むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

3、継母ってなに ④

2022年06月26日 08時34分51秒 | 田辺聖子・エッセー集










・骨肉の愛よりも、赤の他人の好意は、
ほんとうにたいへんなことなのだ、という認識は、
私はまず、夫の側、父の側が継母に対して持たねばならない。
と思う。

子連れで再婚する夫は、
妻と子供の関係について、
やくたいもない幻影をまず捨て去った方がいい。

どんな女をもってきても、
去った母、死んだ母の代用にはならないのだし、
ひとりよがりな夢を押し付けることは、
妻にも子にも不幸であろう。

ふつうの家庭では、
夫は母と子からはじき飛ばされても、
何とか格好がつくが、
継母子で構成する家庭では、
夫は重要な役割を担う。

夫、父はヤジロベエの中心に位置して、
バランスをとらなくてはならない。

その場合、
夫は子供のためというより、
自分の幸福のために結婚する、
というようであればいいのだけれど、
日本の男たちがそこまですすんでいるかどうか。

というより、生さぬ仲の子供や親までいる男と、
一緒になろうという気を女におこさせるほど、
日本の男が魅力的であるかどうか。

しかし、離婚が増え、
片親の子が増えるとすれば、
今後、日本の大人の男なり、女なりが、
魅力的になっていってもらわないと困る。

それから継母継子、
どちらかがよほどやりにくい性格でなければ、
何とかうまくいく、という示唆について、
現代では人間関係も複雑になっているし、
特に思春期の若者はむつかしくなっている。

継母がどんなに心を尽くしても、
折り合えない部分が多いと思う。

ある範囲を越えたら、
それは神様の領域だと思って、
あきらめねば仕方ないことだと思う。

「私のまごころできっと・・・」

という意気込みを持つ継母も多いが、
そういう力の入れ方はしばしば見当はずれな、
徒労に終わることが多く、
かえって逆効果を招いたりする。

そういう力コブは不自然なことが多いから、

「私はこんなに心をこめてやっているのに」

という不満を抱く。

実の母子でも「私はこんなに」というのが、
親子の仲を断絶させるもとであるが、
継母子の仲では侮蔑と冷笑を生むだけである。

こじれそうだと思ったら、
自分のプライドと自我を守るためにも、
一歩、退いた方がいい。

人間わざでは及ばない場合もある、
と思わないとやっていけない。

初心だけは忘れないでいればいいのではないかしら。

どんな人も、
はじめ「生さぬ仲」の子と生活を始めようというときは、
抱負も愛情もあるはずである。

「かどかどしく癖をつけ、愛敬なく、人をもて離るる心」

と「源氏物語」にいう、
そんなかたくなな偏屈で無愛想な人でないかぎり、
女はみな愛の幻影を抱き、
母性愛を抱いて「ヨソの子」とはじめて相見る。

期待や不安、危惧の小石を沈ませながら、
母性愛は満々とたたえられている。

それがうまく相手にそそぎつくされなかった、
といっても、それは運命的なものが半分がたあり、
人力の及ぶところではない。

ただ、はじめてその子を見たときの心持を、
いつも思い出すことができたら・・・
自分たちがどこにいるか位置測定することができたら・・・
ついおぼれやすい混乱に、
足をとられることがなくなるだろう。

それに子供たちは変ってゆく。
悪しくも良くも何度も変る。

手のつけられない状態の子供でも、
何年か経つと変っていく。

堪えるのもこれが限界、
と思っているのが次第に変って、
またもういっぺん変る、
という風に子供は脱皮する節目がいくつもある。

決して今の状態が固定的ではないのであって、
(いつかは変る、いつかは変る)
と心の中で唱えていて頂きたい。

それから継しい母と子の数少ない接点、
絆の一つに食べ物がある。

夫をつなぐのも料理なら、
それ以上に継母子をつなぐのは食べ物である。

継母はお料理上手であってほしい。

何時間もかけた高級料理よりも、
子供たちがお腹をすかせたとき、
魔法のように出てくるおにぎりや巻きずしの方がいい。

ちょっとしたおやつのクッキーが、
不幸な母と子の心をむすびつける。

すべてこれらは、
私がかずかず失敗を重ねてきて、
思いついたことである。

今、継子を育てて人知れず悲しい思いをしている、
若いお母さんたちも多いと思う。

その人たちにももっと発言してほしい。

でないと、
いつまでもうさんくさい位置に継母は押しやられ、
ついには当事者自身、沈黙の側に身をおいて、
<地獄を見た人は地獄について語らない>
という様相を呈してしまう。

それは新しい不幸をふやしこそすれ、
決して解決にはならない。






          


(了)

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