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・私に清からぬふるまいをした、
掛川氏はあれからも、
私に電話してきたり、
英語クラブではウインクをしたりするが、
私にとっては、
色気の「テー」は、
もうお呼びではないのである
「ブー」と答えにくい
色気は大切だが、
もっと広くおしひろげ、
たのしいのがいい
一対一の「なまぐさテー」は、
いただけない
今日みたいに、
持ち寄りのご馳走を食べ、
あとダンスパーティをしようか、
というのがいい
一対一のなまぐさテーなんかに、
なってしまうと、
いい友人を失ってしまう
「いやあ、歌子さん、
今日がたのしみで、
夕べは寝られなかったです
きっきっ」
と富田氏が、
ケンタッキーフライドチキンの、
紙バケツを抱えてきた
この人は痩せて長身で、
しわだらけだが、
飄々とした老人である
笑うとき「きいきい」という声を出す
魚谷夫人は上品な人で、
京風おかずの詰め合わせを、
持ってきた
飯塚夫人は、
もと女学校の音楽の先生だったといい、
明るい気性なのが、
私の気に入っている
富田氏はきさくでよく、
魚谷夫人は人柄がおとなしくて、
教養がある
それぞれいい人たちで、
私が招きたい人たちである
「私もうれしくて、
いそいそしていましたわ」
飯塚夫人は稲荷ずしを持ってきた
夫人は団栗のような体に、
空色のデシンのドレスを着、
心弾みのほどを、
身なりに示している
私はとき色のデシンのブラウスに、
黒いシルクのロングスカート、
二重の真珠のネックレスという、
いでたち
魚谷夫人は、
茶色っぽいワンピースで、
化繊のようだが、
はんなりした色合いだった
少ない髪をうまく束ねて、
薄化粧していた
「今日は男性が足らないので、
若い男の子を頼みましたの」
私は泰くんを紹介する
「ほほう、
お孫さんですか?」
「いえ、ボーイフレンドですのよ」
「きゃあ~」
と飯塚夫人が肥った胸をおさえ、
もうそれだけで座は、
パーティらしく弾んでくる
泰くんはかいがいしく、
みんなにビールやサイダーをつぎ、
「『敬老の日』乾杯!」
といった
私は早速、
「ブー」と「テー」の話をして、
皆を笑わせる
「老人パワーを『テー』!」
というと、みんなは、
「ブー」と叫び笑いあう
「ほんとに、
歌子さんのそばへ来ると、
陽気になってしまって」
私もそういわれるのは好もしい
「陽気を皆さんに『テー』!」
「陽気を『ブー』!」
また笑いころげる
食卓について、
まず食べ始めることにする
まだ四時だが、
あとでダンスもする予定なので、
時間をゆっくりとりたいのだ
サナエが来たのはその時である
この女はいつも、
地味な紬の着物で来る
そして髪はひっつめ、
白粉気もないので、
六十というのに、
この席の誰よりも老けてみえる
私はサナエを紹介した
サナエは割烹着をつけた
「あんたもここへ坐りなさい
席をつくってあるんやから」
「いえ、いいんです
私、そんな晴れがましいところより、
裏方がいいんです」
彼女は泰くんが運ぼうとしていた、
グラスや氷を無理やりひったくり、
自分で運ぶ
何しろ頑固だから、
いう通りにさせておく
私が台所へいってみると、
サナエは包丁を使っていたが、
私に陰気にいった
「奥さま
このマンションの裏手に、
水子地蔵を祀ってあるところが、
ありますね」
「へえ
裏山なんか行ったことないから」
「私、拝んどきました
有縁無縁を問わず、
拝んでおいたらええのやそうです
奥さまのために拝んどきました
『水子霊教』というのがありますのよ、
奥さま」
なんでパーティのはじまりに、
水子霊の話など、
聞かされなくてはならぬのだ
「あんた信心深いのやねえ」
「私、『天地生成会』へは、
入っていませんけど、
神さまに悪くされると怖いですから
神さまも仏さまも、
よう拝みませんと」
と漬物を切っている
「神さん仏さんいうたかて、
人間と変わらへん
みな平等やないの」
私はサナエの顔を見ていると、
反ぱくしたくなってくる
眉間にたて皺よせて、
神や仏の怖さを説かれると、
(それがどうした)
といいたくなって困るのだ
「そんなことより、
あんたもあっちへ来なさい
台所の用はあれへんよ」
と私は無理にサナエを、
引っ張っていった
みんなは水割りにしたり、
ワインにしたり、
ちびちびやりながら、
食卓いっぱいにひろげた、
持ち寄りの食べ物をつつきつつ、
しゃべっている
ここでは、
嫁のワルクチとか、
体のあちこちがわるいとか、
いう話は出ないのである
みんな大阪生まれなので、
古い大阪の話になると、
活気が出る
サナエは黙って聞いているばかり
うつむいてまずそうに箸を使う
その眉間の皺は、
いよいよ深くなっている
初対面なので、
みんなの雰囲気にとけこめないのは、
無理もないかもしれない
「私の実家は天満でした
天満から船場へお嫁にいったころは、
天満の北はまだ田畑がありました
船場まで四、五百メートルの距離や、
いうのに」
と私はいい、富田氏は、
「私は船場の生まれやないけど、
兄が船場で奉公してたんで、
一六の夜店によう連れていって、
もらいました」
「あっ、夜店!」
と飯塚夫人は手を叩く
「順慶町の夜店に、
よういきました」
「あたしは平野町のほう」
「一六て、何ですか?」
と泰くんが聞く
「毎月一の日と、
六の日に出るので、
一六の夜店いわれてました
食べものも着るもんも、
植木、おもちゃ・・・
子供には極楽みたいなもんでしたな」
「今の子供は、
それを知らんからかわいそうです」
「僕、お祭り広場で見たことあります
中の島まつりのとき」
と泰くんは、
若い子らしく、
フライドチキンを一人で、
片づけていた
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(次回へ)