
(ほころび始めた陽光桜)
・夕霧は今はもう、
実力行使しかないと考える。
いろいろ尽くしてきたが、
宮のご様子では、
なびいて下さる気配もない。
宮のことは、
亡き母君のご遺志であり、
認めて下さっていたと、
世間には言おう。
(宮はすこし、
私をナメていられる)
夕霧は考える。
(今さら、
振り出しに戻って、
もう一度言い寄って、
宮にまつわりつくような、
子供っぽいことは出来ない。
大人の男の実力を見せよう)
もうためらわない。
宮が都の一條邸へ、
お帰りになる日を定めて、
甥の大和の守を呼んで、
準備を命じた。
一條邸を掃除させる。
荒れて草深くなっていたのを、
磨きたて美しくした。
家具調度もすべて新調させた。
当日、夕霧は一條邸にいて、
迎えの車や供人を、
小野へさしむけた。
「帰りたくない、
ここで一生を終わりたい」
宮はいわれる。
大和の守は反対した。
「これまで私は、
出来る限りのお世話を、
してまいりました。
しかし、任国へ帰らねば、
なりません。
あとを托する方がいないので、
心がかりでしたが、
幸い夕霧の君がご親切に、
お世話下さいます。
宮のご境遇は世間もよく承知。
非難する者などありません。
やはりしっかりした殿方が、
大切にあがめお世話してこそ、
女の人生は花開いて、
豊かになります」
人々は宮をなだめ、
用意させる。
宮のお心には、
愛されること薄かった、
不幸な短い結婚生活の記憶が、
影を落として、
自信を失っていられる。
夕霧はこんな私を見て、
愛もさめてしまうに違いない、
そういうお気持ちが宮を、
かたくなにし、
(もう二度と結婚はしない)
と思い込んでいられる。
人々は騒がしく促す。
時雨はざわざわと吹きつけ、
宮は泣く泣く車に乗られる。
女房たちは、
お邸へ帰るのでいそいそしていた。
お車に乗られるが早いか、
宮の御目にどっと涙があふれた。
いつもお隣には、
母君が坐っていらした席が、
空いているのだ。
悲しみに胸ふさがっていられる、
宮を迎えて一條邸はにぎやかに、
見違えるばかり立派に飾られていた。
宮は、
住み慣れたわが家とも、
お思いになれず、
うとましくて、
すぐにはお車からお下りにならない。
「ま、なんと子供っぽい」
女房たちは困ってしまった。
夕霧は東の対の南おもてを、
自分の居間にしつらえて、
主人然として坐っている。
喪中なので、
新婚というには、
縁起がよくないが、
一段落し落ち着いたところで、
夕霧は、
身近の女房、少将の君に、
「宮のお側へ案内せよ」
と責めたてた。
少将は困惑した。
「今夜はお許し下さいまし、
末長くとお思いなら、
宮さまのお気持ちも、
平静になられてから、
お会い下さいまし」
「想像していた以上に、
幼稚な方でいらっしゃる」
夕霧は不機嫌にいって、
宮は自分と結婚なさるのが、
宮のご幸福、ご安泰であると、
この結婚によって、
世間から非難を受けることはない、
という自信を、
少将にいい続ける。
「それはようく、
わかっているのでございます。
ただ、今のところ、
物思いに沈んで、
死んだようになっている宮さまに、
もしものことがあったらと、
私ども心配でならないので、
ございます。
どうか無理を通さないで、
一方的なことはなさらないで、
下さいまし」
手を合わせて少将は拝む。
夕霧はいらいらして、
不快げなさまを隠さない。
少将がどんなに押しとどめても、
夕霧の情熱には勝てなかった。
夕霧は少将を引き立て、
宮のお居間へ入った。



(次回へ)