むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

4、原発について ②

2022年06月28日 08時24分19秒 | 田辺聖子・エッセー集










・「素朴な質問があるのですけど」

私はいった。

「水力発電や火力発電はべつにゴミを出さないからいいけど、
原発はとてもとても危険なゴミを出しますね、
新聞によると、
この高放射能の怖いゴミを、
ドラム缶にセメント詰めして貯めておくそうですね。
敦賀原発の事故も、
汚染源は廃棄物施設で、
その建物にヒビが入って、
そこから一般排水路へ洩れた、
と書いてありました。
このドラム缶がたくさん貯まると、
置場がなくなってしまうでしょう?」

「海へ沈めるんだ」

「海へ沈めれば安全ですか?」

「コンクリートでかためてあれば、
放射性物質は出ない」

「コンクリートは海中ではもろくなって、
壊れるのではないですか?
すると放射能の猛毒が海を汚染してゆき、
魚が汚れる。
汚れた魚を人間が食べる、
という怖ろしい循環になるのではないでしょうか?」

「あったとしても、
ごく微量な毒だから安全だろう」

「安全な量なら、
なぜコンクリートで固めたりするのでしょう?
すぐ海へ流しても大丈夫なはずなのに・・・
それに、そのゴミを、
なぜ遠くの南太平洋まで持っていって、
捨てるのですか?
南太平洋の島々の人たちがカンカンに怒るのは、
当然ではないですか?
『あんたたちが、
これは安全なゴミだから大丈夫だ、というなら、
おたくの東京湾に捨てればいいじゃないか』
といわれたら、
日本はグーの音も出ないではありませんか?
東京湾なり瀬戸内海に沈めたらいいのに、
なんで、わざわざヨソの国の海へ持って行くのでしょう?」

「うむ、それはいけない、
やはり日本のエゴイズムといってよい、
日本が出したゴミをヨソへ押しつけるのはよくない。
日本国内で人の住まぬ離島とか、
森林とかに埋めるようにすればよい」

「しかし離島といっても、
海に縄を張って毒を含む海水を防ぐわけにはいかないし、
いずれ内地へ流れてくるでしょう、
森林に埋めたとしても、
土中へ浸み込んで地下水が汚染される心配は、
拭えないでしょう?」

「放射能は弱まっていくから大丈夫だ」

「でもこんなに次々原発が作られたら、弱まる以上に、
あとからあとから毒が増えてゆくばかりでしょう?」

「安全基準というものがある。
事故のあと通産省は『ただちに人体に影響はない』
といっていた。
あの敦賀原発事故の場合でもね」

「ただちになくても、
おのずと体内にたまってゆくのではないですか?
第一、原子力発電所で働いてる人の中で、
被爆者が出ているという冷厳な事実を、
政府や電力会社の人はどう考えているのでしょう?」

「しかし何にしても、
エネルギー危機には勝てない」

「だけど日本は水の多い国だから、
もっともっと水力発電を考えた方がいいのではないですか?
原発のゴミ捨てさわぎで、
ふと主婦感覚で考えたんだけど、
かえって原発って高くつくんではないですか?
原子炉だって高いでしょう?
それを作るのに動かすのは何ですか?
石油や電気が要るんでしょう?
ゴミが出たら金を出して捨てにいかないといけない。
それに原子炉というのは永久的に使えなくて、
二十年しか保たないというじゃありませんか。
この間の敦賀の汚染源の廃棄物施設は、
昭和四十五年三月にできたもの、
と新聞にありましたが、
十年たつかたたないかでヒビが入って、
放射性廃棄物が洩れてる、
洩れただけでも怖ろしい毒が排出されるのに、
もう使わなくなった原子炉を、
どうやって壊すんでしょう?
物の本にはすっぽりコンクリートをかぶせて、
死のピラミッドを作るとありますが、
野球場の何十倍という大きな広いところを、
すっぽりコンクリートで覆うなんてこと、
出来るんでしょうか?
それに補償や迷惑料のお金も要るし、
収支決算したらとても高くついて、
かえって損、みたいな気がしますが・・・」






         


(次回へ)

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