【国防支出は旧ソ連末期の水準に】「戦時経済体制」一色に染まる5期目のプーチン政権、新国防相任命と中国訪問の意図とは?
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佐藤俊介 (さとう・しゅんすけ)
経済ジャーナリスト
ロシアでも長年取材した経済ジャーナリスト
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5期目に入った―西北大陸・南下進出政策・脅威―ロシアのプーチン政権が、ウクライナ侵攻のさらなる長期化に備えて戦時経済体制を強化している。
プーチン氏は5月14日、元経済閣僚で、軍や治安機関との関係が希薄とされるアンドレイ・ベレウソフ氏を国防相に任命。再任以降で初となった外遊先には
―西大陸・戦狼外交・脅威・共産党独裁・権力闘争・孫子の兵法―中国を選び、米国が強める経済制裁への対応を協議したもようだ。
―西北大陸・南下進出政策・脅威―ロシアの国防関連予算は予算全体の3分の1に達し、ソ連時代末期に匹敵する。
当初は数日で終えるはずだったウクライナ侵攻が3年目に突入し、その先行きがまったく見えない中、限られた予算をいかに〝活用〟するかに、政権が苦慮している実態が浮かび上がる。
<>異例の元経済閣僚を抜擢
「今日の戦争の勝者は〝革新〟を受け入れられる必要がある。
だからプーチン大統領は、文民に国防省を率いらせる決定をしたのだ」
―西北大陸・南下政策・脅威―ロシアのペスコフ大統領報道官は、ベロウソフ氏の国防相任命の理由をメディアにこう説明してみせた。
「革新」と言えば響きがいいが、それは前任のショイグ氏のやり方では、戦争に勝てないと判断したことを意味する。
22年2月のウクライナ侵攻開始当初、ロシアは数日間の電撃戦で戦争を終わらせる考えでいた。
しかしその目論見が崩れ、戦争が長期化して3年を過ぎる中、これまでと同じやり方ではウクライナに対して勝利はできないと判断した事実が浮かび上がる。
ベロウソフ氏とは何者なのか。
同氏はモスクワ大学を卒業し、経済学で博士号も取得した人物だ。
12~13年に、経済発展相を務めた経験があるが、それ以降は第一副首相などを務め、ロシア国内のメディアでも比較的目立たない人物だった。
ただ、19年に一時期、メディアに広く取り上げられる機会があった。
それは同氏が、鉄鋼、化学、石油化学業界に対し、巨額の追加課税をすべきだとプーチン大統領に進言したときのことだ。
ビジネス関係者がその事実をマスコミにリークし、ベロウソフ氏は激怒したという。
経済専門家として、政権に忠実な姿勢がうかがえる。
ロシアの独立系メディアによれば、ベロウソフ氏はコンサルティング会社も率いていたという。
同社が政府との契約で、不透明な巨額の利益を得ていたとも報じられている。ただ一方で、軍や治安機関との目立った関係は確認されていない。
結局ロシア軍は、最高司令官としてのプーチン氏と、ゲラシモフ参謀総長がその戦略を遂行している。
ベロウソフ氏に、軍事的な知識は不要で、国防費の執行の管理がその任務のほぼすべてと言って過言ではない。
<>停戦条件でハードル吊り上げ
プーチン政権がベロウソフ氏を国防相に任命した背景をめぐっては、ロシア国内外の多くの専門家らは、政権がウクライナ侵攻のさらなる長期化に備えているとの見方で一致している。
逆に言えば、効率的な国防費の執行がなければ、この戦争に勝てないとの政権の危機感がうかがえる。
プーチン大統領は5月24日にベラルーシの首都ミンスクで行った記者会見で、ウクライナ侵攻をめぐる停戦条件として、ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟の否定や、現在ロシアに占領されている領土の放棄などを挙げた。
当然、ウクライナ側が現時点でこのような条件をのむ可能性は極めて低く、そのような見通しをロシア側も理解していると思われる。
あえて高いハードルの条件を設定して、少しでもその条件に近づけさせようとするロシア外交の常套手段だといえる。
米国では4月、難航した対ウクライナ支援の予算が成立し、今後順次、ウクライナ側の国防力が強化される見通しだ。
ロシア側は、米側の支援が届かない前にウクライナ東部で攻勢をかけているが、米側の支援がいずれ届けば、再び戦況は変わる。
米共和党のトランプ前大統領も、否定的だったウクライナ支援に一定程度理解を示しつつあるとの見方もあり、
ロシアは現時点で、戦費支出を効率化するという〝ギア〟を上げざるを得ない実態がある。
<>深まる戦時経済体制
戦時下にあるロシア経済はまだら模様だ。
日本を含む欧米諸国の度重なる経済制裁にもかかわらず、国内総生産(GDP)成長率は24年1~3月期に前年同期比で5.4%となった。
制裁による前年の落ち込みの反動という部分もあるが、国防支出の大幅な増大が、経済成長を後押ししているとみられている。
皮肉なことに、ロシア軍では地方の低所得者が徴兵される傾向が強い一方で、彼らが従軍により一定の収入を得るようになったために、ロシアの貧困層が大幅に削減されているという事象も起きているとも報道されている。
ただ、そのような状況は当然、いつまでも継続できるものではない。
ロシア軍兵士の死傷者数は30万人を超え、英BBCの報道によれば死者数も5万人に達したとみられている。
経済という側面では、軍事支出は侵攻開始以降急激に増大し、現在はGDPの8.7%が国防費に充てられているという。
21年時点では2.6%であり、国防費が巨大化している実態が分かる。
<>―西大陸・戦狼外交・脅威・共産党独裁・権力闘争・孫子の兵法―中国とは制裁への対抗策を協議か
プーチン大統領は大統領再任後の最初の外遊先として、5月中旬に―西大陸・戦狼外交・脅威・共産党独裁・権力闘争・孫子の兵法―中国を訪問した。
習近平国家主席との首脳会談も、主要議題は経済だったとみられる。
背景には、米国が事実上、ロシア・中国貿易に焦点をあてた新たな制裁を昨年末から導入したことがある。米
国のバイデン政権は、ウクライナ侵攻に関連して米国の制裁対象となっている企業や個人との取引を支援した第三国の金融機関に対し、制裁を科す方針を表明した。
これは、中国によるロシアとの巨額の貿易が、ロシアの軍事産業を支えているとの米側の強い懸念が背景にある。
米側の発表を受け、米国での事業継続ができなくなることを恐れた中国の金融機関は相次ぎ、中国企業から製品を購入しようとするロシア企業の代金支払いなどの取引を停止した。
中露間の貿易額は、ロシアがウクライナ侵攻を開始した22年に、輸出入ともに前年比で二桁増の伸びとなっていた。
ロシアの主要輸出産品である原油を中国が大量に購入しているという側面もあるが、同時にロシアも、中国からの輸入を拡大している。
自動車などの輸入も増大しているが、中国はロシアに対し、半導体や電子回路、工作機械など、軍事転用が可能な民生用製品の輸出を継続しているとされる。結果、ロシアは防衛産業の立て直しに成功した。
米国は、軍事転用が可能な民生品を、ロシアに事実上供給しているとして中国を批判し、その動向に強い懸念を示していた。
米財務省は5月1日には、ロシアに対し赤外線探知機やドローンの部品など、軍事転用が可能な物資の輸出に関与したとして、中国やトルコなど約300の企業や個人に制裁を科すと表明していた。
プーチン氏は中国・ハルビンでの会見で、対露制裁を「極めて不当だ」と批判し、事態の解決には、政府レベルでの支援が必要との認識を示した。
中露首脳会談においても、制裁への対応を軸とした経済分野の議題が中心となったのは確実だ。
<>浮かび上がる汚職問題
戦争の〝効率的〟な遂行に向け、経済面からのてこ入れを図ったロシアのプーチン政権だが、一方でそれは、これまでのウクライナ侵攻が極めて非効率であったことを示していることにほかならない。
開戦直後のキーウ制圧失敗や、ハルキウ州からの大規模撤退、ヘルソン州の州都ヘルソンを奪還されるなど、ウクライナに対し4倍超の兵員を擁しておきながら、ロシア軍は失敗を重ねた。
ショイグ前国防相の手腕に問題があった事実を、ようやくプーチン政権も国民の前で認めた格好だ。
さらに、ショイグ氏が更迭された直後には、その腹心だった部下が2人、収賄の容疑で逮捕された。
国防省内で汚職が広がっていた実態がうかがえる。
ただ現実には、そのような事態は幅広く起きているとみられ、2人は国防省内での規律を引き締めるために、〝見せしめ〟としてこのタイミングで逮捕されたのが実情とみられる。
ロシアの24年予算に占める国防費の割合は約3割とされ、これはソ連末期の水準に匹敵する。このような支出は短期的にはカンフル剤のように経済の底上げにつながるが、軍事支出はほかの民生分野への投資のように、利益を生んで成長、再投資が行われる産業ではない。
ウクライナ侵攻で膨張する国防費が、ベロウソフ氏のもとでどこまで効率的に支出されるかは不透明だが、ソ連崩壊以降進めてきた産業の多様化などのロシアが目指してきた多くの経済政策は、ウクライナ侵攻により事実上破綻したのが実態だ。
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