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清水克彦
政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師
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しみず・かつひこ/1962年愛媛県生まれ。
京都大学大学院法学研究科博士課程単位取得満期退学。
文化放送入社後、米国留学を経て、キャスター、国会キャップ、報道ワイド番組チーフプロデューサーを歴任。
現在は報道デスク。
東京経営短期大学でも講師を務める。
著書に『日本有事』(集英社インターナショナル新書)、『台湾有事 米中衝突というリスク』『安倍政権の罠 単純化される政治とメディア』(ともに平凡社新書)、『ゼレンスキー勇気の言葉100』(ワニブックス)、『ラジオ記者、走る』(新潮新書)ほか多数。公式ホームページ http://k-shimizu.com/
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〇「変化を力にする内閣」ではなく「自分自身の防衛力強化内閣」
自民党役員人事の決定と第2次岸田再改造内閣の発足を翌日に控えた9月12日、JR高崎線宮原駅西口に、立憲民主党の枝野幸男前代表の姿があった。
「次元の異なる少子化対策とその財源」や「マイナンバーカードと保険証の一体化」、そして「防衛費増額に伴う財源とその使途」や「福島第1原発処理水放出の余波」など、この日、枝野氏が駅立ち(駅頭での演説)で指摘した問題のすべてが、とりもなおさず、岸田政権が抱える喫緊の課題になる。
では、岸田文雄首相が今回の自民党役員人事と内閣改造でこれらの課題に向け、まい進できるのか?と聞かれれば、その答えは「極めて難しい」と言うしかない。
岸田首相は人事を終え、9月13日夜の記者会見で、「この内閣は『変化を力にする内閣』だ。変化を力として『あすは、きょうより良くなる』と、誰もがそう思える国づくりを一緒に行っていく」と述べた。
ただ、党内第2、第3派閥の領袖、麻生太郎氏と茂木敏充氏、それに、最大派閥安倍派から、「5人衆」の中でも中心的存在の萩生田光一氏を、それぞれ自民党副総裁、幹事長、政調会長に留任させた党役員人事には、安倍、麻生、茂木の3派閥を取り込み、来年秋の総裁選を無風に近い形で乗り切ろうとする思いが透けて見える。
また、菅義偉前首相や二階俊博元幹事長に近い森山派会長の森山裕氏を、選挙対策委員長から総務会長に横滑りさせた点からは、なりふり構わず「総主流派体制で政権維持」という切羽詰まった感も読み取れる。
内閣改造で言えば、
(1)「女性登用を目玉に」の狙いどおり、女性閣僚が留任を含め、過去最多タイの5人
(2)初入閣組が、19人の閣僚のうち半数を超える11人
これら二つの点は、評価できなくもない。
(1)「女性登用を目玉に」の狙いどおり、女性閣僚が留任を含め、過去最多タイの5人
(2)初入閣組が、19人の閣僚のうち半数を超える11人
これら二つの点は、評価できなくもない。
とはいえ、「刷新」のイメージを打ち出すなら、誰よりも代えるべきだった官房長官を、岸田派の小野寺五典元防衛相や根本匠元厚労相、あるいは突破力がある萩生田氏あたりに交代させてもよかったのでは、と思う。
それを、萩生田氏と同じ安倍派「5人衆」の1人、松野博一氏留任で着地させた点、そして、2年前、総裁選で争った河野太郎氏と高市早苗氏を留任させた点は、「変化を力にする内閣」どころか、「変化させないことで首相自身の党内での防衛力を高めた内閣」とでも言うべきものだ。
岸田首相は、9月5日、ASEAN首脳会議とG20首脳会議に出席するため日本を離れる直前、側近に、「最後の人事にするつもりで自前の人事を行う」という方針を伝えている。しかし、結果を見れば、安倍派、麻生派、茂木派におもねる人事になってしまったと論評すべきだろう。
〇内閣改造に注文をつけた森元首相と麻生副総裁
人事を間近に控えた8月下旬から9月上旬、岸田首相に注文をつけていた人物がいる。一人は、今なお「安倍派のドン」として君臨する森喜朗元首相である。
森氏は、8月29日、東京プリンスホテルで開かれた青木幹雄元官房長官のお別れの会で、「心残りは小渕恵三さんのお嬢さんのこと。あなたの夢、希望がかなうように最大限努力する」と語っている。
その森氏は、同時期に岸田首相と電話で会談し、「『これなら衆議院解散・総選挙ができるよね』という顔触れにしたほうがいい」とアドバイスを送った。
もう一人は、麻生氏だ。9月7日、東京都内のステーキ店で茂木氏と酒をくみ交わした麻生氏は、「茂木幹事長交代」「代わりに茂木派の小渕優子氏を処遇」で調整しようとしていた岸田首相に、茂木氏を外さないよう強く迫った。
そもそも、86歳の森氏や82歳の麻生氏が今なお実権を握る政治に「刷新」など望むべくもないが、その森氏や麻生氏のアドバイスが、茂木氏留任と小渕選挙対策委員長就任の大きな後押しになった。
小渕氏に関しては、岸田首相の頭の中に再入閣もあったとされる。
ただ、小渕氏には、2014年、政治資金問題で経済産業相を辞任した黒歴史がどうしても付きまとう。
当時、証拠となるパソコンをドリルで壊したことで、今もなお「ドリル優子」と揶揄(やゆ)され続けている。
これに加え、「麻生氏のプッシュで留任した茂木氏が小渕氏の入閣には強く抵抗した」(自民党中堅議員)ため、選挙を取り仕切る責任者(実際には幹事長の茂木氏が最高責任者)に落ち着く形となった。
その小渕氏は、9月11日、自民党の総裁室に呼ばれ、岸田首相と面会した後、ある政治ジャーナリストに電話を入れている。「特にポストの打診はなく、政権への感想を聞かれただけ」と語ったそうだ。
実はこのとき、選挙対策委員長を打診されたとみられるが、就任後さっそく、「週刊文春」が、小渕氏の関係政治団体が、2015年以降、7年間で1400万円以上を自身のファミリー企業に支出していたとする疑惑を報じている。
「決して忘れることのない傷。今後の歩みを見ていただき、ご判断いただきたい」
9月13日、就任会見でこのように述べた小渕氏には、あらためて説明責任が問われる可能性がある。
〇党内の「求心力」は人事後は「遠心力」に変わる
元来、内閣改造は必ずしも政権浮揚につながるとは限らない。
むしろ勝負手である衆議院解散のほうが、2005年、小泉政権時代の「郵政民営化解散」や、2014年、第2次安倍政権下での「アベノミクス解散」のように、求心力を高める結果になるケースが多い。
2007年、第1次安倍政権で行われた内閣改造、あるいは、その翌年、福田政権で実施された内閣改造のように、人事を断行しても支持率が上がらず、1カ月前後で退陣に追い込まれた例も少なくない。
人事は政権の体力を奪いかねない劇薬なのだ。
直前までは、大臣・副大臣待望組を中心に党内で保たれていた求心力が、終わった途端、「な~んだ」と遠心力に変わる。
実際、「攻めの人事」どころか「守りの人事」となった今回、岸田首相を支える岸田派内では、「女性閣僚を重視したせいでうちが冷や飯を食わされた」との声が上がり、二階派内でも「要望していた顔ぶれと違う」と怒りの声が聞かれる始末だ。
<初入閣組が11人もいる点>
官房長官や文部科学相を歴任した河村建夫氏が、筆者にこう語ったことがある。
官房長官や文部科学相を歴任した河村建夫氏が、筆者にこう語ったことがある。
「閣僚になって1年は何もできない。省内を把握し幹部の名前や特性を理解するのに時間がかかり、覚えた頃に内閣改造で交代になる」
つまり、防衛、少子化、農林水産など、日本の今後を決める省庁の閣僚に初入閣組が就いたことは、一見、フレッシュには見えるものの何も成果を上げられない恐れがあるということになる。
また、10月半ばから始まると見られる臨時国会で答弁に窮したり、「政治とカネ」や「旧統一教会」関連の問題が浮上したりすれば、政権の命取りになる危険性もはらむ。
<マイナンバーよりインボイス制度のほうが面倒な点>
マイナンバーカードをめぐるひも付けミス以上に国民の間に不満と懸念が広がるのが、インボイス制度の10月1日からの導入だ。
マイナンバーカードをめぐるひも付けミス以上に国民の間に不満と懸念が広がるのが、インボイス制度の10月1日からの導入だ。
これまでは事業者は領収書で税額控除できたが、今後は原則としてインボイス(品目ごとに消費税率と税額を明示する適格請求書)が必要になる。
インボイスを発行するには課税事業者になる必要があり、発行できない場合、取引を打ち切られたり、消費税分の値引きを要求されたりする可能性があるため、「結局は税収を増やすのが目的」という政府への疑念が広がることになりかねない。
<防衛費増額や少子化対策に「痛み」を伴いそうな点>
年々増える防衛費が来年度予算の概算要求で過去最大の7兆7000億円を超えた。
近い将来、増税で財源を確保しようとすれば、野党だけでなく自民党保守派からも批判を受ける。
少子化対策に関しても、経団連が9月11日、来年度の「税制改正に関する提言」で「消費税引き上げ」を選択肢として盛り込んだように、消費税増税が視野に入ってくるようであれば、支持率がさらに下落する。
そうでなくとも、補正予算で思い切った経済対策が打てず、ガソリンや物価高騰が続くようなら、支持率のV字回復は望めない。
〇岸田首相がもくろむ総裁選での再選
こうした中、今回の人事を受けて、東京・永田町では早くも「衆議院の解散・総選挙は近い」という声が広がり始めた。
「岸田首相は、盛山文部科学相を通して10月に旧統一教会への解散命令を東京地裁に請求し、補正予算を成立させた後、解散に踏み切るかも」(前述の自民党中堅議員)といった見方である。
この場合、10月下旬解散、11月14日(大安)公示、同26日(これも大安)投開票となる。
最近では、2017年9月、「森友・加計問題」で批判の矢面に立っていた安倍首相が、「国難突破解散」と位置付け、勝負に出て圧勝した例がある。
マスメディアがはじき出す支持率と選挙の勝敗の相関関係は思ったほど高くない。
そのため、岸田首相が解散権を行使する可能性は捨てきれないが、人事で出そろった顔ぶれを見ると、筆者には、岸田首相が来年秋の総裁選勝利を最優先に、自分自身の防衛力を強化するために配置した布陣に見えて仕方がない。
(政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師 清水克彦)
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