「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

21、姥けなげ  ①

2021年10月25日 08時34分22秒 | 「姥ざかり」田辺聖子作










・長男が、今度の敬老の日に、
有馬温泉へ連れていったげると電話で誘ってくれた。

(トシヨリに予定なんてない)とタカをくくる、
思い込みの強い長男と、結構忙しくしている私は、
また、話に行き違いが出来たが、
折角の誘いではあるし、あまりに我を張ると、
一面から言えば老人性頑固であろう。

私は頑固でない証拠に長男に折れた。
同行するのは、長男と嫁の治子。

娘のマサ子が結婚して家を出、
出来の悪い息子もやっと大学へ入って、
夫婦も、やれやれこれで一区切り、
という気になったのであろう。

つい文句の出たくなる孫どもを帯同しない、
というのであれば、それは清遊といってもよい。

ゆっくりとくつろいで大人の話のあれこれを、
語り合えるかもしれぬ。

ところが、次男の嫁が電話してきた。

「お義兄さんたちと有馬へ行かれるんですってね。
その時、ウチのノボルも連れて行って頂けませんかしら」

「なんでですねん?」

「パパと折り合いが悪うて困っているんですわ」

「いやですよ、あんたら製造責任者の仕事やないの」

「責任者とおっしゃいますが、
製造したのは確かに私たちですけど、
原料の提供先の一部はお姑さんにもあるんですから」

嫁も、言うてくれるではないか。

「だから、お姑さんも有馬へノボルを連れて行って、
しっかり勉強して、来年こそは合格するように、
おっしゃって頂きたいの」

「けど、ノボルが着いて来ますか?
トシヨリや気づまりの伯父さんらと、
温泉へ行ったかて面白うないでしょうが」

「あら、今の若い人は温泉ブームなのですよ。
じゃあ、すみません、お願いします。
ついでにノボルの分までお義兄さんにお願いするのは、
ナンですから、お姑さんが持って頂けません?」

うまく乗せられてしまったが、
これはやはり、私自身も、少々孫のことが、
心配になったせいである。


~~~


・久しぶりの有馬温泉は、
期待以上に心が晴れ晴れとして楽しかった。

長男夫婦は、
ノボルが私と一緒に迎えの車に乗り込んでも驚かず、

「お母チャン、ノボルが可愛いて、
ぜひ連れて行きたい、って言うたんやてな。
道子はんから電話があったデ」

次男の嫁も体裁のいいことを言うものだ。
ノボルも居ることではあるし「まあね」と言っておいた。

「まあ、ノボルだけが可愛いのやない。
孫はみな同じですけどな、この子、受験勉強で、
気がくさくさしてるんやないかと思うたらかわいそうで、
荷物持ちに連れて来たン。
ノボルちゃん、あんたポーターやで、今日は」

「うん」

前のシートに坐ったノボルはごく尋常な若者に見える。
私と長男夫婦は三人で後ろの座席に坐ったが、
大きなハイヤーなので坐り心地は悪くない。

隣の長男の嫁に、小声で、

「ノボルの分は私が持ちますよってな」

「あら、そんなこと・・・」と言いながら。
嫁はとみに顔色がよくなった。

車は六甲山へ向かう。


~~~


・「オリエンタルホテルのジンギスカン料理をお昼に、
と思いましてん。そこから有馬へ廻りまほか」

山頂に着くと、いっぺんに気温が下がり、
山頂は早い秋であった。

木々に囲まれたホテルの庭園に、
ジンギスカンの台がいくつもある。

緑の梢越しにアルミ片のキラキラした市街が見え、
海が見える。それを楽しみながら、
神戸牛や野菜を焼こうという。

「ケンちゃんも来たらよかったのに」

と長男の息子のことを言う。

「大学生になったら、もう、親について来よらへん」

長男が言うのに、嫁が、

「ノボルちゃんも、来年は頑張らないと」

私はノボルが「死ね!」と言わないか心配したが、
「うん」と素直に言って食べ続ける。

相手と環境によっては、若者はコロッと変わるらしい。

かんばしい空気の中で、トシヨリも食欲がすすむ。
脇を通った婦人が、「あら、山本さん・・・」と呼ばわった。






          


(次回へ)

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 20、姥蛍  ④ | トップ | 21、姥けなげ  ② »
最新の画像もっと見る

「姥ざかり」田辺聖子作」カテゴリの最新記事