなりなるわけではないし、子供の頃はなんにも考えず相手の目を見て自然に話せていたはずです。
それが、主に思春期から自意識が芽生え、人からどう思われるか、嫌われないようにしようという思いが強くなった人が、視線に執着してしまい、正視恐怖症へとつながっていきます。

人の目を見て話すのが苦手、相手に不快感を与える、自分が緊張してしまうことには原因があるはず!
現に幼児期のあなたはなっていなかったのだから。
しかし、いくら考えても、その原因は無意識下に抑圧されているんですね。
無意識は僕らがたどり着けない心の一番最深部にあり、そこで警戒感、不安感、恐怖感、緊張感が生じると、頭では気にしないように使用、自然にやろうと思っても、有無を言わさず反射神経で視線恐怖が起こってしまうんです。

 

だからカウンセリングで話を聞いてもらっても正視恐怖や視線恐怖が治るわけでもないし、薬でも治りません。
それは無意識まで薬はコントロールできないし、頭を麻痺させることで少し増しになったとしても、眠気やだるさがひどくなっていくだけです。
所詮は一時しのぎで、今後一生人と話して生きていかなくてはいけないのに、薬の世話になることを考えると絶望だけです。

 

無意識の原因と正視恐怖になるルーツを岩波先生は破壊することができます。
恐怖や不安や警戒感やストレスでいっぱいになっている無意識の掃除を日本で唯一してくれる人です。
無意識の抑圧の掃除をしながら、緊張や不安への対処法を脳に植え付けてくれます。
そして、脳を子供時代の自然でなんにも考えていなかった頃の脳に戻してくれます。

 

だから正視恐怖症を僕は克服できました。
でも、僕自身も努力をしました。
それは人と接することです。
それも積極的に接して、きつくても人の目を見て話す訓練をしました。
それもあって、岩波先生の技術で根本的に解決を図っていきながら、苦行を行ったことが、僕を正視恐怖の地獄から救ってくれた要因だと思います。

まあ岩波先生がいなかったら今頃も正視恐怖、視線恐怖、社会不安障害のまま、生きることを諦めきっていたでしょう。
そんな僕でも克服できたので、みなさんめげずにチャレンジしてみてください。
自分を超えてください。
僕のブログが役立てば嬉しいです!

 

正視恐怖症の体験を書いているブログ紹介

  1. 各種対人恐怖の治し方と体験談紹介
  2. 視線恐怖症征服克服きょーかい
  3. Dr.Strangelive(視線恐怖症、対人恐怖症のブログ)
  4. 表情恐怖症、笑顔恐怖症!
  5. 社会不安障害克服ブログ

 


 

 


脇見恐怖と正視恐怖 視線恐怖症の症状の特徴

2024-06-01 | 脇見恐怖症が治ったきっかけと克服方法

脇見恐怖とは

自分の視線が隣の人間や斜め後ろの人間などとにかく間接視野に入った人間に対し、視線が引っ張られてしまう症状。
人から嫌われたり、嫌な思いをさせてしまうという罪悪感やいたたまれなさや落ち着かなさでボロボロになる人は多いです。
僕もそうでした。今は脇見恐怖も克服できました。詳しくブログ記事を読んでください!

 



正視恐怖とは

人の目が見られない症状、具体的には相手と視線を合わせることに異様な恐怖と緊張を感じ、自分の視線が相手に不快感を与えてしまうことをひどく恐れる。
だから普通に考えずに話すことが不可能になるし、ぎこちなくなるしいたたまれない時間を過ごす。自分の視線のせいで人から嫌われたかも??と悩むことにつながる。
僕もやっぱりそうでした。会話ができなくなる、避けなければならない状況に追い込まれ、この地球上に居場所がなくなったと感じてました…
正視恐怖についてもたくさんブログ書いてます!


【社会不安障害】対人恐怖症、視線恐怖症、正視恐怖症の芸能人、有名人【社交不安障害】

2024-06-01 | 僕の対人恐怖症・社会不安障害が治った経緯を公開

芸能人や有名人の中にも、対人恐怖症(極度の人見知り、人に緊張する)や視線恐怖症(人の視線が気になる)や正視恐怖症(人の目を見て話すのが苦手)の方がたくさんいます!

 

今も対人恐怖や視線恐怖などで苦しんで、未来に希望が見えにくい人も、芸能人で頑張っている人を励みに頑張りましょう!
必ず克服できます! 


対人恐怖症の芸能人、有名人を紹介していきます!

森三中の黒沢かずこさん (正視恐怖症、対人恐怖症)

中川翔子さん (対人恐怖症)

飯島愛さん (ひきこもり)

眞鍋かをりさん (ひきこもり)

歌手の光岡昌美さん (社会不安障害、ひきこもり)

元スノーボーダーの今井メロさん (対人恐怖症、ひきこもり)

女子プロレスラー 真琴さん 【対人恐怖症、ひきこもり)

アナウンサー 吉田照美さん (赤面症、正視恐怖症、対人恐怖症)

つぶやきシロー (対人恐怖症)

元モーニング娘。 福田明日香 (対人恐怖症)

嶋大輔 (対人恐怖症)

芥川賞作家 田中慎弥 (対人恐怖症)

ニトリ社長 似鳥昭雄 (対人恐怖症)

韓流俳優 イ・ジョンソク (社会不安障害、視線恐怖症)

 

この中には自己申告で本当に対人恐怖症? という人もいます(バッシングを浴びて一時的に人の視線を気にしたり、人が怖くなったり)。
ですが、どんな人間も何かあれば対人恐怖症になるということでもあります。
そして克服できるという証明でもあります。

 

芸能人の人は、途中で対人恐怖症に陥ってしまった人を除くと、対人恐怖症を克服して(あるいは対人恐怖症のまま)芸能人なりアナウンサーになったわけで、本当に頭が下がります!

これにはとても勇気がもらえることだし、本当に頑張って欲しいと思います。

 

海外の芸能人やセレブにも、対人恐怖症じゃなくても、うつ病やパニック障害や不安障害や強迫神経症を患ってしまった人はたくさんいます。

どんな人も、神経症的な心の障害にかかるということです。
かかったら、どう克服するか、どう切り替えて生きていくか、そこにかかっています。

 

上述した人たち以外にも、自殺の芸能人、有名人の原因が、実は対人恐怖症や、それによるうつ病悪化によるケースがたくさんあるかもしれません。
あるいは、アルコール依存症や覚せい剤に手を出したり、ドラッグ依存症になって、ぼろぼろになっている人もいると思います。

逃げ続けてぼろぼろになった末の悲劇だけは、僕たちも繰り返さないようにしたいものですね。

 

だからこそ、上述した芸能人の多くの人が、対人恐怖症やひきこもりの危機を乗り越えて、今も頑張っているわけなので、そういう人たちを見習って力に変えていきましょう!

対人恐怖症、神経症を克服して世の中を見る


対人恐怖症と視線恐怖症と会食恐怖症と社会不安障害と・・・・絶対克服できるんだ!

2024-06-01 | 対人恐怖症、視線恐怖症、正視恐怖症の芸能人、有名人

ご挨拶

対人恐怖症、社会不安障害になりましたが、克服成功できました。

自分の能力を最大限発揮するため現在猛進して頑張っています。
人生は一回だから悔いのない人生に絶対してやるぞ! 

天才的カリスマ心理療法士岩波先生のおかげで、神経症が良くなりました。
それだけではなく、生きる希望や充実感も得られました。

今は真っ暗でも必ず光が見えてきます! 人生ってそんなものです!

でも、神経症克服にはアクションを起こす必要があります。
2,3年後に神経症が治っているかな、治っているといいな~的な甘い考えは捨ててください。
それは一生神経症に苦しめられ続ける考えでした。
僕がいつか対人恐怖症・社会不安障害が年齢とともに解決していることを夢見てました。

年齢を重ねたら、考え方も変わって、不安も少なくなっていって、図太い神経を身に着けているって思ってました。
だけど、そんなことは決してなかった。
怖いことですが、神経はもっと敏感になって、すごく病んでいきます。
考え方もマイナス思考しかできなくなっちゃいます。
神経症に取り憑かれたら、克服する方法がなくなります。 

対人恐怖・社会不安障害って、時間を積み重ねると、ただの症状だったものが、完全に条件反射で生じるようになって、生きること=対人恐怖症そのものになるという恐ろしさがあります。
だから、神経症を舐めないほうがいいです。
危機感を持ってください。

けっこうやばい症状です。本当にやばいです。苦しみが永遠に続いていくしかない症状です。
苦しんだから報われもしません。
精神がぼろぼろになるだけです。

だからこそ、神経症克服にはスピードが求められます。
だらだら悩むよりは、アクションを起こすしか無いです!!
行動したものだけが救われる。
勇気と覚悟を持てたものだけが神経症を克服できます。
怯えていても治ることはありえません。 

かなり恐ろしい症状だからこそ、みんな治らずずっと苦しんでます。
そちらの道に進みたいですか? それとも神経症を根本から断ち切り、本当の自分を取り戻したいですか?
甘い考えでいたら死にます。それぐらい追い詰められた状況だと思います。

僕は克服できた身として、少しでも皆様の苦しみの時間が短期間で追われるようにこのブログでサポートしていきたいです。
甘くない症状だけど、克服できない症状でもない。
でも、無意識から解決しないと治ることは一生ない。
これが僕が神経症、対人恐怖症に対して思うことです。


Dream Art Laboratoryの自己正常化プログラムを受けるときのコツと秘訣

2022-09-28 | 岩波先生の自己正常化プログラムの口コミ

岩波先生の自己正常化プログラムを受けるにあたっての注意点!

岩波先生のトランス誘導技術は半端ありません。

受けてみたらわかりますが、とんでもない技術で、高次元レベル過ぎてこれまで受けてきたセラピーや克服方法がちっぽけに見えます

が、それだけ威力絶大ですので、ずっと悩んでいる人はかなりの衝撃を受けるでしょう。

心の核の部分にまで一気にアクセスできてしまうのですから!!

そこが曲者です。

だから、岩波先生の技術を知っておくべきです。

一気に問題の本質があらわになったり、抑圧を感じてしまうのだから。

 

 

岩波先生の技術は、最初からありえないぐらい上質で最高品質の体感を得られる人がいるのは確かです。

でも、僕もそうでしたが、すごいことは間違いない反面、自己正常化プログラムに参加するような人は、やばいくらいに抑圧して生きています。

鬱憤、ストレス、トラウマ、憎しみ、悲しみ、恐怖、不安、焦燥感、欲望、恨み、イライラ、殺意、エゴ、わがまま、自分自身を抑圧して生きてこなくてはいけなかった、あるいは自分でそれを選択して生きてきた人達です。

これがメンタルブロックが一瞬で無くなってしまう岩波先生の誘導技術を受けた時、本当の自分の感情がむき出しになったり、抑圧してきた感情のパワーのすごさに直面します。

このときの心構えを書いておきたいと思います。

 

まずこれは好転反応なので、喜んでくださいね!

僕も最初は戸惑いましたが、よくよく考えて見れば、この抑圧開放体験が欲しくて色々さまよい歩いていたわけなんです。

考えてみてください!

他の方法では、抑圧なんか感じることもできず、頭の表面だけでちまちまやってきたと思います。

抑圧の根本を解決できない限り、一生悩み続けます。

なら、抑圧を消滅させたほうが絶対にいい人生に生まれ変われるはずです。

好転反応だと思って、気持ち悪くなったり、怖くなったり、見たくないものを見てもう二度と見たくないと思っても、歓迎しましょう。

そこが一番乗り越えるべき壁です。

自己正常化プログラムを受ける人は、みんなこの心構えを持っていましょう。

悩みは受け入れることで解消していきます!!

僕は自分の悩み(社会不安障害、対人恐怖症など)を受け入れることができたおかげで、大きく改善に向かいました。

抑圧してきた自分の感情がなくなり(すごくスッキリしました)、悩みを受け入れ、自分に覚悟が芽生えてきたときから、人に対して恐怖や不安感がなくなっていきました。

こんなくだらないことに悩んできた自分がおかしくなってきました(もうトラウマから吹っ切れていますよね】。

笑い飛ばしたくなる心境になってから、僕の心象風景が明るく軽いものに変わっていきました。

 

 

こんな僕でも自己正常化プログラム(昔は神経症克服プログラムだった)を受ける途中で、ありえない抑圧にびっくりしたことがあります。

こんなに鬱憤をためて生きてきたのか、こんなどろどろしたものが奥底に眠っていたのかとびっくりして、人間の脳の深淵を垣間見た気がしました。

いい感情ではないです、こんな時。

でも、僕は逆に嬉しかったです。

このどろどろがなくなっていくことで、死にたいぐらい追い詰められていた僕の心が解放されると言えるからです。

実際に泣いてしまったこともあったし、つらい過去の人生を省みて、イライラを通し越した感情になったこともありました。

自己正常化の道を僕はこうして歩んでいきました。

 

自己正常化プログラムを受ける人の中には、死にたい、自死したい、消えてなくなりたいという感情が強い人はもちろん、人が許せなくて不幸にしたい、社会が悪いから破壊したい、どうせ自殺するなら他人を巻き込みたいといったやばい感情を持っている人もいると思います。

こんなことを大っぴらにいう人はいませんが、拡大自殺を考えてしまう人は絶対にいると思います。

でも、これはその人が悪いのでもないし、抑圧をし続けて生きざるを得なかったからそうなっているだけだと僕は思います。

抑圧がなくなった時(最初は抑圧を感じて気分が悪くなるけど)、社会や人への恨みや殺意は消えていきます。

孤立無援になった人が暴発してしまうわけで、僕は抑圧を絶対に抜いていったほうがいいと思っています。

この抑圧をどこよりも強力に解消できる人は岩波先生しかいないでしょう。

 

だから、好転反応として、抑圧が出てきた時悪いもの、見たくないものとして逃げるのではなく、受け入れてみてください。

抑圧が出てきたことはすごく歓迎していいものです。

触れちゃいけないものではありません。

しかも、この抑圧は常に自分の私生活に出まくっています。

決して解消されない抑圧だけが出て悪さをします。

自己正常化プログラムでは、抑圧が出た時、トランス状態の質によってはそれ以上に解消されていると考えてください。

そして、僕の経験上、抑圧が抜けていくとともに、悩みの原因が自分ではっきり気づけていきます。

眠っていた脳が作動して、悩み解決のための自浄作用を脳がもたらしてくれます。

これが気づきの力です。

気づいていった人ほど自己正常化プログラムでも早く良くなっていきます。

僕は自己正常化プログラムを受けている人を見て強く実感したことですし、僕も気づき脳になってから、休息に悩みの原因が氷解していきました。

自分の悩みの本質を気づけないほど抑圧して生きてきた自分が、プログラムを通して、悩み解決のための気づき脳が開花していくんです。

 

だから、泣き言を言わず、自分と攻略するつもりで自己正常化プログラムに取り組んでみてください。

世界一の技術を使いこなせるのはあなたの心構え一つだけです。

頑張りましょう! あなたはやれます!!


岩波英知先生の自己正常化プログラムについて

2022-09-28 | 岩波先生の自己正常化プログラムの口コミ

自己正常化プログラム、昔は神経症克服プログラムと言われていた岩波英知先生の特殊なプログラムですが、もし心や脳や自律神経や潜在意識に大きなトラウマや心の傷や自分で打ち消せない悩みを持っている方は、ぜひ受けてみてください。


カウンセリング、コーチング、瞑想、自己啓発、心理セラピー、催眠療法、ヒプノセラピー、ヒーリング、宗教、学びの会、精神科、心療内科、自分の力


これらをやっても、自分の心を説得できなかった人でも、岩波先生の技術なら不可能を可能にできる、それぐらいの技術力です

僕が受けてみて、心の底からおすすめしたいですし、世界広しと言えども岩波英知先生と並び称される人は誰ひとりとしていません。

 

自己正常化、つまりどうしても自分の意志に反して自分をどん底に追い詰めていく心の働き(バグ)を正常化させてくれます。

 

まずはずっと心に抑圧して脳も潜在意識もボロボロにしていたマイナスのエネルギーを解消させていくことをやります。

 

そのためには深いトランス状態に入ることが大事なんですが、岩波先生なら僕でもあなたもどんな人でも、またたく間に軽々入れてくれます。

 

トランス状態に入ることは非常に難しく、瞑想の先生も催眠の先生もスピリチュアルの先生も皆苦労していますが、一瞬で別世界に誘導されてしまいます。

 

その体感が引き起こす奇跡的な効果は、言葉では難しいです。

 

僕のブログにもどう書いていいかわかりませんが、とにかく世界一すごいです。

 

その証拠に全世界から日本語の解する人がわざわざ通っていますし、衝撃的な体験と効果にびっくりしています。

 

驚天動地、世界が一変する体感になります。

 

もし自己正常化プログラムや脳覚醒プログラムを受けたい人は、とにかく度肝を抜かれますし、そのインパクトは次第に上質な深い最高の至福感覚やリラックスや解放感につながります。

 

トランス状態とここでは便宜的に書いていますが、他のところが使うトランス状態とレベルが違います。

 

殆どのところがただの概念で文章上のもので、実際に体感することは不可能ですが、岩波先生が作り出したトランス誘導技術(脳覚醒技術)は簡単に最高の体感を作り出してくれるので、あとはまな板の鯉になればいいだけです。

 

身を任せて、岩波先生の言うとおりにすればいいだけで、世界最高の深い意識になれます。

 

その意識こそが、特殊で深くてすごく長くて余韻も最高で、とにかく幸福感と自己肯定感に満たされ、そのときに無意識に潜む問題を処理できるようになるんです。

 

百聞は一見にしかず、劇的で決定的な体感が岩波先生が作り出してくれます。

 

自己正常化プログラムは、岩波先生のプログラムの中でも悩みを解決するためのもので、他にも脳覚醒プログラムなどありますが、とにかくトランス状態がキーポイントです。

 

それが一瞬でもたらされるのですから、岩波先生の存在に感謝です。

 

前にも岩波先生の技術はあがっていると書いていますが、最近もさらに深い世界に恐怖なく誘導できるようになっています。

 

実際僕が体感したことですが、まあ一度体感してみてほしいです。

 

脳って本当にすごいです。

 

それと同時に悩みの原因に手が届かせることができます。

 

岩波英知自己正常化プログラム公式サイト

自己正常化プログラムの体験談(個人のブログ:メンタルマンさん)

脳外科医のお医者さんの自己正常化プログラム体験談のブログ

 

お医者さんや僕の知り合いがブログに体験談を書いていますので、参考にしてください。

 


正視恐怖症の克服が視線恐怖症が治った過程で一番大きかったなぁ

2017-07-06 | 正視恐怖症が治った理由

視線恐怖症には多くの種類があります。

  1. 自己視線恐怖症
  2. 他者視線恐怖症
  3. 正視恐怖症
  4. 脇見恐怖症

大きく分けてこの4つかな。

 

どの視線恐怖症が一番きついのか? そう考えても人それぞれ苦しむの種類や症状の重さも違うから一概にいえないけれど、結局はどれも地獄!!!!! きついことを通り越して、死んだほうがマシなぐらい残酷な対人恐怖症だ(最近は社交不安障害というらしい)。

視線は人に危害を加える威力がある。特に視線恐怖症の人は自分の視線が人に迷惑や不快感を与えていることが申し訳なさすぎて死にたくなるから、死んでいなくなったほうがマシだと思うのは当然ですよね。

今日は4つの視線恐怖症の中でも、正視恐怖症について書いていきたいです。
正視恐怖症についてこれまでも記事にしてきました。

  1. 人の目が見られない
  2. 目を見て話をすることができない
  3. 目を見て無理やり会話しても苦痛でいたたまれない
  4. 相手の視線が怖くて合わせることができない
  5. 自分の視線が相手の顔を歪ませるから申し訳なくてみることができない
  6. 相手が視線を合わせても迷惑そうにすぐそらすから視線を合わせられない

ざっと思いついて正視恐怖症の心理状態を書いてみました。もっと思い起こせばあるかもしれないけど、僕もまさに正視恐怖症でした。

そして対人恐怖症や視線恐怖症が改善されていく中で、何が一番生きやすくなったかというと、正視恐怖症の克服からでした。
人と目を合わせて話をすることができるのだから、嬉しくてたまらなかったです!!!

正視恐怖症のせいで人と会話をすることを極限まで避けて生きてきましたから、それをしなくて済むようになったときの僕の解放感といったら!
嬉しくて感涙モノでした。
正視恐怖症ってことは、人と会話ができないことと同義です。いつまでも視線を避けて生きてはいけないから。

 


地獄の対人恐怖、視線恐怖、社交不安障害が続く暗黒の未来

2016-07-29 | 対人恐怖症・視線恐怖症・社会不安障害

 

もしも対人恐怖、視線恐怖、正視恐怖、会食恐怖、脇見恐怖、そして社交不安障害がずっと僕の人生について回っていたら、僕は今頃どうなっていたんだろう??
これは僕だけの話ではないです。
もしいま対人恐怖症に地獄のような生活を強いられている人がいたとして、10年後も地獄を味わっていることを想像したら、もはや絶望しかないと思います。 

そして、残念なことにもがいても、避け続けても症状はよく治りっこないんですよね。
神経症は病気ではなく、薬を飲み続けたら治るもんじゃないし、性格と一体化してしまっているから。

神経症を特殊な病気だと思い込みたくて、これが本来の自分じゃない、病気にかかっている状態なんだと思いたがっても、無意識と一体化しているからどうもがいてもダメです。
どうも精神医学界には、熱や風邪や肉体的疾患のように、「この薬を飲めば治る!」という前提で、神経症を捉えていると思います。
でも、神経症は病気じゃないです。精神病でもないです。
病的に感情や無意識が不安と恐怖に支配されている状態です。

だから、僕がありったけの気力で神経症に立ち向かっても、僕自体が神経症に取り憑かれているから克服できなかったし、みなさんも克服できていないと思います。
神経症は薬では治りません。
症状を抑えるだけです。それも時期に効果がなくなります。

たくさんの悩まないようになるための本が出てますが、それを読んでもあなたが神経症である以上、つまり神経症のあなたが読んでいるから神経症がよくなるわけがありません。 
神経症をボコボコに殴って二度とオイラに楯突かないようにしてやろう!!! と思って頑張っても、殴る相手が自分自身なのだから、意味が無い!
自分を殴っても痛いだけ。無意識には手が届かない。

僕もそうだったけど、対人恐怖症や社交不安障害となってしまった人は、ありったけの克服方法をやってもシャドーボクシングをやっているだけで何にも神経症に効果的なパンチを繰り出せない。
不幸ですよね。

残念だけど、神経症の人はずっと神経症のまま時が過ぎていきます。
つまり一生報われない地獄のような人生が続いていってしまうんです。
やばいです。

僕もやばかったです。
もし過去に神経症(僕の症状は対人恐怖、視線恐怖、会食恐怖、社交不安障害でした)が治っていなかったら、2016年の夏真っ盛りの今でも、人に怯えて自分に叩きのめされ社会に潰されながら生きていたんです。
人を怖がり怯え不安を感じ、悔しい思いをし続け、突破口も希望もないまま生きていたんだなーと思うと、今神経症と無縁の人間になれたことは奇跡です。

苦しんで必死で生活費を稼いでいて、それも社会の底辺で生きざるを得なくて、たくさん耐えて生きているけれど未来もない・・・・・こう想像すると、今神経症で辛酸を嘗め続けている人は、絶対に克服してください!と思います。
こんな神経症の地獄で苦しむために生まれてきたわけじゃないです!

自分の意志の力でコントロール出来ない悲劇ってないです!
幸せに生きたいけれど、神経症、特に対人恐怖、社交不安障害じゃ幸せに生きることはまず無理だと思います。
ひきこもってもうつ病になるだけです。
ひきこもっていたら経済的困窮に陥り、やっぱり生き地獄です。 

だから、根本から克服してください。
根本から克服する技術がこの世の中にはあります。
そして、自分でも根本から克服するために、言われた課題を絶対に徹底的にやってください!

そうしたら無意識から根本的に変われます。
神経症と一体化した状態から、本当の子供の頃のような神経症ではない状態で生きられるようになります!

神経症はあなたの尊厳を奪い取っちゃいます。
プライドをボロボロにされ、精神状態が最悪なまま生きなければならなくなります。

こんだけ苦しんできても神経症の状態では、絶対報われることはないです。

最近感動してますか?
苦しんでばかりじゃないですか?

everyman より
(神経症の恐怖、神経症のままだった時の自分の未来について思うところがあり久々の投稿) 


 

 

 


対人恐怖症・視線恐怖症の思い出

2013-10-06 | 対人恐怖症・視線恐怖症・社会不安障害

僕の対人恐怖・視線恐怖の思い出と言っても、つらいことばっかりだった。
イライラ・落ち込み・悔しさ・劣等感・憂鬱・絶望がぐるぐるぐるぐると頭のなかをかけめぐっていた。
その感情しかなかった。
僕の人生の最悪な期間は、まさしく対人恐怖・視線恐怖の時期だったし、今後これを上回る最悪体験はないだろうなー。

そういう意味じゃ、今後僕は何が起きてもいいと思っているし、起きたところで、あれ以上最悪な日々はないのだから、大きな自信を手に入れられたと思う。
だけど、もし克服できなかったと思うと身の毛もよだつ!
世界で最悪の不幸な人間の一人だったに違いない。

今思うと、あっという間だった。
あっという間と言っても、いいことが何も起きていないから、苦しみだけだから、同じ色に染まっているから、そう感じるだけ。
つまり、非生産的なマイナスだけしかなかった。

地獄の日々だったんだけど、治りたい気持ちに反して、ちっとも改善もしないまま、ズルズルと対人恐怖症のキャリアだけを重ねていった。
はやく良くなってくれ!と願うけれど、無意識に住み着いた僕の対人恐怖症は時間で解決できるものじゃなくなっていた。
どんどん対人恐怖である自分がもとからの自分だったかのように、同化していった。
それが神経症の怖い所だ。

そうしたら、もう気力体力時の運や頭の良さで何とかできる問題じゃない!
時間だけがむなしく過ぎていって、未来を考えても、おぞましい未来しか想像できなかった。
だから考えたくなかった。
苦しみながら生きていくことが決定的だったのだから。
耐えて耐えて耐えて、それでも報われないなんてやっぱり地獄だ。

ネット上でも対人恐怖症で苦しんでいる人は非常に多いけれど、みんなそのまま苦しみ過ごしている。
自然に良くなっている人なんていない。

対人恐怖症の時期の僕を考えると、灰色という単色しか思いつかない。
神経症にかかった多くの人が灰色しか見ていないんだと思う。
この世の中に鮮やかな色やさわやかな色があるなんて想像できない。
心地よい風が吹いているなんて感じる余裕もない!

同時に僕が感じたことは、この苦しい時期は、なるべくしてなったんだということ。
あの頃は『なぜ?どうして? 僕だけ? なんで? なぜこんなに苦しまなくちゃいけないんだ! クソ!』しか考えていなかった。
冷静に考えられる方がおかしいけれど、なった原因と流れをまったく認識していなかった。
これじゃあ、頭がイカれていくのもよくわかる。
心の余裕がなく状態で『なぜ?どうして?』とやっても、ますます頭は混乱していくだけ。

僕がなるべくしてなったという思いに至った時から、少し対人恐怖症に変化が出始めたと思う。
岩波先生のプログラムでやったことだけど、僕の人生を幼児期から誰かが歩めば、対人恐怖症になるんだ、という考えに至った時、心にちょっと余裕が出た。
すっごくホっと出来た。
「ああ、僕は僕がおかしいからなっているのじゃないんだな、だれだって同じ道を歩めばそうなるさ」
この結論に至った時、それもただ考えただけじゃなくて、心の底から『思えた』時、つまり僕は対人恐怖症という症状を受け入れることができた時から、好転が始まった。

神経症に悩んでいる時期は、自分では気づかないけど、溺れている状態です。
あっぷあっぷと必死でもがいている。
冷静になれるはずがないんですね。
自分自身が一番、自分でどうにもできないのだから。
自分でどうにもできないから、神経症と言うんだけろうけどね。

話がそれてしまった。
今現在の頭で、僕が過去の苦しい状態を思い出すと、「よくあんだけ悩んだな」ということがまっさきに出てくる。
笑ってしまうくらいはまっていた。
そして、あの灰色の時代には決して戻らない!
僕に灰色が降りかかってきても、あの時の先行きのないどす黒い湿った灰色にはならないと思う。
あの失った時間を有効利用するには、あの苦しみを超える苦しみは一生ないという自信だけだと思う。

あの地獄の先行きのない苦しさに比べたら、あらゆることなど小さく見える!
現在はまっている人も、これを乗り越えた時、そう思ってください!
一番人生で辛い時、立ちはだかる障害が一番大きいのが今です!
自分自身を乗り越えたら、もうあとはスーイスーイと人生を進めますよ
普通に人生を歩めたらいいなんて思わなければ。

 


神経症(対人恐怖症・社会不安障害克服)に必要なもの

2013-05-30 | 僕の対人恐怖症・社会不安障害が治った経緯を公開

神経症を始めとする心の悩みでどんどんすり減っちゃうのが、「勇気」の部分です。
悩みが苦しくてそれから一刻もはやく逃れたい! その気持一つになってしまうため、いかに避けるか、そればっかりに僕らの思考(理性)は向いちゃう。

でも、その当たり前にやってしまう行動一つ一つが、実は勇気を自分から奪っていってしまっていることを認識しないと、本当に欲しい自信や覚悟、勇気は得られないと思う。
これは脅しでいっているわけじゃなくて、本当にそうだと思っています。
僕の体験を振り返ると、神経症(視線恐怖・対人恐怖・社会不安障害)に陥ってから、みるみる臆病になり、不安だらけになり、ちょっとしたことでも恐怖を感じる人間になって行きました。

もうボロボロで、どうにかしなくちゃいけないと思いつつ、いかに目の前の苦痛から避けるか(僕の場合は人混みや人間関係、コミュニケーション)ばっかりに理性をフル回転させました。
そうなっちゃうと、自信を持たなくてはいけないのに、逃げまくる自分への不信感ばっかり募りました。
はっきり認識しているわけじゃなかったけれど、どんどんダメになっていく僕を、いくら自信をもちたいなんて思っても、できないわけです。
勇気を出すことの緊張や不安感よりも、いかに避けて安心して行きられるかばっかりの自分に、自信なんて持てません。
持てる方がおかしいです。

自信って結局、自分自身への信頼感なわけで、勇気がない自分と勇気を持って歩める自分、やっぱり後者にならないと、一生自信はつきません。
こればっかりはいくら自分に自信がある!と思い込んでも不可能です。

視線恐怖・対人恐怖・社会不安障害などで苦しんでいる人は、毎日が回避ばかりを考えていると思います。
これはいけないことじゃないと思う。
逃げていてはダメだと一番本人が知っているけれど、目の前の不安と恐怖からいかに回避するかは、人間ならだれだってやることです。
動物だってそうなのだから。

ただし、それをずっとやっていても、埒があかないし、貴重な時間を失うはめに陥ります。
そうなると、自信のない存在でも、勇気を持って踏み出すことが必要になってきます。
いつやるか?
それは今でしょ! という言葉があるけれど、時間がどんどんたって、常に怯えて回避ばかりの人生を送ると、ますます勇気を持って踏み出すそのエネルギーがどんどん必要になってきます。
ついには諦めると、社会的に廃人に近い存在になっていき、もう浮上しようがなくなっちゃう。

生きるって本当にきついことだけど、神経症の人はその100倍はきつい!
普通の人が、ちょっとした勇気が必要なことでも、神経症の人は100倍勇気と決心を必要とします。
だから、イバラの道です。
でも悩んでいることのほうが地獄なわけで、どっちがマシか、と言われると、やっぱり勇気を持って神経症に立ち向かうことがいいに決まってます。

ではどこに勇気をもって立ち向かっていけばいいでしょうか?
神経症を治すためにありったけの気力を費やすことはやめたほうがいいです。
なぜならそれで克服できた人は殆ど無いと思います。
ますます神経症を悪化させてしまいます。
やり方を間違えるとがんじがらめになるのが神経症の怖さです。

まずは神経症を克服するためのプログラムを受けることとは別に、自分自身で冒険することをおすすめします。
その時、自分は神経症だからできない、治ってからやる、と言ってはダメ。
その考えは一生自分を苦しませてしまう思考です。
神経症があろうがなかろうが、関係ない所で、冒険をしてください。
習い事でもいいし、いままでやりたかったけれど神経症があるから中断していたことをやってもいいと思う。

何をするにしても、絶対踏み出す勇気が必要になります。
非常に不安で億劫でやりたくないと思うでしょう。
でも、そこで回避していたら、自分自身に不信を抱くでしょう。
あえて踏み出してください。
考えないで、自分を守ろうとしないで。

そしてもしなにか失敗やショックなことがあったとしても、こう思ってください。
他の人の何倍も勇気が必要なことを、私は踏み出す勇気があった、と。
物事全ては捉え方一つで、幸せにも不幸せにもなります。
失敗して駄目だ、と自信喪失になる人、僕が今書いたほうな思考でさらに動いていく人、後者が神経症克服できる人です。

ハンデはものすごくある中で生きていかなくてはいけない。
でも、その中で冒険しようと一歩踏み出した事自体、もうすごいことです!
自分に自信を持ってください。
いつも逃げてばっかりの自分に光は差してくれません。

これから生きていく上で、神経症にかぎらず、どんな場面でも勇気が必要になります。
岩波先生のプログラムに通うことだって勇気が必要です。
例えば僕の場合、人の眼が見られない(正視恐怖症)だったけれど、人の眼を見て話すことも非常に勇気が必要でした。
他のその悩みがない人は、なぜそこまで? とバカバカしく思うことでも、僕は本当に勇気を振り絞って目を見て話しました。
最初は落ち着かなくてどぎまぎして、人に迷惑をかけたらどうしようとばっかり思っていましたが、その勇気がなくて下を向いて話していただけなら、今の自分はありません。

これは一例ですが、どんな状況でも、一つ一つ勇気が試される時がきています。
いまも勇気を試されているはず!
頑張ってください!

勇気がないままの人は、生き地獄の罠から抜け出せないまま、無意味な時間が過ぎていくだけかもしれません。


正視恐怖症(視線恐怖症)の場合の、視線の置きどころ

2011-12-06 | 正視恐怖症が治った理由

正視恐怖症は、人の目を見ることが怖い!
自分の視線が相手の外を与えて、不快感を与えているのではないかと恐怖を持つ症状だから、会話が成り立ちません。

もともと話好きでも(僕がそうでした...)、人の目が見ることが怖いばっかりに会話もまともにできなかい人も多いと思います。
視線恐怖症は、普通に見られるようにあらゆる努力をするけど、正視恐怖症ばっかりはなかなか普通にできない。
人の目を見られないということだけで、もう相手から変に思われてしまうから。

だから、ものすごくきついです。
自分の存在そのものが「迷惑」につながってしまうことは、もう自分の生きている価値ももてなくなっちゃいます。

で、正視恐怖症の人でも、とりあえず、相手から「自分の目を見ている」と思わせるポイントがあります。
よく面接で言うのが、相手のネクタイを見て話すのがいい、というものがあります。
これはある程度距離が離れているからできることなので、近い距離の時はやめましょう。
ネクタイではなくても、離れた距離では首あたりを見てもいいということですね。

もう一つ、眉間を見て話すといいとも言います。
相手から見たら、目を見て話している、と思うけれど、こちらは眉間を見ているわけだから、とりあえず正視恐怖症の人でも可能かと思います。

「人の目を見て話さなくちゃ! 人の目を見て会話を聞かなくては!」と思いつめて、ますます視線恐怖症が悪化するならば、こういう方法でとりあえずしのぎましょう。
あとは、挙動不審に見られないように、視線を大きく泳がせないほうがいいです。
眉間を見ているなら、堂々と見てやりましょう!

ちなみに視線恐怖症になると、どれくらいの頻度で相手の目を見ていいのかわからなくなりますよね(正視恐怖症の人は眉間、距離が離れていたら首あたり)。
話すときは、基本的に相手に威圧感を与えないように、時々視線を外すといいと言われています。
聞き手のときは、しっかり話を聞いていますよ、ということを相手に示すために、しっかり目を見るといいといいます(何度も言うけど、精子恐怖症の人は眉間を)。

日本人なので、じっと目を見て話す文化でもないので、じっと執拗に見る必要はないです。
僕の知っている以外でも、人のここを見れば、相手から目を見て話していると思う箇所があるかもしれないです。
悩みの悪循環に陥るよりも、堂々と相手の目以外を見て、話してやりましょう!
最初はそれでも怖いです。

でも、なんでも勇気なくして克服はありえません!
楽して視線恐怖や正視恐怖を治そうという考えがあるととっても治りが悪くなります。
勇気をだして、苦手なことにチャレンジしていきましょう!

良くなっている人は僕の知る限り勇気をもった人です。
勇気(あるいは覚悟)をなくして、良くなった人は居ないと思っていいです。

とはいえ、しっかり人の目を見て話せるようにならないかぎり、いくらごまかせても視線恐怖症は克服したことにはなりません。
一時しのぎで使いながら、もっと根本的な視線恐怖症、対人恐怖症の根っこを壊していきましょう。

いくら正視恐怖症をなんとか避けられたと入っても、もともとの対人恐怖症はあるし、それで悩みまくることに変わりはないからです。
幸せな人生には到底程遠い状態です。
一番大事なのは根本的解決です。
対人恐怖症の根っこを壊すことができなければ、別の視線恐怖、対人恐怖の症状が出てきてしまいます。

 


人の眼を見て話せない 正視恐怖症のままだと普通に生きていけない

2011-11-26 | 正視恐怖症が治った理由

人の目を見て話せないことは、僕の大きな大きな悩みでした。
視線恐怖にもいろいろあるけれど、人の目が見られないってことは、会話に、コミュニケーションに大きな障害になりました。

本当に口惜しかったですは。人と話したいのに、変に思われたらどうしよう、目を見たら迷惑がかかる、不快感を与える、相手がぎこちなくなる、次から避けられる、キョドっていることを悟られると思っていました。
いまは全くそんなことはなくなったけど、正視恐怖症が治っただけでも、遥かに楽になりました。

正視恐怖症の辛さを誰よりも知っている人間だと思っているので、少しでも、同じ症状で苦しんでいる人の力になれればと思い、更新しました。
まず人に不快感を与えているというのは、結果的に幻想です。つねに相手のことをチェックするから、なんでもないことで自分のせいと思ってしまうだけ。
逆に俺の目力をくらえと思って主体的に話して下さい。
案外不快に相手は感じていませんよ。
白人と話してみればわかるけど、じっと眼を見て話してますよね。
まずは練習と思って、彼らと話そう!
どんなに凝視しても何にも感じてないから、不快とか、迷惑とか。

どちらかというと、こちらの眼をみて話してはまずいかなオーラが、相手がこの人は話しかけられるのが迷惑なんだなと判断されて、お互いエンドレスで気を使いすぎてギクシャクするだけです。
どんどん眼をみて話しても大丈夫。
あなたの正視への不快感で距離をおいているわけじゃない。
あなたの遠慮から、気をつかわれているだけ。
岩波先生の言葉集にも書いています〕

ただし凝視は失礼なので、適度に視線を外すとか、苦手なら眼を見なくても、あるところを見ることで相手からは眼を見られていると感じるポイントがあるとか、まあ色々なやり方がありますが、次の更新で書いて行きたいと思います。
相手は不快に感じていませんよ。
こちらの心持ちです。考えすぎ。
まあ悩めばそうなるけれどね。

あとは人を避けてばかりではいけないというところ。
練習する機会を設けよう。
最初は勇気がいります。
でも勇気なくして、視線正視恐怖症は治りません。
あなたは人の眼をみて話しても大丈夫な人です。
自己嫌悪に陥らず、自己肯定しよう!
僕も正視恐怖症を克服出来たから、みんなも出来ます、必ず。


神経症が解決する人、神経症克服できず悩み続ける人の違い

2011-06-12 | 僕の対人恐怖症・社会不安障害が治った経緯を公開

お久しぶりです。
神経症という人生に大きく立ちはだかる壁を乗り越えられない人と乗り越えていく人の違いはどこにあるのか、ということを考えてみました。
色々な要因が挙げられると思うけど、「心に期するものがある・ない」ということも大きいと感じています。

つまり惰性の気持ち、逃げることばかり考えている気持ちでは、神経症に負け続けてしまいます。
一念発起しないで、自分の心の中の問題を解決しようとすること自体、良くならないということだと思います。
きつい精神状態が続くと、どうしても「楽して治りたい」ばかり考えちゃいます。

僕もそうでした。プライドを捨てることが大事だとわかっていながら、どうしても格好つけて、よく思われていきたいという、意地汚い考えばかりしていました。
自信を持つためには、それじゃいけないということすら、最初はわかっていませんでした。

まあ、それが大間違いの大やけどのもとだと気づいた(岩波先生が気づかせてくれた)わけなんだけど、そこで大事になるのが「一念発起」だと思います。
どこまでいっても、自分自身の自意識や理性が、僕の前について回りました。

だけど、どうしても自分を乗り越えられなかったです。
僕のじゃまをするものは、他人ではなく、自分自身でしかなかった、その自分がものすっごく手強いのです。
僕は色々な手をつくしたり、いろいろ考えて乗り越えようとしたけれど駄目だった。

そこで自己嫌悪に陥りましたし、悔しくてたまらなかったです。
「もうこうなりゃ、自分をいじめてやる!」ぐらい気持ちを高めてから、初めて自分の壁を越えていくことができました。
心に期するものを持ってから、はじめて神経症が好転し始めたのです。
楽に神経症を治すなんて、なんて甘っちょろい考えだったんだ、と本当に自分にあきれてから、気持ちを切り替えました。

そうすると覚悟が出てきます。何があってもいいという覚悟です。
そうして一念発起、色々なことにチャレンジしました。
それにトランス呼吸法や暗示を徹底的にやりました。
いつのまにか、以前は高い壁で超えられないと思っていたものが、たいしたことがないとわかりました。
それがつまり自信ということが、わかりました。

考えていたって、自分の身を守りながら得しようなんて、結果はついてきません。
今、色々なチャレンジをして、自分を変えようとしている人は多いと思うけど、僕のような考え方をしていたら、一生同じまま生きていくと思います。
神経症が良くなる人は、体験記を読む限り、みんなどこかで一念発起しています。
そして、いつまでも同じ繰り替えをする人は、心に期するものがあるのかどうか、考えた方がいいかもしれません。
もちろん、一念発起しても駄目だったなんていう人もいるかもしれないけど、そこに覚悟が備わっていて、継続したのかどうかも重要だと思います。

生きるということは、どこまで行っても覚悟だと思い知らされました。

もしそれがないまま神経症に立ち向かっても、一生治らないまま、症状が続いていくと思います。
きついことからひたすら避けて、いつもオドオドして生きなくちゃいけなくなります。
やりたいこともできず、周りの人間が幸福そうにしているのを指を加えて眺めているだけ。

それでなんにも感じないだけならいいけれど、それってものすごく悔しい!
なんで僕だけが不幸な症状に呪われているんだろう?
イライラがすごいことになり、ヤケクソになります。
でも、その反動の落ち込みは相当なもので、とにかく憂鬱なまま時間が経っちゃいます。

その未来のない思考の繰り返しを永遠にやりつづけてしまうのが、神経症のひどいところです。
だから、最初は少しでもいいから、神経症に立ち向かう覚悟をも身に着けていきましょう!


職場や学校での人間関係の悩みを解決させる思考

2010-10-24 | 僕の対人恐怖症・社会不安障害が治った経緯を公開

学校に行っても職場に行っても人間関係でへとへとに疲れてちゃってる人が多いと思います。
いじめを学校や職場で受けている人は別ですが、そうじゃない人でも人間関係に振り回されて、うつ病になったり社会不安障害が発症しているケースが山ほどあるみたいですね。
人間関係への攻略法を身につけないと、ずっとストレスを抱える悲惨な苦しい苦しい人生になってしまうわけだけど、攻略法って、要は自分が変わることで身につきました。
本を読んでうまい人間関係向上方法を探そうとしてきたけど、自分を変わることを無視して「うまく何とか切り抜けてやろう」という小ずるい考えをしていたから、何にも身につかなかった・・・

僕は学校でいじめを受けてきたから、トラウマを抱えてしまって対人恐怖症、視線恐怖症になってしまったけど、だからこそ、「人と調和しなくちゃダメだ」「浮いたり、攻撃されたりしないようにしよう」「できればよく思われたい」という気持が強かったです。
これもいじめのトラウマの後遺症(もうこれ以上傷つきたくない! 耐えられない!)なんでしょうけど、こういう思考の人が、今までうまくいった試しなんかないと思います。
一時的に切り抜けても、長くは続かないはずです。やればやるほど自分を無くして、うつ状態になります。

岩波先生の克服プログラムに悩みで参加している人は、例外なくそうじゃないかな~。
本当に人間の心理とか人間関係の機微って面白いなと感じるな。それって、岩波先生のように「人が俺を笑おうが、変な眼で見ようが、勝手にしてろ!」と思って生きている人間ほど、めちゃくちゃ人間関係がいいし、かつての僕みたいに「人とうまくやりたいな、仲良くしたい!」と強く願えば願う人間ほど、ますます人から浮いたり、疎外されたり、攻撃されたり、いじめの対象になったりしちゃう……。

もう笑うしかないな。でも、そこに真理が潜んでいると思う。
人間ってもろいですね。人から攻撃された人ほど、「勝手にしろ!」と思えるかというと、「うまくやらなくちゃ」の思考に陥るんだから。
僕は先生の神経症克服プログラムを受けている時、他の人がそうやって当たり前に陥る思考や受け止め方(認知の歪みがほとんど)を、僕自身やったって、悩み解決はできないなと気づきました。
いわゆる逆転の発想が必要と身に染みてから、岩波先生の考え方、思考パターンを受け入れる余地が、僕の潜在意識の中でできたと思う。

うまくやる必要なんてないんだ、なぜ人とうまくやらなくちゃいけないわけ? あくまで自分が主体的に生きて、人は「従」じゃないかと、暗示を入れてから、変わっていけた。
そうなると、不思議と(というより、当たり前のことと書いた方がいいかな)、人間関係で悩んだり焦ったりしないし、逆にうまくいくようになったです。

さらに僕はいじめのトラウマをうまく利用できたと思います。ルーツ分析をしていた気づいたことだけど、今までいじめを受けてきたということは、つまり「人とうまくやっていなかった」。今さら、人とうまくやっていくことなんかないじゃないか、と。自分の好きに生きてやる、それだけだと。
もちろん、この社会では好き勝手に生きることは、なかなかできない現実があるけれど、そんなもの好き勝手に生きるために、ちょっと折り合いつけて、合わせてやってやってるだけで、前ふりの段階なんだと心の底では思って生きてます。

今まで上に書いたとおり、うまくやろうと努力してうまくいかなかったんだし、結果はわかっているはずなんだから、もううまくやらないぞって。そりゃ、潤滑油を人との間に流しますよ。だけど、そんなもの所詮潤滑油であって、僕の本心じゃない。僕はかなりそういう意味じゃ、強かに生きていると思います。そこが岩波先生のプログラムに通った大きな財産だと思ってます。

せっかくトラウマや悩むルーツがあるんだから、それを都合がよく解釈できれば、かなり生きやすくなりますよ。簡単には最初いかない人も多いだろうけど、潜在意識に眠る資源を使わないのはもったいない。何でも考えたか、捉え方一つで人生はガラッと変わります。認知の歪みにも気づかないといけないけど、自分が何ものだったのか、何ものになりたいのか、過去を分析して、現状をしっかり把握して、未来への目標設定をしっかりすることも必要だった。

このブログ記事に関係した岩波先生の言葉・講演集へのリンク


神経症が治った理由。克服に必要だったこと 泣くこと(感情の抑圧発散)の必要性

2010-09-14 | 僕の対人恐怖症・社会不安障害が治った経緯を公開

僕は男ですが、神経症(対人恐怖、視線恐怖、社会不安障害)だったとき、ぼろぼろになって大泣きしたかったです。
感情には苛立ちとか焦りとか恐怖感、不安感と言ったマイナスのものもあるし、喜び、快感、楽しさ、うれしさなどプラスの感情もありますよね。
人生はやっぱり喜びの感情で充たされた方がいいと思うし、そうじゃなきゃ生まれてきた意味がわからなくなる。

が、しかし神経症はそのすべてを破壊してしまいます。
そういえば、「泣く」ってどんな感情なんだ?
哀しいから泣くし、嬉しいから泣く。

苦しい時こそ泣いて、心の平穏を取り戻そうというのが今回の主旨です。
僕は神経症の時、ほんとうにきつくてよく泣いていました。
かといって、中途半端な涙だったので、心ゆくまで泣いた経験がありませんでした。
男というところでプライドがあったんでしょう。
本当は泣いて泣いて泣きたかったし、それくらい辛かったな。
そうしたら心を幾分か落ち着けて暮らすことができたと思う。

泣く感情すら出なくなったら、かなりやばい状態だそうです。
というのは、感情をぐっと殺すことで、悩みに対処しようとする無意識の防衛が働くためで、そうなると、生きている実感がなくなり、離人感にまで至るようになるそうです。
感情が死んでしまうってことは、本能も死んでいっていると言うことなので、悩みはそこまでいくと本当に大変なことになります。
感情が発散できないままいくと、妄想や幻聴が出てきて、統合失調症に進むと言われています(元の資質もあるそうですが)。

だから、いま涙に明け暮れている人は、すごくいいことだと捉えよう!
理性なんか取っ払って泣いちゃおう!
大泣きしたあとは、すごく気持が安らぎ、静かな闘志が湧いて出てきます。
そう、理性がここで僕の場合重要になりました。

どうして理性でなくことを抑えてしまうけれど、それじゃ発散にもならないし、ただ苦しい状況を確認するだけになりかねない。
僕は岩波先生の神経症克服プログラムで、深いトランス状態を体験して、さらに条件付けされて深まっていくと、感情がわっと出てきました。
こういう経験は、通われている多くの人がしていることですが、僕自身もそうなれたことはすごく嬉しかったです。
といっても、大泣きしていたので、哀しいやら何やらで、うれしいかどうかその時はわからなかったけどね。

理性のリミットが外れた時、無意識に抑圧してきたものがわーっと出てきた状態でした。
それぐらい深いトランスに入れさせてくれて、またその訓練を指導してくれた岩波先生には今も感謝は絶えないけれど(他の人ではなかなか難しいだろうな)、心がすっかり軽くなった気持は今思いだしても、心が洗われるようですね。

だから、泣くことの重要性を僕は身に染みて感じています。
悪いことじゃないと! だから中途半端に泣かず、とことん理性を外して赤ちゃんのように全身全霊で泣いてみよう!

そういや深いトランス状態にはいると、子供に退行する人がいるが、僕もその時退行していたのだろうか? 赤ちゃんの状態になっていたのではないか?
今となってどうだったかわからないけれど、それぐらい思いっきり全身全霊「それだけ!」といっていいくらい泣いちゃいました。

注意:泣く人もいれば、怒りがこみ上げてくる人もいます。それはその人の経験してきたルーツや抑圧の種類によるもので、とにかく感情がわーっと出てくるのはいいことです。
集団の時、初めての人は特に驚かないようにしましょう。
そこまでできるのは先生ぐらいしかいないと思うけど、初めてだとショックを受けますから。
こんなに人間の抑圧ってすごいんだなと。

日常で抑圧を溜めないためにも、この「泣く」ことをオススメします。
抑圧ははけ口がないと積もっていくだけだから。
男だって女だって関係ない!
泣く時は赤ちゃんのようにプライドと理性を捨てて泣こう!
呼吸法をやっている人がいたら、感情が出てきた時に無理に抑えないように。
家族がいたら、人がいないところで呼吸法をやって思いきり発散しよう。

すっごくすっきりするから!


everyman

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