むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

35、夕霧 ⑨

2024年03月28日 08時46分23秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳





(今朝のソメイヨシノ)







・半ば強引に、
宮のお居間へ入った夕霧に、
宮はお心をこわばらせて、
しまわれた。

(何という思いやりのない)

宮はきっぱりと、
拒絶なさるおつもり。

と、塗籠に敷き物を敷かせ、
中から錠をかけてお休みになった。

塗籠は四方壁に囲まれた部屋。

このはかない抵抗は、
いつまで続くことか。

女房たちはみな、
浮き浮きして夕霧の味方に。

夜一夜、
錠をお開けにならない宮を、
もてあまして夕霧は引きあげた。

自邸へ帰る気もせず、
六條院の自室で休んだ。

義母代わりの花散里は、

「宮さまを、
恋人になさったと、
北の方がおっしゃっているのは、
本当ですか?」

とおっとりと聞く。

「亡き御息所のご遺言で、
後見をたのむという仰せ。
もともと柏木の君と友誼もあり、
自分もそのつもりでいましたが、
宮は尼になりたいと、
それなら色恋離れて、
ご後見しましょうと、
思っておりますが。
しかし、
この道ばかりは人の諫めも、
耳に入らず、
分別も曇ってしまうものです」

「まあ。
人のうわさだけかと、
存じていましたが本当でしたか。
男の方にはよくあることですが、
三條の北の方さまは、
おかわいそう。
今までそんなご苦労、
なさってらっしゃらないのですもの」

花散里は笑いながら続ける。

「それにしてもおかしいのは、
お父さまです。
院はご自分のことは棚にあげて、
あなたにお説教なさるのですね」

「そうなのです・・・」

夕霧はこの義理の母と仲良く、
話が弾む。

日が高くなって、
夕霧は三條の自邸へ帰った。

雲井雁は張台に臥していて、
視線を合わそうともしない。

日暮れになると、
夕霧は心も空になったが、
強いて妻のそばにいた。

雲井雁は昨日今日と、
食事も摂れなかったが、
やっと気を取り直して、
夫と食事をした。

その間、
夕霧は話し続ける。

「昔からあなたを愛する気持ちは、
一通りではなかった。
あなたの父上に辛く当たられて、
仲を裂かれたとき、
私は世間から変人と笑われるほど、
他の縁談にふり向きもせず、
じっと堪えていました。
どうして今になって、
憎み合うことはないではないか。
子供もたくさんいるし、
見捨てられない。
あなたの勝手で、
出ていけるものでもないでしょう。
私を信じて欲しい」

しんみりというと、
雲井雁も昔からのことを、
思い出し(そうだわ)
と思う。

それでも夕霧が、
装束をあらため、
出て行こうとすると、
雲井雁はこらえきれない涙が出て、
夫の脱ぎ捨てた衣を引き寄せ、

「私は疎まれていくのね」

とつぶやく。

夕霧は行きかけて、
立ち止まり、
心は一條へ急いていた。

一條邸では宮がまだ、
塗籠にこもって、
錠をさしたままでいられる。

宮は夕霧に対して、
お気持ちが解けていられない。

夕霧は女房を通じて、
塗籠から出られるように、
申し上げる。

宮は、

「母君の喪中で、
心も乱れているときに、
無理を通そうとなされる。
うらめしいお心に存じます」

と突き放される。

夕霧は女房の少将を責め、
女房が出入りするところから、
無理に塗籠に入った。






          


(次回へ)

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