・実方(さねかた)の君とは、
まるきり違う
則光は、
山から伐りだしたばかりの、
丸太なのだ
磨かれていない、
ごつごつした原石なのだ
いつまでたっても
私に対して、
思いのままにふるまい、
私に宮仕えするな、
と禁じながら、
自分は別の女のところへ、
平気で出かける
そうしてその女は、
左右の目の大きさが違う、
まぶたにひきつれのある女だが、
そういうことを全く顧慮せず、
愛しているらしい
私が歌や物語と、
筆を取ったりしているのを、
別世界の行動のように、
不可解な目でみる
「おれに歌の話をするな
聞いただけで頭が痛くなる」
この初夏の、
主上の行幸拝観は、
ことに印象深い
おん年十三の主上(一条帝)が、
土御門邸にいられる母君、
詮子女院を訪問される
その行列を沿道に並んで、
拝観するのである
主上の御輿に供奉して、
きらびやかな殿ばらが続く
中でもひときわ、
沿道の女車がどよめいたのは、
摂政・道隆公のご長男、
権中納言・伊周(これちか)の君
父君ゆずりの美貌、
十九歳の美しい公達
重光大納言の姫君と、
結婚なさって、
去年、かわいい松君を、
もうけられた
ほそやかな若々しい体つき、
色白の顔には気高い品があって、
しかもやさしい
公達はほかにも、
たくさん通られた
しかし馬上の伊周の君の、
ような雰囲気を持っている人は、
一人もいない
弟君の十四歳の、
左近少将・隆家の君
この若殿も、
年少の気鋭がほの見え、
すがすがしかった
どの物見車の女たちも、
権中納言さまに、
胸をとどろかせているに、
違いなかった
そのほかに目立つのは、
やはり、道長の君
それから実方の中将
権大納言・道長公は、
いまは二十七におなりになって、
お年よりは老成して、
ぐっと貫禄がおつきになった
むしろ、二つ三つ年かさの、
実方の中将の方が、
若々しくみえた
実方中将は、
当代きっての歌人として、
評判高いだけに、
この方も際立ってみえる
端麗な美男で、
これも女たちの目を、
奪うのであった
実方の君は、
私の車を見て、
笑みを浮かべ、
視線で合図して過ぎた
それはまぎれもないもので、
同車している浅茅にまで、
はっきりわかったらしく、
「まあ、会釈なさいましたわ!」
と昂奮して騒いでいた
実方の君とは、
弁のおもとの邸で会った
里下りしている、
弁のおもとのところへは、
宮中参内の帰りの男たちが、
よく訪れていた
弁のおもとの父親が、
亡くなってから、
男たちは気やすいらしかった
弁のおもとは告白しないが、
かなりの男たちと、
交渉があるらしい
彼女は、
摂政の大臣・道隆公にも、
北の方の貴子夫人にも、
信任されているので、
政治向きの用件を持ってくる、
者もあるだろうが、
何よりもまず、
彼女の中年女の、
しっとりした魅力に、
打たれるのかもしれない
私はどうかすると、
男の魅力より、
「いい女」の魅力に惹かれる、
傾向があり、
いい風情の弁のおもとに、
女の魅力を覚えて寄りあつまる、
男たちの気持ちが、
わかる気がするのであった
たまたま訪れた実方の君は、
来合わせた客が私だと知ると、
関心を持つらしく、
「いつぞやの・・・
あの小白川の法華八講の席での、
あなたの秀句、
忘れておりませんよ」
と笑っていった
「お恥ずかしゅうございます
はしたないところを、
お目にかけて
まだ若うございましたから」
私は几帳のかげで、
隠れて答えたが、
実方の君は指を折って、
「あれは花山の帝が、
み位を下りられた年だったから、
もうあしかけ七年前になる」
私は実方の君がおっとりして、
おだやかな男なのに、
気を許して多弁になっている
三十近い実方の君は、
若者のぎらぎらした、
気取りもなく、
また中年の尊大さもなく、
いかにも話しやすい雰囲気を、
持っていた
「話のわかる人」
にめぐりあうと、
私は血がさわぐ
あのこと、
このこと、
人生のこと、
仏の教えのこと、
男のこと、
女のこと、
子供のこと、
愛のこと、
死のこと、
美しい月夜のこと
去年の香のこと、
そういうことのすべてを、
語りあいたい
「私はあなたのお父上、
元輔どのとはお話を、
交わしたこともありました
歌のことをうかがったり、
したものだが・・・」
彼の歌はおびただしく、
世に漏れ散って、
人々に、
特に女性たちに愛唱された
<かくとだに
えやは伊吹のさしも草
さしも知らじな
もゆる思ひを>
などという歌は、
私も好きだが、
実方は人々に好もしがられ、
歌才を尊重されて、
小一条大納言済時卿一族は、
この人一人を名誉にして、
いられた
(次回へ)