(雨に洗われた竹林)
・母君、御息所の病気平癒のため、
比叡のふもとの小野に、
転居された亡き柏木の正妻、
女二の宮のお留守の邸、
一條邸はいよいよ荒れて、
人影もない様子。
母君、御息所の喪中に、
小野を訪れた帰りに夕霧が見た風景。
朝帰りをした夕霧を見て、
正妻、雲井雁は情けなく辛かった。
夕霧の父、源氏も、
このことは聞いていた。
夕霧は老成した人柄で、
思慮深く、
人の非難を受けたことないのを、
親として誇らしく思っていた。
自分は若いころ、
恋の狩人として浮名を流したが、
その不名誉を挽回してくれるように、
嬉しく思っていた。
しかし、
女二の宮との事件が起きると、
夕霧があわれであった。
正妻、雲井雁やその父大臣は、
どう思うであろうか、
そのあたりのことも、
わからぬ夕霧ではあるまいに。
(自分は口をはさむことでもない)
と源氏は口をつぐんでいた。
こんな堅い男が、
いったん思いつめると、
周囲がいくら意見しても、
耳に入るはずはないと思う。
ただ、女のあわれさだけが、
思われる。
源氏は夕霧の恋愛沙汰に、
心を痛めるにつけても、
紫の上のことが心配である。
「もし、
私が亡くなったら、
あなたも女二の宮のように、
いろいろ苦労するのではないか、
と思うと気がかりでならない。
いろんな男が言い寄って、
あなたを悩ますのだろうね」
という。
紫の上は、
「まあ、
わたくしをあとへ、
生き残らせるおつもり?」
といった。
紫の上も、
夕霧と女二の宮の恋について、
さまざま思っていた。
(女ほど生きにくいものはない。
女は自我を出してはいけない、
といわれ、
自分を殺すように、
しつけられてしまっている。
そんな人生に、
ほんとうの楽しさや生きがいは、
見つからない・・・
人のいうままに自我を殺して、
生きていると物の道理もわからず、
無感動な女になってしまう。
言いたいことも言えず、
判断力もありながら、
自分を抑えているなんて、
なんと辛い苦しいことでしょう。
女二の宮もきっと、
さまざまなことを考えて、
いらっしゃるはずだけれど、
じっと辛抱していらっしゃる。
女ほど生きにくいものはない。
自分を抑えて、
女らしい女になっても、
個性を損なっては何もならない・・・)
と思うのは、
いまわが手元でお育てしている、
明石の女御のお生みになった、
女一の宮のことに、
おのずと思いがゆくからだった。
夕霧が源氏のもとへ来たとき、
源氏は息子がどう思っているか、
知りたかった。
しかし面と向かうと、
むきつけには言えなくて、
「御息所の四十九日は済んだのか。
残された宮もどんなにお悲しみだろう。
あの宮は朱雀院が、
こちらの三の宮の次に、
お可愛がりになっていた方でね」
とそれとなく探りを入れた。
夕霧は宮のことは、
決して口にしない。
源氏は、
(こんなに思いつめているものを、
忠告しても無駄だ)
と思った。
かくて御息所の四十九日は、
夕霧大将がすべて引き受けてした。
このことは、
亡き柏木の父大臣の耳にも入った。
(あの夕霧が。
では女二の宮はもう、
再婚なさるおつもりか。
そうか、
そんな軽々しい方だったのか)
そういう解釈は、
宮にとってお気の毒だった。
宮はこのまま、
小野の山荘で埋もれたい、
と望んでいられる。
それを、
父君の山の院がお聞きになって、
「出家は思いとどまった方がよい。
女三の宮が尼になったばかり。
私の姫たちがみな、
世を捨てるのはさびしい。
皇女が再婚するというのも、
世の聞こえはよくないが、
しかし庇護者もなく出家するのも、
まあ、よく考えて」
といわれた。
(次回へ)