アメージング アマデウス

天才少年ウルフィは成長するにつれ、加速度的に能力を開発させて行きました。死後もなお驚異の進化は続いています。

三界の夢 そのⅩⅣ 天下布武

2017-02-21 20:27:15 | 物語
そのⅩⅣ 天下布武

 天正四年(1576)、織田信長は後に安土桃山時代と呼ばれる元となった、地上
六階、地下一階で吹き抜けを持つ安土城を琵琶湖東岸に築いた。
 この日本では克ってない、豪華絢爛で煌びやかな城は天主(本来は天守)閣が
聳えて、あたかも日本中とは言えないまでも、京都と近畿を威嚇していた。
 天主閣・・・? 信長は神に成ろうとしていたのだろうか?

 織田信長が怖れていた武将、武田信玄に継いで上杉謙信の死で天下布武は加
速度を増し、粗成し遂げられた。

 明智光秀と光晴主従は、琵琶湖畔を坂本城目指して騎行していた。
 光晴は安土城を振り返り、今更ながら華やかさに眼の眩む思いだった。
「あんな城は見たことは有りません」
「あれは城では無い」
 光晴には良く聞こえなかった。安土城に気を取られ、光秀と離れてしまった
からだ。
 馬を急がせて光秀と並ぶ光晴の耳に再び光秀の声が届いた。
「あれは城では無い。西洋の大聖堂と呼ばれている建物じゃ」
「大聖堂?」
「神の仮御殿である。故に天守ではなく天主と呼ばせておる」
 牡丹のような雪がちらついて来た。
 手のひらに雪の結晶を受ける光秀。
 その結晶は手の温もりに堪えられずに直ぐ消えた。
「最後の雪かも知れぬ」
「はい、近頃は寒の厳しさも随分と揺らいで参りました」
「信長公は今朝、御馬揃えを命じられた」
「御馬揃え?」
「朝廷と大名、末は民百姓の隅々まで、信長軍の威容を見せつける為じゃ」
 そう言うと、光秀は何事か思い出したのか、苦笑を浮かべた。

「日向(ひゅうが)よ」
 信長は光秀をいつもこう呼ぶ。陰日向のない武将と、将来は九州を平定せよ
との寓意が込められていた。
「これ日向。京で御馬揃えの支度と、采配を致せ」
 光秀が苦笑したのは、この後の言葉故であった。
「吝嗇も大概に致せ。金にいとまを付けるで無いぞ。足り無ければ安土の蔵か
ら幾らでも出す。いや、それよりも猿にでも借りろ」
 光秀が又笑った。今度は吹っ切れたのか、からりとしていた。
 信長の言葉は更に続く。
「良く聞け、金柑頭。そちの家臣で名だたるは、稲葉一鉄から盗んだ斉藤利三
位であろう。惜しむな、武将は戦の華である。新規に募れ。募って、御馬揃え
では騎馬隊を三隊組織し、騎馬戦を見せろ。この信長に恥を掻かせるな」
 
 斉藤利三は明智家の筆頭家老で、末娘お福は後の三代将軍家光の乳母とし
て、大奥で権勢を欲しいままにした春日局である。

「殿、風の斡旋で武田の浪人三十名を召し抱えました」
「三十名か? 家康は随分と召し抱えたというぞ。まあ良い、武田の残党なら
騎馬術に長けておろう。隊長の人選は抜かるな」
「畏まりました」
「それから、三十名の騎馬上手を二隊組織せよ」
「合わせて三隊? いかが致します」
「来たるべき御馬揃えで仮の騎馬戦を演じさせる為じゃ」
 光晴には過ぎた命令だった。六十名の騎馬武者は何とでもなるが、その隊長
に心当たりが無かった。
「一つお訊きして宜しいでしょうか?」
「なんだ、改まって」
「以前、殿はわたくしに、菩薩に復讐を願った時に、人では無くなったの言わ
れましたが、近頃は随分と人臭くなったと思います」
「悪魔に魂を売ったのじゃ。わしと同時にな。悪魔は人の心に住み着いて、悪
さをしたり、人を殺めたりするが、それも数年の間だけ。悪魔は気紛れでな。
そなたは十分に立派な人として成長を遂げた」
 光晴は、今では斉藤利三と並んで家老職を勤めていた。

 天正9年2月28日(1581年4月1日)、京都内裏東にて御馬揃えが行われた。
 一番隊・惟住五郎左衛門尉長秀(丹羽長秀)。
 二番隊・蜂屋兵庫頭(蜂屋頼隆)。
 三番隊・惟任日向守(明智光秀)。
 四番隊・村井作右衛門(村井貞成)。
 越前衆・柴田修理亮(柴田勝家)。
 その他にも、欧風の甲冑にビロードのマントと傾きを尽くした信長本人は勿
論、御連枝の御衆に公家衆と織田軍団を総動員する大規模なものだった。
 正親町天皇も招待され、馬術に通じた公家には馬揃への参加が許された。

 今風に言うと、フリー参加型の大イベントで、公家から大名、一般庶民も観
覧を許され、軍団と観衆の総数は十万位に成ったと想像できます。

「でかした日向」
 信長は光秀を呼びつけ、珍しくも上機嫌で褒めあげた。
「よくぞここまで。見事で有る」
「なんの上様、見物はこれからで御座る」
 光秀が采配を頭上で振ると、蒼揃いの甲冑に漆塗りの面を付けた騎馬武者が
信長に大長刀を捧げて、
「馬上故、御免仕る」
 大音声で呼ばわった。
「日向、あれはお前の家臣か?」
「燦候」
 また一騎、今度の武者は萌葱揃で長槍を頭上で勇ましく旋回させていた。
「我が槍と騎馬術を御覧じ有れ」
「オウ! 承った」
 思わず信長が鬨の声を上げると、全軍団が声を揃えて雄叫びを上げた。
「エイ、エイ、オー! エイ、エイ、オー!」
 或る者は箙を叩き、或る者達は槍刀を打ち鳴らしあった。
 信長の顔が興奮で紅潮していた。
 今度は空馬が駆けてきて信長の前で止まると、前足を折り曲げて御礼を捧げ
た。
「今度はなんじゃ?!」
「上様の御前ではあるが、姿を現せ!」
 光秀が叫ぶと、騎馬の上に姿を現す、紅に燃える甲冑に面の武具で揃えた武
者、襷に掛けた長刀を抜き放って頭上に掲げた。
「尻れい仕る!」と、言うや否やくるりと身体を回転させ、そのまま駆けて行
った。
「あの者は軽業師か?」
「なんの、実戦でも強う御座る」
 天皇も公家も、騎馬武者達も観衆も皆ヤンヤの大喝采を上げた。

 三騎の武者は、それぞれ蒼、萌葱、赤で揃えた三十騎の先頭に立った。
「方円! 方円の陣」
「オオッ!」
 槍で揃えた萌葱の騎馬武者が大将を囲んで林のような槍衾を作った。
「偃月(えんげつ)」
「畏まった!」
 蒼の部隊は、大将自らが大長刀を振るって敵陣に攻めかける態勢をとった。
「我らは車掛じゃ!」
「承った!」
 赤の武者達は一斉に刀を抜き放った。
 この三十騎は、川中島で謙信の取ったこの陣形に苦しめられた武田の残党
で、名だたる赤揃えの騎馬武者揃い。

 蒼の大将が萌葱の槍衾に攻めかかった。
 一方が崩れかかった。
「静まれ! 整えて堪えよ」
 大将の下知で態勢を整える萌葱部隊。
 今度は別の方から、赤の武田武者が車掛かりで次々と突っ込んで来た。
 どうやらまず萌葱部隊を滅ぼしてから、蒼と赤で決戦をする作戦だ。
 堪らず崩れかかった部隊に大将が命じた。
「背水の陣を敷け!」
 萌葱隊は築地塀を背に必死の陣形を取った。

「実戦ではああは上手くいかぬぞ」
 信長の問に応える光秀。
「なんのなんの」

「鋒矢」
「魚鱗」
 目まぐるしく陣形を変えて鬩ぎ合う三隊。
 実戦宛らの迫力だった。

「日向、あの三名をわしに譲れ」
「恐れながら、上様の仰せでもこれだけは適いませぬ」
「相変わらず吝い奴じゃ」
 顔を合わせて共に高笑いする二人。

   2017年2月21日   Gorou

三界の夢 そのⅩⅡ 風雲(改訂版)

2017-02-21 03:36:35 | 物語
そのⅩⅡ 風雲

 丹波屋の京屋敷では、明智光秀と里村紹巴が主催する俳句連歌の会が度々行
われていた。
 天正6年(1578年)3月10日にも開かれた。
 この時は、連歌会の後、茶懐石が持て成され、続く宴の席では京で評判の琵
琶法師の平家語りが聴けると言う

 その前日、丹波屋宗右衛門の妻女ヨシと娘ヨシコが丹後から入京していた。
連歌会と茶懐石を心を込めて持て成すためだ。
 琵琶法師芳一が丹波屋京屋敷に到着すると、主と妻女が門まで迎えに出てい
た。
 妻女のヨシは目の見えぬ芳一を労り、手を引いて導いて呉れた。
 春爛漫の陽気のように温かい手だった、優しい心が掌を伝って芳一の心を和
ませてくれた。あの時の建礼門院徳子が思い出された。
「法師様は、・・・」と、ヨシは少し言葉を詰まらせた。
「何で御座いましょう?」
「不躾をお許し下さいませ。お目は、生まれつきなので御座いましょうか?」
「いいえ、十に成った冬に突然見えなく成りました」
 ヨシの顔が青ざめた、その後見る見るうちに喜色で輝いた。もしや・・・?
「お名前を聞かせては頂けませんか?」
「芳一と申します」
「良い響きの素敵なお名前ですわ」
 声が震えていた。
 ヨシは迷った。名乗るべきかどうかを。
 ここは一端心の内に秘めると決意した。

 ヨシとヨシコの母娘は日本海に漂う小舟から、丹波屋の大船に助けられ、妻
と成り娘となったのだ。
 不思議な事が有った。生まれつき目が見えなかったヨシコの目が突然見える
ようになったのだ。
 ヨシコは芳一の目が見えない事と何か関係が有るのかと不安を覚えたのだ。

 翌十八日、早朝から連歌会の参加者が続々と集まって来た。
 明智光秀と光晴が玄関に入ってくると、ヨシが光秀の腰の物を預かり、娘ヨ
シコが光晴の刀剣を両手で拝むようにして抱きしめた。
 光晴が娘を見詰めると、ヨシコは頬を染めて俯いてしまった。
 そんな光景を、丹波屋で行儀修行をしていた火が垣間見ていた。今は楓と名
乗っている。

 茶室で、光秀に茶を立てている丹波屋。
「宗右衛門殿、先日の話ですが、光晴には過ぎた話と存じますが、・・・」
 が、の後が気になって宗右衛門は茶筅から目を外して光秀を見詰めた。
「謀反人の汚名を着せられ、惨たらしくも滅ぼされた荒木の家に嫁いでいた、
長女結衣が坂本城で哀しみに呉れておりまする」
「あれは。あまりにも御無体な仕打ちで御座いましたなあ。一族郎党、女も子
供も磔にするなど、人の成せる業では御座いません。不幸中の幸いでしたな、
明智様の結衣姫が御実家にお帰りになれたというのは」
「信長は人に有らず、魔王であるからな。結衣を帰してきたのは、この光秀を
更に追い使う魂胆」
「信長様は明智様の御器量がお分かりなのです」
 前に差し出された茶碗の抹茶をうやうやしく口に運ぶ光秀、そこで大げさに
溜息を付いた。
「実は宗右衛門どの。結衣を光晴に嫁がせようと思っています。結衣を幸せに
出来るのはあの者しかいないと思っています」
「それは良う御座います。なに、丹波屋風情の商人の娘を御正室となど思うて
おりませぬ。どうか側室の一人に加えて下され。うかと口を滑らしてヨシコに
は悟られてしまいましてな、大層気に入っております」
「話は変わるが、謙信公御上洛の大号令が出たそうです。手取川で勝家軍を撃
破してから二ヶ月。・・・今頃春日山では戦支度に湧いておりましょう」
「いよいよ、・・・ですか?! 私共も励めねば成りませんな」
 謙信の上洛が実現した時には、丹後の明智軍が先鋒を勤める、との密約が成
っていた。

 その頃、光晴は別室で控えていた。
 襖の開く音がして、絹擦れの音が近づいて来た。
 その若い女中は、光晴の前に抹茶を置いた。
 茶碗を取り上げる光晴を穴の開くほど見詰めている娘。
「わたくしが立てましたのよ」
「有り難く頂戴いたします」と、抹茶を一口飲んで顔を顰めた。恐ろしく苦か
ったのだ。
「おいしう御座いましょう」
「はい」と言って、光晴も娘を見て小首を傾げた。
「お世辞と嘘はいけませぬ」
 娘が笑った。
ようやく火だと気付く光晴。なんという娘だ、変幻自在、狐狸の類いかも知
れない。

 煌々と篝火が庭園と舞台を浮かび上がらせ、夜桜が乱舞を見せる中、芳一の
平家語りが始まった。

♪ 祇園精舎の鐘の聲、諸行無常の響あり
 観る者は皆、それぞれの想いの中で傾聴している。
 芳一の実母ヨシは名乗り合わぬ長男の琵琶と謡いに涙を溢れさしていた。
 ヨシの夫・宗右衛門、実は桓武平氏の子孫だった。夢枕にたった建礼門院徳
子の訴えで、芳一の訪問は前もって知っていた。また、土岐源氏の明智光秀の
支援をするのは奇縁とは言え、全身全霊で明智氏を援助する覚悟が有った。ヨ
シコを光晴の側室にと請うたのは本心からである。

♪ 沙羅雙樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす
 散花が風に舞った。
 花の気配を感じた芳一が眼を開いた。何も見えなかったが、家族との再会
が、尼御前の予言として実現すると念じ、信じていた。
 今は翠と名乗っている林は、これは運命の出会いだと確信した。今までにこ
んなに胸がときめいた事は無かった。ああ! 法師様の眼となってお護りした
いと願った。
 突然、芳一の琵琶が激情のままに、荒々しくかき鳴らされた。

♪ 驕れる人も久しからず、唯春の夜の夢の如し。猛き者もつひには滅びぬ
 稚葉と名乗っている風がそっと光秀の袖を引いた。
 光秀が風を見返ると、悲痛な面持ちで見詰めていた。
 また、琵琶が凪のそよ風の如くに静まった。
 
♪ 偏に風の前の塵に同じ

 別室で、風が光秀に唯ならぬ形相で口を開いた。
「ただ今急使が参りました。お屋形様が、謙信公が病を得、昏睡状態に陥った
との事」
「なに! 本当か?」
 風の顔が不安でおののいていた。
「我ら三人は春日山に急行して真偽を確かめまするので、駿馬を九頭馳走して
下さりませ。風と林と火が越後へと、今から直ぐにも立とうと思います」
「いかにも、馬など容易い用じゃ。騎馬武者の一隊でも光晴に率いさせて同行
させようぞ」
「無用に御座います。恐れながら足手纏いになりまする」
「相分かった。向後の事は、お主達の知らせを待とう」
「御免!」
 溢れ出そうになる涙を断ち切って、風は雄雄しく立ち上がった
   2017年2月18日   Gorou

三界の夢 そのⅩⅢ 夢と栄華と酒

2017-02-19 19:57:50 | 物語
そのⅩⅢ 夢と栄華と酒

 天正5年(1577年)12月18日、謙信は春日山城に帰還し、12月23日に上洛の
大動員令を発した。翌3月15日に遠征を開始する予定だった。
 しかし3月9日、遠征の準備中に春日山城内で倒れ、3月13日の未の刻(午後2
時)に急死した。享年49。
 遺骸は甲冑に太刀を帯び、甕の中へ納めて漆で密封された。

 三姉妹が春日山に入城したのは三月十三日の夕刻だった。
 城内が戦支度でごった返している中、家老直江景綱が大手門で出迎えた。
 騎馬から飛び降りた三姉妹は、よろける身体に鞭打って景綱に傅いた。
「お屋形様のご容体は?」
 城内の斯様な戦支度、もしかしたらご回復になったのかと思う三姉妹。
「一刻遅かった。謙信公は身罷れた」
 風は聞き間違いかと願い、重ねて尋ねた。
「お屋形様は?」
「くどい! お亡くなりになった」
 驚愕の事実を突き付けられ、三人とも地べたにへたり込んだ。
「苦労であった。見ての通り城は困窮を極めておる。そなた達を構うている余
裕が無い。あれ成る小屋で疲れを取るが良かろう」
 三姉妹が景綱の視線の先を見ると、粗末な見張り櫓が有った。
「御葬儀はいずれにて?」
「城内の不識院に埋葬されると決した」
 景綱は林の問にも素っ気なく応えた。埋葬は決したが、葬儀の予定はたって
いないという事だ。
 大地を渾身の力で踏みしめている景綱、顔面蒼白なれど、両の眼は不退転の
決意でランとして輝いていた。
「そなた達は、休息を取った後、明日の夜までには城を出るのだ。明日以降は
越後に二度と踏み入れては成らぬ」
 上杉家と三人姉妹との決別宣言だった。
 踵を返して悠然と歩く景綱の袂からひとひらの和紙が零れ、春の風に舞うよ
うにして風の足下に落ちた。
 景綱が膝を落として蹲り、右手の拳を大地に叩きつけた。眼からは止めども無く涙が溢れ出てき
た。これから始まる内乱、上杉景勝と上杉景虎の跡目争いを纏める自信が無かったのだ。

 和紙を拾い上げる風。

 極楽も 地獄も先は 有明の 月の心に 懸かる雲なし
 四十九年 一睡の夢 一期の栄華  一盃の酒 嗚呼 柳緑 花紅

 その紙には謙信の辞世の句が書いてあった。謙信直筆とは思えないほど無骨
な筆跡だった。

 その夜の内に、三姉妹は春日山城を出た。
 春日山城は夜通し篝火が焚かれており、読経とも鬨の声とも分からぬ雄叫び
が続いていた。將も兵卒も異常な興奮状態に違いない。

 三姉妹は、夜明けまで闇に浮かぶ春日山城を見ていた。
 今は忍び衣装に着替えていた。
 丹波屋の匠達が極めた技で織り上げ、魂魄の限りを尽くした金色の鎖帷子は
幾重もの漆が塗ら
れていた。
 蒼、萌葱、紅の領巾がそれぞれの首から、棚引く雲となって揺らめいてい
た。
「風よ、我らは向後をいかに生きれば良い?」
 街外れの古刹、その大木の枝に立って、林が風に聞いた。
「林よ、あなたは忍びには向かぬ。法師殿の眼となって供に平穏な人生を歩む
が良い」
「いやじゃ。わたくしは姉上と共に生きる覚悟」
 枝に止まる大鷲が如く、毘ける(たすける)の一文字を染め抜いた謙信の旗
印が三姉妹の背中ではためいていた。
「風よ、わしはどう生きれば良い?」
「火よ、お前は忍びの為に生まれた娘じゃ、わたしと共に来るが良い」
「ウオーッ!」
 火と林が、雄叫びを上げて風に応えた。
 風だけが嘆き悲しみ、頬を涙が伝っていた。
 今当に夜が開けんとする暁の中、春日山城の上空に龍が如き雲が飛翔してい
た。
「おおーッ! あれは龍ではないか」と、火。
「謙信公の御霊が龍になった」と、林。
 風は慈しみの顔を雲に捧げて、こう言った。
「お屋形様は、三界から解脱なされたのだ」

 極楽も 地獄も先は 有明の 月の心に 懸かる雲なし
 四十九年 一睡の夢 一期の栄華  一盃の酒 嗚呼 柳緑 花紅

    2017年2月19日    Gorou

三界の夢 そのⅩⅠ 青苧

2017-02-15 21:13:03 | 物語
その十一 青苧

 設楽原の戦法は、信長の敵対勢力に脅威を与えた。
 信長を巡る戦局は風雲急を告げたのです。

 天正3年(1575年)六月。謙信は越後平野の視察をしていた。相変わらず供
は小姓が数人であった。
 一面は稲田、では無く青苧(あおそ)畑であった。
 謙信の時代、越後の経済基盤は米では無く、青苧から作る繊維だった。
 謙信は青苧座を設け、各地に売って大儲けをしていた。特に力を入れていた
のは矢張り京であった。豪商越後屋と丹後の丹波屋に競わせていた。

 斜面に大きな青苧畑が有った。
 三人の百姓娘がいそいそと働いていた。長身の二人は畑から首を出していた
が、小柄な小娘は見事に成長を遂げた青苧の茎葉に隠れていた。
「良き眺めである」
 謙信は上機嫌で、柿の大木の根瘤に腰をかけ、瓢の酒を飲んだ。
「肴は柿が良い」
 小姓の一人が柿の大木によじ登って、柿の実を一つ取ってきて謙信に捧げ
た。
「うまそうだな。そなた食べてみよ。ゆるす」
 それを聞いていた畑の小娘が駆けだした。
 柿を囓る小姓、苦さに顔を歪めながらも飲み込んだ。
「馳走仕った」
 小娘が謙信に駆け寄って、柿を手拭いで丹念に磨き、謙信に差し出した。
 火だ、さすがのこの娘も謙信の前では比較的行儀が良かった。
「上手い! 美味じゃ」
 嬉しそうに微笑む火。
「何故甘柿と分かった」
「小鳥が突いていましたもの」
「若いのに、物の道理が分かっているようじゃな」
 少しふくれ面を見せる火。
 風と林も畑から出て来た。
 大きな筵で巻いた物を二人で抱えて謙信の御前に傅いた。
「いつもながら苦労である。そなた達の報告は、どの物見からよりも面白
く、役に立った」
 そう言いながら三人をジロジロと見る謙信、忍び衣装を着ていない三人娘を
見たのは初めてだった。
 忍び衣装では無かったものの、三人はそれぞれ青と萌葱と紅に拘っていた。
「似おうているぞ、わしは忍び衣装よりもこの姿の方が好きじゃ」
 三人娘は頬を赤らめて頭を下げた。
「青苧で作ったのか?」
 風が顔を上げて謙信を見詰めた。
「はい、越後屋に仕立てさせました」
「そうか、してその筵の中身はなにじゃ」
 二人が筵を解くと巨大な種子島が出て来た。
「ほーう、それが噂の大筒か?」
 風と林が大筒を肩に支え、火が引き金に指をかけた。
「このようにして放てば百発百中、凄まじい破壊力を発揮しまする」
「信長はこれをどれくらい所持しておるのか?」
「確かな数は分かりませんが、千挺位は手に入れておるかと?」
「堺、根来、国友で造らせております」
「根来と国友からは無理でも、堺からなら、丹波屋を通じて可能かも知れぬ、
だがな、手練れの弓兵と槍武者の破壊力も侮れぬぞ」
「お屋形様に何か策がお有りなのですね」と、林が尋ねた。
「有る。・・・ところで、今日は真に良き天気じゃ」
 空を見回す謙信。
 三姉妹も、それぞれに空を仰いだ。
 晴天が続く中、遙か西の彼方に雲が湧いていた。
「風よ、雨は来るか?」
「はい、二刻ほど後には必ず」
「わしは雨を待ち、夜襲を仕掛け、平原では信長とは戦わぬ」
「それこそ毘沙門天の知恵で御座います」
 三姉妹は、今更ながら頼もしきお屋形様、謙信に絶大な信頼を寄せた。
 風が懐から書状を取り出して謙信に渡した。
 ざっと目を通す謙信、満足げに大きく頷いた。
「何よりの馳走じゃ、一向一揆に悩まされず信長に全力を注げる」
 書状は本願寺蓮如からの盟約だった。
 風が謙信の顔色をうかがいながら、
「真に恐れ入りますが、お屋形様にお願いが御座います」
 風を見詰めて、謙信は顔で何かと聞いた。
「我ら、京に隠れ家は手に入れました。が、甲斐の山奥で育てられた為、女と
しての行儀作法に欠けておりまする」
「特に火にはな」
 頬を膨らませる火。
「どなたかに紹介して呉れませぬか?」
「分かった、越後屋ではまずいな。丹波屋が良い、文を認める、丹波屋は悪い
ようには決してせぬ。・・・間男でも作るのか? 作って誑かすのか?」
「さあ?」
 意味ありげな微笑みを浮かべた三姉妹は、大筒をその場に残し、青苧の着物
で走り出した。

 青苧は別名が多く、紵(お)、苧麻(ちょま)、山紵(やまお)、真麻(ま
お)、などである。
 謙信は真麻と間男(まお)とで謎をかけたのだ。

 三姉妹は、丹波屋で行儀作法の修行に励んだ。
 不満を浮かべたのは火だけだった。
「こんな行儀作法など、何の役に立つ? 忍びの修練の方が遙かに楽じゃ」
 そんな火を、風と火が宥めたり、賺したりして機嫌を取った。
「火よ、これは信長に疑われずに近づく為の修行、疎かにするでない」
「分かった。我慢する」
 火にとって風は母親代わりで逆らう事が出来ない。
「光晴とは逢っておりますのか?」
 林の言葉で、忽ち相好を崩す火、無邪気な笑みを浮かべた。
「逢うておる。わしは」
「これ、火よ」
 風が窘めた。
「うむ、わたくしは光晴様を益々好きになりました。光晴様もわたくしを好い
てくれております」
「良きかな、それも励め」
 火は少し悲しかった。光晴との事は利用したり、誑かす為に近づいたのでは
無い。本当に好きになっていたのだ。

 丹波屋で修行に励む三姉妹の元に悲報が届いた。

    2017年2月15日    Gorou

59回グラミー賞

2017-02-14 11:06:03 | ポップス
 私は今、59回グラミー賞を見始めた所です。
 女横綱アデルと女剣闘士ビヨンセの一騎打ちムードだそうです。そこに小僧
ッ子ジヤスピン・ビーバーが果敢に挑むそうです。
 私はこれからの時間を十分に愉しみたいと思います。
 皆様は結果をきっと知っているのでしょうね。十三日の昼頃には発表されて
いた筈ですから。
 私は原稿に追われてニュースも見ていませんから何も知りません。
 ようやく深夜に手があいて、そろそろ寝ようかと思いましたが、グラミー賞
の録画を思い、つい見始めました。
 トップはアデルのハローでした。陽炎のような大きなアデルが巨大スクリー
ンで歌い、本人は円形の舞台でビートの利いたドラムに乗って迫力満点に歌い
上げています。
 この先は改めて投稿する積もりです。
 取りあえず、お休みなさい。
 わたしは朝まで寝られそうも有りませんがね。
   
 おはよう御座います。
 アデル堂々の寄り切りで圧勝でした。五冠に輝いたのです。
 アデルが先に歌い。
 ビヨンセが少し後で登場しました。
 この日のビヨンセはいつもと少し違っていました。千人もの母と登場して、
母なる者の賛歌を神秘的な映像でパフォーマンスしていました。
 ビヨンセは黄金色でキラキラと輝き、後光まで射していました。
 アデル危うし。

 アデルが再登場して、ジョウジマイケル追悼でFirst Loveを歌いまじました
が、始めから少し変でした。自身なさげもごもごと歌っていました。音も外し
ていました。バックバンドは得意のピアノと弦楽合奏でしたが、伴奏にも乗っ
ていません。
 彼女、この歌初めてかしら? と思い乍ら聞いていると、アデルが歌うのを
やめてしまうでは有りませんか。
 彼女は観客に詫びて、最初からやり直させてくれと頼みます。通常はこのよ
うなライブでは誤魔化して済ますのですが、とても好感が持てました。
 最初から歌いなおしました。いくらか増しに成りましたが、アデルとしては
とても不満な出来です。すこしづつ調子を取り戻して歌い終わると、アデルは
無涙ぐんでいました。ジョウジ・マイケルのこの歌が好きで、平常心が保てな
かったのですね。
 この日のライブでは何人かが音を外したり、マイクトラブル等も見られて、
全体的には58回の方が完成度が高かったと、わたしは思いました。
 デビットボーイのブラックスターも受賞したのは良かったですね。

2017年2月14日   Gorou