「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

35、夕霧 ⑧

2024年03月27日 08時42分36秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳





(ほころび始めた陽光桜)







・夕霧は今はもう、
実力行使しかないと考える。

いろいろ尽くしてきたが、
宮のご様子では、
なびいて下さる気配もない。

宮のことは、
亡き母君のご遺志であり、
認めて下さっていたと、
世間には言おう。

(宮はすこし、
私をナメていられる)

夕霧は考える。

(今さら、
振り出しに戻って、
もう一度言い寄って、
宮にまつわりつくような、
子供っぽいことは出来ない。
大人の男の実力を見せよう)

もうためらわない。

宮が都の一條邸へ、
お帰りになる日を定めて、
甥の大和の守を呼んで、
準備を命じた。

一條邸を掃除させる。
荒れて草深くなっていたのを、
磨きたて美しくした。

家具調度もすべて新調させた。

当日、夕霧は一條邸にいて、
迎えの車や供人を、
小野へさしむけた。

「帰りたくない、
ここで一生を終わりたい」

宮はいわれる。

大和の守は反対した。

「これまで私は、
出来る限りのお世話を、
してまいりました。
しかし、任国へ帰らねば、
なりません。
あとを托する方がいないので、
心がかりでしたが、
幸い夕霧の君がご親切に、
お世話下さいます。
宮のご境遇は世間もよく承知。
非難する者などありません。
やはりしっかりした殿方が、
大切にあがめお世話してこそ、
女の人生は花開いて、
豊かになります」

人々は宮をなだめ、
用意させる。

宮のお心には、
愛されること薄かった、
不幸な短い結婚生活の記憶が、
影を落として、
自信を失っていられる。

夕霧はこんな私を見て、
愛もさめてしまうに違いない、
そういうお気持ちが宮を、
かたくなにし、
(もう二度と結婚はしない)
と思い込んでいられる。

人々は騒がしく促す。

時雨はざわざわと吹きつけ、
宮は泣く泣く車に乗られる。

女房たちは、
お邸へ帰るのでいそいそしていた。

お車に乗られるが早いか、
宮の御目にどっと涙があふれた。

いつもお隣には、
母君が坐っていらした席が、
空いているのだ。

悲しみに胸ふさがっていられる、
宮を迎えて一條邸はにぎやかに、
見違えるばかり立派に飾られていた。

宮は、
住み慣れたわが家とも、
お思いになれず、
うとましくて、
すぐにはお車からお下りにならない。

「ま、なんと子供っぽい」

女房たちは困ってしまった。

夕霧は東の対の南おもてを、
自分の居間にしつらえて、
主人然として坐っている。

喪中なので、
新婚というには、
縁起がよくないが、
一段落し落ち着いたところで、
夕霧は、
身近の女房、少将の君に、

「宮のお側へ案内せよ」

と責めたてた。

少将は困惑した。

「今夜はお許し下さいまし、
末長くとお思いなら、
宮さまのお気持ちも、
平静になられてから、
お会い下さいまし」

「想像していた以上に、
幼稚な方でいらっしゃる」

夕霧は不機嫌にいって、
宮は自分と結婚なさるのが、
宮のご幸福、ご安泰であると、
この結婚によって、
世間から非難を受けることはない、
という自信を、
少将にいい続ける。

「それはようく、
わかっているのでございます。
ただ、今のところ、
物思いに沈んで、
死んだようになっている宮さまに、
もしものことがあったらと、
私ども心配でならないので、
ございます。
どうか無理を通さないで、
一方的なことはなさらないで、
下さいまし」

手を合わせて少将は拝む。

夕霧はいらいらして、
不快げなさまを隠さない。

少将がどんなに押しとどめても、
夕霧の情熱には勝てなかった。

夕霧は少将を引き立て、
宮のお居間へ入った。






          


(次回へ)

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 35、夕霧 ⑦ | トップ | 35、夕霧 ⑨ »
最新の画像もっと見る

「新源氏物語」田辺聖子訳」カテゴリの最新記事