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・バルセロナの空港からイベリヤ航空パリ行きに乗ると、
機内はわりに空いていて、
機内食は、ハム、パン、ワインという献立、
あとでコーヒーが出て終わるという軽食である。
これでオルリー空港には一時間くらいで着き、
ちょうどお昼の十二時になっている、
という段取り。
中で実費でウイスキーが飲めたりする。
赤ワインは美味しいというほどのものではないが、
いけなくはない。
これに何か一品添えると、
ご馳走といってもいいものになる。
ここのパンも堅く、
カチグリのようであるが噛みしめているうち、
旨味が出てくるという、備荒食のような代物である。
カモカのおっちゃんは歯がよいのが自慢であるが、
「はじめは堅うてまずかったパンが、
美味しゅうなりました」と満足であった。
「食事には、
この堅いパンがないと物足らんようになった。
これ食べたら、日本のバタや何やと、
ふんだんに入れてフワフワした綿菓子みたいな、
柔いパンは食えまへん。
このカチグリパンと、美味しいワインがあれば、
ご馳走です」
西洋にはよく、
パンとワインが食事の象徴として出てくる。
われわれ日本人は、
というより昔ニンゲンは、
ワインというと赤玉ポートワインを思い浮かべ、
さながら、色付き砂糖水の如きを連想する。
またパンというとアンパンを思い浮かべ、
あるいはジャムパンを思う、
そういう間食・おやつを食べて、
腹ふくれさせている西洋人があわれに思われ、
いかにも怱忙のうちに、
その辺の安物を手当たり次第に口へ運んで、
飢えをしのいでいる、といった印象であった。
『田舎司祭の日記』を映画で見たが、
貧しい司祭が、
パンとワインだけの夕食を摂っている場面があった。
いかにも貧窮の印象に見えたが、
実際にヨーロッパへ来てパンとワインを食べてみると、
美味かつ腹ふくるる食べ物であって、
これにハムとコーヒーがついている機内食は、
軽食というより、ちゃんとした食事の体を成している。
何でもその土地へ来て、
実際に味わってみないとわからないものだ。
当然のことだけど。
フランスはサマータイムではないので、
時計を一時間ずらせ、
十二時にオルリー空港に下りてみると、
とたんに、フランス語の洪水、
耳に当るひびきが柔いのに感動する。
それと、人の視線の当りが柔かである。
しまいに空気まで柔かである気がされる。
すべてスペインから来たての身には、
一々、ことさらにひびく。
してみると、スペインは、
言葉のひびきもするどく、
視線が射るごとく、
その中に悪意はないのはわかるが、
要するに、すべてにわたって、
「むきつけ」な国であるといってよい。
以前、日光の東照宮を中心に、
私は旅したことがあったが、
あのあたりはまことに殺伐とした風土に感じられた。
どこが、ということなく、
栃木茨城、常陸のあたり人気(じんき)あらく、
王城の地から行くと、
「あづまえびす」という感じで、
風の当りも物すごし、というところ。
さながらフランスから逆にスペインへ行ったのと、
同じ感懐を抱かされた。
あづまえびすのあたりの人間の顔立ちは、
全く、関西の顔とちがっていた。
視線がするどく、言葉が荒く、
(人が悪い、悪くない、ということとは別である)
むきつけの風が吹いていた。
そういう精神風土の土地は、
どこにもあるものらしい。
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(次回へ)