(今朝のソメイヨシノ)
・半ば強引に、
宮のお居間へ入った夕霧に、
宮はお心をこわばらせて、
しまわれた。
(何という思いやりのない)
宮はきっぱりと、
拒絶なさるおつもり。
と、塗籠に敷き物を敷かせ、
中から錠をかけてお休みになった。
塗籠は四方壁に囲まれた部屋。
このはかない抵抗は、
いつまで続くことか。
女房たちはみな、
浮き浮きして夕霧の味方に。
夜一夜、
錠をお開けにならない宮を、
もてあまして夕霧は引きあげた。
自邸へ帰る気もせず、
六條院の自室で休んだ。
義母代わりの花散里は、
「宮さまを、
恋人になさったと、
北の方がおっしゃっているのは、
本当ですか?」
とおっとりと聞く。
「亡き御息所のご遺言で、
後見をたのむという仰せ。
もともと柏木の君と友誼もあり、
自分もそのつもりでいましたが、
宮は尼になりたいと、
それなら色恋離れて、
ご後見しましょうと、
思っておりますが。
しかし、
この道ばかりは人の諫めも、
耳に入らず、
分別も曇ってしまうものです」
「まあ。
人のうわさだけかと、
存じていましたが本当でしたか。
男の方にはよくあることですが、
三條の北の方さまは、
おかわいそう。
今までそんなご苦労、
なさってらっしゃらないのですもの」
花散里は笑いながら続ける。
「それにしてもおかしいのは、
お父さまです。
院はご自分のことは棚にあげて、
あなたにお説教なさるのですね」
「そうなのです・・・」
夕霧はこの義理の母と仲良く、
話が弾む。
日が高くなって、
夕霧は三條の自邸へ帰った。
雲井雁は張台に臥していて、
視線を合わそうともしない。
日暮れになると、
夕霧は心も空になったが、
強いて妻のそばにいた。
雲井雁は昨日今日と、
食事も摂れなかったが、
やっと気を取り直して、
夫と食事をした。
その間、
夕霧は話し続ける。
「昔からあなたを愛する気持ちは、
一通りではなかった。
あなたの父上に辛く当たられて、
仲を裂かれたとき、
私は世間から変人と笑われるほど、
他の縁談にふり向きもせず、
じっと堪えていました。
どうして今になって、
憎み合うことはないではないか。
子供もたくさんいるし、
見捨てられない。
あなたの勝手で、
出ていけるものでもないでしょう。
私を信じて欲しい」
しんみりというと、
雲井雁も昔からのことを、
思い出し(そうだわ)
と思う。
それでも夕霧が、
装束をあらため、
出て行こうとすると、
雲井雁はこらえきれない涙が出て、
夫の脱ぎ捨てた衣を引き寄せ、
「私は疎まれていくのね」
とつぶやく。
夕霧は行きかけて、
立ち止まり、
心は一條へ急いていた。
一條邸では宮がまだ、
塗籠にこもって、
錠をさしたままでいられる。
宮は夕霧に対して、
お気持ちが解けていられない。
夕霧は女房を通じて、
塗籠から出られるように、
申し上げる。
宮は、
「母君の喪中で、
心も乱れているときに、
無理を通そうとなされる。
うらめしいお心に存じます」
と突き放される。
夕霧は女房の少将を責め、
女房が出入りするところから、
無理に塗籠に入った。
(次回へ)