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勝海舟は、なぜ「日清戦争に反対した」のか…現代にも通じる「その明快な言い分」#2025.01.24#講談社文庫

2025-01-24 16:28:20 | 連絡
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PROFILE
講談社文庫は講談社創業60周年の記念事業として1971年に創刊された文庫レーベルです。純文学、歴史時代小説、ミステリー、エンターテインメントからエッセイ、ノンフィクションまで多彩な作品を刊行しています。
アイコンは、創刊50周年を記念して誕生したオリジナルキャラクター「よむーく」。
本が大好きで、胸のポケットにいつも文庫本を入れて持ち歩いています。
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■司馬遼太郎の見識
2020年代に入ってから、疫病に戦争と、さまざまな災厄が世界に降りかかっています。
少し目線を高くして、巨視的にものごとを見る必要を感じる機会や、「歴史に学ぶ」必要性を感じる機会が増えたという人も多いのではないでしょうか。
「歴史探偵」として知られる半藤一利さんは、なぜ日本が無謀な戦争に突っ込んだのかについて生涯にわたって探究を続けた作家・編集者です。
半藤さんの『人間であることをやめるな』(講談社文庫)
 

という本は、半藤さんのものの見方のエッセンス、そして、歴史のおもしろさ、有用性をおしえてくれます。
本書には、作家・司馬遼太郎の見識の鋭さを紹介する章があります。
司馬が『坂の上の雲』
 

に記した名フレーズを、その歴史的背景をおぎないつつ解説するという趣向で、たとえば、明治期の日本に蔓延していた空気について、以下のように解説しています。
勝海舟の言葉が印象的です。
***
日清戦争は明治二十八年におわったが、その戦時下の年の総歳出は、九千百六十余万円であった。
翌二十九年は、平和のなかにある。
当然民力をやすめねばならないのに、この二十九年度の総歳出は、二億円あまりである。
倍以上であった。
このうち軍事費が占めるわりあいは、戦時下の明治二十八年が三二パーセントであるに比し、翌年は四八パーセントへ飛躍した。
明治の悲惨さは、ここにある。
ついでながら、われわれが明治という世の中をふりかえるとき、宿命的な暗さがつきまとう。
貧困、つまり国民所得のおどろくべき低さがそれに原因している。
これだけの重くるしい予算を、さして産業もない国家が組みあげる以上、国民生活はくるしくならざるをえない
この戦争準備の大予算(日露戦争までつづくのだが)そのものが奇蹟であるが、それに耐えた国民のほうがむしろ奇蹟であった。
——「権兵衛のこと」より
明治二十七年にはじまった日清戦争にたいして反対する知識人は多かった。
たとえば、勝海舟がいる。


列強からの干渉がかならず入る、とハッキリと公言し、漢詩で政府や軍部に
「大義名分のない無駄な戦争をするなかれ」と猛省を促している。読み下してみる。
「隣国兵を交えるの日、その軍(いくさ)さらに名なし。
憐れむべし鶏林の肉、割きてもって魯英に与う。……」


ここにいう鶏林が戦場となった朝鮮半島のことであり、魯が帝政ロシア、英がイギリスであることは書くまでもなかろうか。
「その軍さらに名なし」とは大義名分がないということである。
事実は勝っつあんの言うとおりとなる。
戦い終わった直後に、ロシア・フランス・ドイツの三国が「友誼ある忠告」であるといって、日本政府にたいして、遼東半島など戦勝で清国からえた諸権利放棄を強要してきた。戦争のために国力はそこをつき青息吐息となっている日本政府は震撼した。 
具体的にいえば、二年間の戦争にかかった戦費は約三億円、明治二十七年の国民所得の二億八千九百万円を凌駕したのである。



論議は紛糾したが、ほかに対抗する手立てはない。
三国の干渉に泣く泣く承諾せざるをえなかった。
戦勝に浮かれていた日本国民は呆然となる。
で、海舟
も天を仰いで一句を詠む。
欲張りてハナを失う勝角力(かちずもう)
しかし、そんなに達観できない民草は怒りを燃やさざるをえない。
そして最初の驚愕と沈痛から立直ったとき、伊藤博文首相がいった「今後のことは大砲と軍艦に相談する」決意を固め、軍事力増強のためひたすら忍耐することにし、臥薪嘗胆を合言葉にした。
とくに民草のやむざる我慢と忍耐と、燃え上がる怒りの対象に、「三国干渉の首謀者」の帝政ロシアが浮かび上がってくる。
そしてその後の我慢と忍耐と怒りの目標も、ひたすらにロシアに向けられるようになる。

なぜなら、ロシアの南下政策があまりにも明瞭かつ露骨になってきたからである。
満洲の広野への怒濤のようなロシアの侵略にたいして、いつの日にか対決せざるをえなくなろう。
この悲痛な覚悟のもとに、明治三十年代になると、国民総決起運動といった形で対ロ強硬論が展開されていく。
それはまた、異常ともいえるナショナリズムの高揚をともない熱狂となっていったのである。
さらに【後編】「日清戦争と日露戦争のあいだに、日本に起きた「巨大すぎる変化」を知っていますか?」につづきます。

 


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