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・長男は、
何でも恰好づけを重んずるクセがあり、
「来い」と私を呼ぶときは、
西宮の自宅で法事をするとか、
誕生日、ひな祭り、正月、
などである
法事に私が坐らないと、
「恰好つけへん」
とむくれるのである
せっかく呼んだ坊さんや親類に、
「具合わるい」
という
恰好や具合のせいで、
私を招くのだ
家庭のセレモニーに、
私を招きたがる
そういうときは、
竹下夫人ではないが、
私を喜ばせてやろうという、
長男のやさしい心持ちなので、
あろうけれど、
そしてそれは私にもよくわかるので、
あるが、何しろ先方の都合が、
先にあるので、
私の都合なんか聞いてもくれない
「あしたなあ、
マサ子の誕生日やねん、
みなで晩めし食べよか、
何やかや作っとるそうやから、
来てんか」
「明日はあかん
お習字教室のある日で、
ぎょうさん人が来はるのに、
あたしだけ抜けられしませんがな」
「いつもそんなこというてるのやな
せっかく人が招くいうてんのに」
と長男はたちまち、
不機嫌な声を出す
それで私の都合に、
合わせてくれるかというと、
その調整をする気はないらしい
「ほんまに可愛げないな、
いっぺんでも、そんならいうて、
イソイソ来たことがあるんか、
こっちの好意を無駄にしてばっかりや」
この長男は、
私が思い通りにならないと、
すぐむくれる男である
私もむっとくるわけ
「こっちも忙しい体やから、
具合悪いときはしょうがないねえ」
「そんなら、
いつやったら来れるねん!」
長男はどなる
怒られてまで、
ご馳走を食べに行くことは、
なかろう
この長男の電話は、
いつも「怒り」を「テー」してるわけ
「せっかくご馳走してるのに!」
「あんたらで食べたらええやないか、
どないしても明日はあかん
夜の6時から7時までのクラスを、
受け持ってるんやから」
「そんなもん、
やめてしもたらええねん、
ええトシしてみっともない」
「そんなら、
早よ呆けたらええ、
いうのんか、
何もせんとボーッとしてたら、
じき呆けてしまうわ」
「そのほうが、
トシヨリの可愛げがあるかもしれん
おばあちゃんみたいに、
憎たらしいのよりマシかもしれん
いや、おばあちゃんのことやから、
恍惚になっても憎たらしいかもしれんな」
「それで憎たらしい恍惚で、
長生きしますのや
百までな
えらいお気の毒ですわ」
と私も「怒り」を「ブー」するわけ
何で長男と電話すると、
売り言葉に買い言葉になるのやら
長男のやさしさも、
わかっているのだけれど、
どうも、親子もろとも、
こういう形の交歓になってしまう
お習字教室は、
呆けないせいだと長男にいったが、
実をいうと、
お習字教室へは、
着物を着てゆけるから好きである
箪笥の肥やしになって、
眠っている着物を、
久しぶりに取り出して、
きっちり着つけてゆく
英語だの油絵だのの教室は、
服に限るけれど、
お習字教室は柔らかものの、
着物が似合う
ろうけつ染めの着物に、
眼鏡もべっこう縁、
それも眼鏡のたまにやや、
ブルーの色が入ったのなどが、
夜は目元を美しく見せていい
市民会館だから、
バスで行くのであるが、
帰りは必ず会館の人か、
教え子が車でマンションまで、
送ってくれる
私は、
わりあい教え方がうまくて、
親切だというので、
人気があるのである
昼の教室には、
ホステスも主婦にまじって来たりして、
一心に習字を習っている
請求書を書くのに、
お習字を勉強しているのだそうである
一心ふらんに励んでいる姿をみると、
私もまたイキイキしてくる
「先生はお若くて、
お召し物もよく似合ってらして」
などとほめられると、
いっそうイキイキしてくる
女はトシとっても、
いつもほめられなくては、
精がない
ほめるといえば、
いちばん若いボーイフレンドの、
大学生の泰くんは、
「歌子おばさんは、
お袋より面白いからな」
とほめてくれる
面白いたって、
私は泰くんの顔を見ると、
「遊び歩いていたらあかんよ
性根据えて勉強しなさい
麻雀ばかりしてるのやない」
と叱ってばかりいる
私の習字の練習時、
向かいに坐らせ
同じように筆をとらせて、
無理やり練習させる
「やっておいて、
損なことは絶対ないから
就職のときかて、
きっと有利やから」
といってきかす
泰くんははじめは、
不承不承であったが、
次第に興味が出てきたとみえて、
宿題を出したら書いてくる
ひどい字だったが、
少しずつなおってきた
学生だけにヒマがあって、
漢詩の作者など調べてくる
泰くんは、
私の用事をしてくれたり、
車で連れていってくれたりするから、
授業料はタダである
今日の「敬老の日パーティ」も、
彼がすっかり準備してくれた
応接間の家具を、
ひとところに並べ、
まん中をあけて、
ダンスができるようにしてある
花を飾ったり、
シャンデリアに飾りテープを、
垂らしたりすると、
英語クラブで、
毎年クリスマスに催す、
ダンスパーティのような、
雰囲気になった
食べ物は持ち寄り、
ということになっていて、
私はアルコール類と、
おにぎり、
お吸い物などだけ用意する
それに暖かい煮物、
大根と白天の煮たものであるが、
こういうのや、
焼き豆腐の田楽といったものは、
持ってくる人がないであろうから、
作っておく
今日来るのは、
英語クラブの友人たちで、
この友人がいちばん開明的である
七十歳のウィリーという呼び名の、
富田氏
エバと呼ばれる、
魚谷夫人
メアリで通っている、
七十四歳の飯塚夫人
この三人である
ほんとうは、
ビルという掛川氏も、
招く予定であったが、
氏は以前私に対して、
清からぬ振る舞いがあったから、
呼ばないのである
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(次回へ)