
・「おーやおや、
サヨナラ勝ち、
二対一ですねえ」
と私はおちついていったが、
しぜんに頬はゆるんで、
ニヤニヤしてしまう
小林は巨人から初の白星だし、
中西監督もブレイザーのあとはじめて、
二塁の岡田を見るのもはじめて、
それに一点を争う試合で、
同点からのサヨナラ勝ちなんて、
こんな面白いのはめったにない
画面はめちゃめちゃに喜んでいる、
阪神ナインの大写し
中西監督がまん中になって一同、
団子になりもみくちゃの大騒ぎである
解説の鎌田さんや、
アナウンサーが何か言ってるが、
場内の歓声で聞き取れないくらい
阪神ファンはまだ熱狂していて、
旗をふり「六甲おろし」を歌い、
(・・・阿保かいな)
と私は思うが、
悪い気はしないのだから、
これがまた野球の楽しいところ
何べんも「六甲おろし」が歌われ、
旗が振られる
人々は立ちつくして、
帰ろうとしない
バンザイの声が夜空に、
何度もこだまする
バンザイをやってる男や子供たち、
自分でも(・・・阿保かいな)
と思っているのであろうけど、
バンザイをやるたび、
気持ちがスカッとクリーニングされるのでは、
あるまいか、
「天地生成会」や「現神様」よりも、
はっさい女たる私は、
「六甲おろし」を合唱していれば、
荒気は和むのだ
小林がインタビューされている
「やっと力いっぱい抛れました」
なんていっている
完投した小林は嬉しいに違いない
なかなか、可愛い男ぶりである
次男は画面の小林をねめつけ、
「何いうとんねん、
十本も打たれて」
といいビールをがぶりとあおぎ、
「力いっぱい抛って十本も打たれ、
ええかげんに抛ったら、
何本打たれるやら、
勝たしてもろたくせに、
えらそうにいうな!」
小林はにこにこして、
答えている
「これからよくなる一方だと、
思いますね」
次男はまたもやどなる
「何がようなるねん
よう勝利投手で出てくるな、
恥ずかしいと思え、
こんな試合、
内容的に巨人の勝ちや、
阪神の阿保、
三安打くらいで勝ちくさって、
喜びくさって
たかが三本のヒットで、
勝つなんて珍しわ
そんなんで勝ったかて、
これが巨人ファンやったら、
よう喜ばんわ
巨人ファンははじらい、
いうもん知っとるからな」
「何がはじらいや
勝負にはじらいもへったくれも、
ありませんよ
勝ち負けは白か黒か、
どっちかですよ」
私はお気に入りの小林をけなされて、
カッとなるのである
「気の毒やけど、
九十番もザマないね
何ですか、あれは
十安打で、へっ、たった一点、
えらい欲のないことや、
超浪費戦法いうたらこのことや、
高校野球やあるまいし、
そこへくると阪神は、
わずか三本のヒットで勝ってますねん
胸がスカッとするわ」
「ツイてるだけじゃ」
「ツキも実力のうちや」
「ラッキー勝ちや、いうたら!」
「技術がちがう、技術が」
「おばあちゃん、
負けてないな、
巨人はな、
実質で勝って試合で負けてるねん
実力は巨人の勝ちじゃ、
野球なんかようわかりもせんくせに、
何いうとんねん、
黙ってすっこんどれ」
この次男は言い募ると、
相手に口を開かせないくせのある、
男である
こういう男では、
会社でもすったもんだある度、
摩擦が起きるにちがいない
「あんたねえ、
そういう言い方はあかんよ、
人をボロクソにいうようでは、
人の上に立たれへんよ、
泣き泣きでもあんた、
『長』とつく身やろ、
ええ年してあたま禿げてまで、
いつまでもそう、
ミもフタもない言い方をしてたんでは、
人がついてきませんよ」
「うるさいわい!」
「ウチの常務が、
ウチの課長が、
いうて泣き言をいう前に、
自分のこと考えたほうがええ」
「ほんならいうけどな」
次男はテレビを消して、
私に向き直り、
「おばあちゃんかて、
可愛げないぜ
トシヨリいうもんは、
若いもんに、
ああ、いじらしい、と
ああ、気の毒や、と
ああ、哀れな、と
庇うて守ってやらんならん、
そういう気を起させるもんや
トシとったら、
若いもんのいうこと聞いて、
何でもハイハイいうとれ、
老いては子に従え、
いうやろ、
それをおばあちゃんは何じゃ、
こういえばああいい、
ああいえばこういうて負けへん、
こりゃ気ぃが強い、
なんてもんやない
気ぃが荒れとるんや、
婆の荒神や」
「女はそれくいらいで、
ちょうどええねん、
そやけど男は違いまっせ、
男は愛嬌や、
男は抛っといても気が荒れるから、
いつもニコニコしてなはれ」
「巨人負けてニコニコしてられるかっ!」
「ほんまに、
巨人が負けたらぶざまやな、
巨人いう名前からして、
負けるのが似合わん名前や」
「もうええわい、
ああ、気が悪い
帰るわ、ワシ
よけい気ぃ荒れてきた、
こんなトコにおったら」
そういいながら次男の顔は、
来たときのむっつりむくれた表情が、
拭ったように消えて、
何となく晴れ晴れしたように見える
次男はさんざん毒づいて、
帰っていった
息子にはああいったが、
本当は阪神というチームは、
勝つとファンとして、
居心地悪いという、
へんなチームなのである
阪神には「負け」がよく似合う
いつもここ一番というところで、
めためたと負けて、
ヒイキしていたファンは、
きりきりと胃のあたりが痛むという、
宿命を持っている
負けたら腹は立つが、
どことなくホッと安心し、
ワルクチをいって楽しめる、
というへんなところがある
しかしそれを巨人ファンにいわれると、
腹が立つのだ



(次回へ)