・長男が、今度の敬老の日に、
有馬温泉へ連れていったげると電話で誘ってくれた。
(トシヨリに予定なんてない)とタカをくくる、
思い込みの強い長男と、結構忙しくしている私は、
また、話に行き違いが出来たが、
折角の誘いではあるし、あまりに我を張ると、
一面から言えば老人性頑固であろう。
私は頑固でない証拠に長男に折れた。
同行するのは、長男と嫁の治子。
娘のマサ子が結婚して家を出、
出来の悪い息子もやっと大学へ入って、
夫婦も、やれやれこれで一区切り、
という気になったのであろう。
つい文句の出たくなる孫どもを帯同しない、
というのであれば、それは清遊といってもよい。
ゆっくりとくつろいで大人の話のあれこれを、
語り合えるかもしれぬ。
ところが、次男の嫁が電話してきた。
「お義兄さんたちと有馬へ行かれるんですってね。
その時、ウチのノボルも連れて行って頂けませんかしら」
「なんでですねん?」
「パパと折り合いが悪うて困っているんですわ」
「いやですよ、あんたら製造責任者の仕事やないの」
「責任者とおっしゃいますが、
製造したのは確かに私たちですけど、
原料の提供先の一部はお姑さんにもあるんですから」
嫁も、言うてくれるではないか。
「だから、お姑さんも有馬へノボルを連れて行って、
しっかり勉強して、来年こそは合格するように、
おっしゃって頂きたいの」
「けど、ノボルが着いて来ますか?
トシヨリや気づまりの伯父さんらと、
温泉へ行ったかて面白うないでしょうが」
「あら、今の若い人は温泉ブームなのですよ。
じゃあ、すみません、お願いします。
ついでにノボルの分までお義兄さんにお願いするのは、
ナンですから、お姑さんが持って頂けません?」
うまく乗せられてしまったが、
これはやはり、私自身も、少々孫のことが、
心配になったせいである。
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・久しぶりの有馬温泉は、
期待以上に心が晴れ晴れとして楽しかった。
長男夫婦は、
ノボルが私と一緒に迎えの車に乗り込んでも驚かず、
「お母チャン、ノボルが可愛いて、
ぜひ連れて行きたい、って言うたんやてな。
道子はんから電話があったデ」
次男の嫁も体裁のいいことを言うものだ。
ノボルも居ることではあるし「まあね」と言っておいた。
「まあ、ノボルだけが可愛いのやない。
孫はみな同じですけどな、この子、受験勉強で、
気がくさくさしてるんやないかと思うたらかわいそうで、
荷物持ちに連れて来たン。
ノボルちゃん、あんたポーターやで、今日は」
「うん」
前のシートに坐ったノボルはごく尋常な若者に見える。
私と長男夫婦は三人で後ろの座席に坐ったが、
大きなハイヤーなので坐り心地は悪くない。
隣の長男の嫁に、小声で、
「ノボルの分は私が持ちますよってな」
「あら、そんなこと・・・」と言いながら。
嫁はとみに顔色がよくなった。
車は六甲山へ向かう。
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・「オリエンタルホテルのジンギスカン料理をお昼に、
と思いましてん。そこから有馬へ廻りまほか」
山頂に着くと、いっぺんに気温が下がり、
山頂は早い秋であった。
木々に囲まれたホテルの庭園に、
ジンギスカンの台がいくつもある。
緑の梢越しにアルミ片のキラキラした市街が見え、
海が見える。それを楽しみながら、
神戸牛や野菜を焼こうという。
「ケンちゃんも来たらよかったのに」
と長男の息子のことを言う。
「大学生になったら、もう、親について来よらへん」
長男が言うのに、嫁が、
「ノボルちゃんも、来年は頑張らないと」
私はノボルが「死ね!」と言わないか心配したが、
「うん」と素直に言って食べ続ける。
相手と環境によっては、若者はコロッと変わるらしい。
かんばしい空気の中で、トシヨリも食欲がすすむ。
脇を通った婦人が、「あら、山本さん・・・」と呼ばわった。
(次回へ)