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・「サナエさんも踊りなさい」
私はサナエを誘った
「あたし、やったことないんです」
「やさしいことやないの、
こうやって男性が、
リードしはるねんから」
「あっ、いやらし」
サナエは肩を硬くして、
「あたし、
男の人と抱き合うなんて・・・
人前で・・・」
何もハレンチなことでは、
ないではないか
「美しき天然」という曲などは、
聞いてると自然に体が動きそうな、
曲である
「このトシで、そんな」
サナエは泰くんと踊っている、
飯塚夫人を見つめ、
「あたしはこれでも、
このトシまで、
処女を守ってきた女ですから・・・」
つまらぬものを守る女である
「せっかく今まで守ったんやから、
守り通します」
「何か間違てへんか、
ダンスぐらいでそんな、
肩肘張ることないやないの」
「だって、六十にもなって」
「六十なんて、
あんた、
ここにいてる人の最年少やないの」
「でもそんな・・・
あたし、
老人ホームの民謡踊りならともかく、
老人ダンスなんて、
初めて見たんですもの」
サナエは冷笑を浮かべ、
「まさかまさか、
こんな会とは、
思わなかったものですから」
何だかスワッピングでも、
しているように聞かれる
「そないいうことないやないの
同じ老人同士で仲良うしたら、
ええのやから」
踊っていた富田氏と飯塚夫人が、
嬉しそうな声をあげた
泰くんが、
ポラロイドカメラを持ち出して、
撮ったからである
これは泰くんが持ってきてくれたのだ
すぐ写真が出てくるものだから、
気の短い老人には、
うってつけである
富田氏も飯塚夫人も、
いそいで眼鏡をかけて写真に見入り、
嬉しそうに奪い合いする
カルメラやちょぼ焼きの話をして、
持ち寄りのご馳走を食べ、
「美しき天然」の音楽を聞いて、
ダンスを踊るなんて、
悪いけど息子の家で、
ご馳走になるよりも、
よっぽど面白い
「このごろ、
何だか変なんですよ、
奥さま」
サナエは音楽にも耳を貸さず、
ダンスをしている人たちも見ず、
私のそばへ椅子を寄せる
「どうしたの?」
「孤独の風が耳元で鳴るんです」
つまらぬものを鳴らす女である
もっといいものを鳴らせばいいのに
「だってもう六十でしょ」
こういうところが頑固だというのだ
いくらいって聞かせても、
同じことばかりいう
「あんた、ねえ、
これからが女のさかりよ
元気出しなさい
長生きしなさい
あんた、
昔はキビキビして、
よう働いて今でいう、
ええキャリアウーマンやったやないの」
「一人で働いて、
今まで来て、
六十になって還暦の声聞いたら、
ガクッとしたんです
処女を守って六十になった、
思たら・・・
あたし正しいことしてきたのに、
不幸やわ」
「ま、ま、守るも捨てるも、
どっちでもええやないの、
そのトシになったら
それより面白いことして、
長生きしなさいよ」
「長生きなんかして、
楽しいことは、
ちっともないんですもの」
うるさい奴だ
私は半分身内と思うから、
フンフンと聞いてやっていたが、
しまいに腹が立ってくる
「あたし、
一生懸命はたらいて、
操守ってちゃんとしてきました
それなのに、
この頃すべて空しいて・・・
長生きしても、
何で楽しいのでしょう
長寿を祝うなんて、
ウソや思います」
なんにも知らんな
長生きなんて、
元々、楽しくないものだ
古馴染みの死んでいくのを、
見るのが長生きということだ
だからこそ、
「ブー」と「テー」、
なるったけ、
面白いことを「テー」して、
まわりに「ブー」する
いや、まわりから、
「テー」してもらって、
自分も「ブー」する
いや、竹下夫人の「テー」が、
たしかに私にも効いてきた
~~~
今年は、
正月のお煮しめと、
お節料理の手伝いに、
サナエが来てくれた
黒豆は私が煮き、
例年通りうまく出来上がった
黒豆だけはいくらいっても、
人に任せるとうまく出来ない
週一で来る家政婦が、
お正月の支度を手伝ってくれるが、
お煮しめはまずまずとして、
黒豆を煮かせると、
カチ栗みたいにかたい、
不味い黒豆になってしまう
いっぺん三男の嫁が、
「あたし、黒豆が得意なんです」
というので、
「おや、それはたすかった
それならウチのも煮いてもらおうかしら
一人で食べるのに、
わざわざ作るのも面倒でねえ」
と私は頼んだ
嫁は大得意で、
自身、車を運転して持ってきてくれた
車といえば、
三人の嫁の中で、
この人だけが運転できる
私もも少し若ければ、
習うのだが・・・
ほかの二人の嫁、
それぞれ家に車はあるくせに、
習おうともしない
まだ四十代なのに、
なんという欲のなさであろう
三男の嫁は、
大学出のヘリクツ言いで、
カチンとくることを時々、
ぬかす奴であるが、
さすがにそれだけあって、
手もすばしこいようで、
車もちゃんと運転する
私もいつか乗せてもらったことが、
あったが、
発進や停止のとき、
「カクン」と揺さぶられるものの、
まずまず、というところの運転である
「これからの女は、
車の運転や英語ぐらい出来な、
あきませんな
あんた、
それだけでも取得や」
と私がほめたら、
「それしか取得がなくて、
悪うございましたね
お姑さんも習っとかれたら、
よろしかったのにっ!」
とむくれ、
むくれたあまり逆上したのか、
赤信号なのに突っ走って、
周囲の車からブーブー、
クラクションを鳴らされていた
そうして交差点のど真ん中で気づいて、
急停車、私はカクンと前へつんのめり、
「やれ、怖や、怖や
しっかり頼みまっせ」
といったら、
「そういう時のために、
シートベルトというものが、
あるんですっ!」
と嫁は言い返し、
「ゴメンナサイ」という言葉は、
どこを押しても、
出て来ぬ女である
この強情嫁め
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(了)