むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

4、原発について ③

2022年06月29日 08時05分04秒 | 田辺聖子・エッセー集










・その知人は私の素朴な疑問には答えないで、
結局「原子力利用」はこれからの人類の課題だ、
というふうなことを述べ、
原発は安全かどうかより、
どうしても原発に頼らなければ将来の、
エネルギー危機はのりきれない、
その点に関する啓蒙のほうがずっと大事だ、
といって向こうへ行ってしまった。

しかし「安全かどうか」というのが、
人間にとっていちばん大切なことではないのか。

スリーマイル島の事故の一年後、
新聞はこの島の原発周辺で、
甲状腺異常を持つ子供の出生率が、
四倍以上に増えたことを報じている。

近辺の農場の牛をはじめ動物にも異常がみられる。

こんなふうにして、
じわじわと人類は蝕まれてゆくのではあるまいか。

原発推進派の産業研究所の稲葉秀三理事長は、

「原発推進の国民的合意を得るためには、
有識者などを中心にした中立的なグループで、
広報活動をやる必要があります。
政府や電力関係のPRでは、
どうしても色メガネで見られてしまうので、
説得力がありません。
それに電力を必要としている地域の住民に、
どうしたらよいのか、
問いかけてみる必要があります。
原発を進めるのは、
決して上滑りで派手なPRではなく、
地道な日常活動なのだ、
ということに気づくべきです」

(「週間読売」1981年・3・29)

といっていられるが、
たぶんこれは原発設置地方に、
政府や自民党が「企業誘致」や「赤字線の存続」
といったおいしい飴をばらまいて、
反対運動を圧殺してしまう、
そのあざとさに反対していられるのだろう。

事実敦賀でも原発ができたばかりに、
道路がよくなったり、
漁民も漁業補償をもらって豪邸を建てたりしている。

私は仕事で敦賀の民宿に泊ったことがあったが、
地元では、

「原発さまさま、というところやな」

と町のタクシー運転手さんがいっていた。

しかしそのかわりに、
まちがいなく、美しい青い敦賀の海は汚染されつつある。

昭和五十六年四月十八日に発表された、
原電敦賀の放射線汚染では、
周辺の浦底湾の海草「ホンダワラ」から、
高濃度のコバルト60、マンガン54が検出されたという。

(毎日新聞1981・4・18)

このホンダワラを毎日四十グラムずつ、
一年間食べつづけたとすると、
コバルト60で0,02ミリレム、
マンガン54で0,001ミリレム、

原子炉の安全審査の目標によると、
原発周辺の住民が浴びる線量は、
「年間5ミリレム以下に管理する」
ことになっているそうである。

(同)

そこから計算して通産省は、
汚染ホンダワラを一年間食べても、
被爆線量はこの二百文の一以下だというらしい。

しかしホンダワラばかり食べているわけではない。
魚や貝も人は食べる。

更に、一部のホンダワラだけ検査したのでは不安が残る。

浦底湾のあちこちでは、
もっと高濃度な汚染が進んでいるのではあるまいか。

原発の機械そのものもよく故障するが、
もはや事故かくしが悪いのどうの、
といってる場合ではないのだ。

もし大事故が起こったとしたら、
どうなるのであろうか。

日本は地震の多い国なのに、
地震が原子炉を襲ったらそのときは・・・

また運転ミスによるものか、
不可抗力はさておき、
原子炉が何かの手ちがいで、
人の手に負えないほど暴れだしたらどうなるのか。

爆発したらヒロシマ原爆の千発分だといわれるが、
住民の被災程度、救出手段の青写真はあるのだろうか。

汚染されていない地方への、
避難脱出の方法は考えられているのだろうか。

食糧も水も汚染されてしまう。
そのとき、生きる方法は考えてくれているのだろうか。

また原子炉はコンピューターが計算しているから、
事故は防げるという人もいるが、
コンピューターもあてにならないのは、
スリーマイル島を見てもわかる。






          


(次回へ)

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